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2023.09.25

オンラインコミュニケーションの進化形「メタバース」が「学び」や「働く」にもたらす可能性とは?

これからの「働く」を考える Vol.20

テクノロジーの進化が、新たなコミュニケーション手法につながっています。「メタバース」という言葉を耳にすることも増えてきました。「メタバース」に関するさまざまなサービスが台頭していますが、働く・学ぶなどの領域で、「メタバース」はどのように活用されていくのでしょうか。2020年から「メタバース」空間での講義を実施されている関西大学教授の富田さんにお話をうかがいました。

 

関西大学 社会学部
メディア専攻 教授
富田英典さん

※記事は、2023年8月28日に取材した内容で掲載しております。

【Profile】

佛教大学社会学部教授、ブリティッシュ・コロンビア大学客員教授などを経て2007年より現職。電話、ポケベル、携帯電話などのメディア文化研究から始まり、現在はスマートフォン、モバイルARアプリなどに注目し、モバイルメディアの社会学研究を続けている。
 
メタバース:「メタバース」の統一された定義はまだないが、一般に「インターネット上に作り出された3次元のバーチャル空間」を指す。なお、日本バーチャルリアリティ学会は「バーチャリティ」を「みかけや形は現物そのものではないが、本質的あるいは効果としては現実であり現物であること」と定義している。

 

2020年度から「メタバース」を活用した授業を継続的に実施

 

−富田先生が2020年度から「情報メディア論」の講義とゼミで実施されている、「メタバース」を活用した授業について教えてください

 
講義やゼミに実験的に「メタバース」を導入することは以前から検討していましたが、実現した直接のきっかけは新型コロナウイルス感染症が広がったことによる、授業のオンライン化です。
 
「情報メディア論」は対面の場合は大教室で行なう全15回の授業で、20年度と21年度は2回、22年度以降は1回、メタバース上で講義をしました。スマートフォンやパソコンだけでも使えるソーシャルVR(バーチャル・リアリティ)プラットフォーム「クラスター」(東京・株式会社クラスター)のイベント機能を利用し、学生は自宅などからオンラインで授業に出席。メタバース上の大教室に各自が選んだアバター姿の学生が現れ、私は壇上のスクリーンに資料を投影しながら講義をして、テキストやボイスのチャットで学生とコミュニケーションをします。
 
学生からは非常に好評で、「新鮮で面白い」「大教室での対面授業に比べて没入感があり、集中できる」「スマートフォンの画面は小さいけれど、広い教室で投影されたスライドを見るよりも見やすい」といった声を聞きます。
 

2021年7月にメタバース上で実施された関西大学社会学部 情報メディア論の授業の様子。「クラスター」のイベント機能(公開イベントの場合、定員500人。表示される人数は最大100人)を使ったメタバース空間での大教室授業の様子。中央のスクリーンに授業のスライドが投影され、その左に学生のチャット(テキスト)がリアルタイムで表示される。授業を行う富田さんのアバターはステージ中央に位置し、学生は自分の端末上でスクリーンや教授のサイズを変えることができる。それぞれが選んだ席によって、風景の見え方が異なる。YouTubeでのライブ配信も同時に行われた。

 
ゼミでは2020年度から3年生、4年生それぞれの授業(週1回)でメタバースを導入し、システムは学年ごとのゼミ生の人数によって「クラスター」のワールド機能(2023年9月現在、定員25人)と、米国・メタプラットフォームズ(旧フェイズブック)が提供する「ホライズン・ワークルームズ」(VRでの参加定員は16人)を使い分けています。どちらのプラットフォームを使う場合も、メンバーは自身のアバターが見えない一人称視点で参加し、現実の空間に近い感覚で周囲を見ることができます。
 


「ホライズン・ワークルームズ」を使った富田ゼミの様子。部屋のシチュエーションが選べ、ディスカッション、共同作業など用途に合わせてアバターの座席の配置も変えられる。VRヘッドセットがなくてもパソコンから参加でき、パソコン参加者は空間に浮かんだディスプレイ(2枚目)に表示されて発言もできる。

 
ゼミ生には外部の研究助成を受けて購入したVRヘッドセット(1個6万円前後)を貸与しています。ヘッドセットを装着すると、目線の動きがアバターに反映され、相づちなどの自然な反応も同席者に伝わります。本人が話すとアバターの口や手も動き、手を伸ばせば隣の人とハイタッチをすることもできます。遠くにいてもメンバーを近くに感じながらディスカッションや研究発表などが行え、まるで同一空間にいるようなリアリティがあります。
 

アバター姿で議論をすると、積極的に発言する学生が増えた

 

−3年間継続的にメタバース上でゼミを実施し、メタバース空間での授業のメリットはどのような点にあるとお考えになっていますか
  
場所を選ばず参加でき、移動時間がかからないこと、そして、「Zoom」などのビデオ会議システムを使った授業よりも教員と学生や、学生間のコミュニケーションがしやすいことです。コロナ禍当初、3年生は3カ月、4年生は半年ほど「Zoom」でゼミを実施していましたが、ビデオ会議ではカメラをオフにする学生が多く、お互いの反応が見えないことから、議論がしづらい状況でした。
 
一方、メタバース空間では、アバターではあっても周囲の反応が何となく分かります。カメラオフの真っ黒な画面に話すよりも話しやすく、「アバター姿の方が周囲の視線が気にならず、対面よりも話しやすい」と言う学生も少なくありません。教員としても、ビデオ会議では講義の際に自分の顔がずっと画面に映し出され、何となく落ち着かない感じがありましたが、一人称視点のメタバース空間では自分の姿が目に入らないので、ゆったりと話ができます。
 
また、私自身が最大のメリットだと感じているのは、学生が楽しそうに授業を受けていることです。メタバース空間に集まると、同一空間にいるような一体感がありつつ、「現実の教室よりも周囲の視線に圧迫感を感じにくい」という意見をよく聞きます。心理的な安心感が高まるのか、対面のゼミよりも積極的に発言する学生が増えました。加えて、オンラインでは相手の話を最後まで聞く意識が対面より強まるため、メンバーの意見をきちんと聞き、それに対して自分もきちんと意見を言う雰囲気が醸成され、議論が活発になりました。

 

コロナ禍後も、オンラインツールを活用した学びの可能性は大きい

 
−文部科学省も「大学・高専学校における遠隔教育の実施に関するガイドライン」(2023年3月公表)の中で、メタバースの積極的な活用を推奨しています。今後、高等教育の場でオンラインツールを活用した学びは広がっていくのでしょうか
 
新型コロナウイルス感染症流行の収まりとともに、大学の授業は対面に戻りつつあり、実は、私のゼミも23年度からは現実の教室に集まり、VRヘッドセットを装着してメタバース空間で授業を行っています。傍から見ると、若干不思議な光景かもしれません(笑)。
 
ゼミ生たちは授業が始まる前は現実の姿で雑談などをし、その時間に育まれる関係性も大切であるようです。ただ、どうしてもいつも同じ学生と仲良くなり、ゼミ生間の交流には濃淡が生まれてしまいます。一方、メタバース空間のみでゼミを実施した3年間を振り返ると、お互いのアバター姿しか知らないまま1年間を過ごした学生たちの方が、そうでない学生よりフラットな関係性を築く傾向が見られました。どちらがいいのか一概には言えませんが、少なくとも研究やディスカッションの場において、後者がデメリットになる理由は見当たりません。
 
「メタバース」には、体験のクオリティが通信環境や端末の性能に左右されやすいという課題もありますが、技術は確実に進化しています。テクノロジーの進化によってメタバースがより身近になり、「いつでも、どこからでも、クオリティの高い学びを教員やほかの学生との一体感を感じられる場で得られること」が当たり前になれば、その意義の大きさは計り知れません。
 
メタバース空間での学びをオンラインの学びの進化形と捉えるならば、オンラインツールを活用した学びが持つ可能性は非常に大きく、今後も積極的に取り入れていくべきだと私自身は考えています。
 

「働く」に「メタバース」を活用するには、二元論に陥らないことが大事

 
−ビジネスにおいてメタバースを活用している分野と言えば、すぐに思い浮かぶのはゲームをはじめとしたエンターテインメント業界です。このほかに日本の企業で活用が進んでいるのはどのような分野でしょうか
 
コロナ禍のオンラインシフトで一気に活用が進んだのは、小売業界です。離れた場所にいる家族や友人とおしゃべりをしながらショッピングを楽しめるなど通常のEコマースにはない付加価値を消費者に提供できます。広告やPRの分野でも関心を寄せる企業が多く、先駆的なサービスの例として、実在の都市空間にバーチャル広告やコンテンツを重ねて配信できる株式会社KDDIの「XRスケープ」が挙げられます。

 
−日本ではまだ少数ですが、バーチャルな空間にオフィスを設け、アバター姿の社員が協働したり、採用担当者と学生がアバター姿で面接をする「バーチャル面接」を実施している企業もあります。企業が働き方や採用に「メタバース」を活用するには何が大事か、お考えをお聞かせください
 
私見ですが、「メタバース」に限らず、新たなオンラインツールやコミュニケーションの仕組みを活用するには、「オフラインとオンラインのどちらがいいか」といった二元論に陥らないことが大切だと思います。コロナ禍の影響でビデオ会議システムなどのオンラインツールが一気に広まり、オンラインの利便性を実感した人も多いでしょう。一方で、オフラインのコミュニケーションならではのメリットもあります。オンライン、オフライン、それぞれの良さを自社の働き方や採用にどう活かしたいのか、ビジョンを明確にすることが実効性を高めるのではないでしょうか。
 
「メタバース×働く」に関連した学術的な研究をひとつご紹介しますと、バーチャルな空間での人間の時間感覚がオフィスワークにおいて社員の主体性を引き出すとする米国の論文(Michel S. Laguerre, 2004)があります。また、先ほどお話しした、メタバース空間でのコミュニケーションのメリットは職場にも応用できるのではと思います。
 
最後に、「メタバース」と一般に表現されるバーチャルな空間での経済活動やコミュニケーションは、たった数十年前にはSF小説の中でのみ存在しました。でも、もはやSFではありません。現在の大学生の多くが生まれたころには世の中に存在していなかったスマートフォンも、今は生活必需品です。「メタバース」を「働く」に取り入れている企業はIT系が中心だと思いますが、どんな企業や組織においても、先端的なツールや仕組みについて「知ろうとすること」は非常に重要だと思います。
 
−最後にこれから就職活動を始める学生の皆さんに向けて、企業選びのアドバイスをお願いします
 
企業選びの基準は人それぞれですが、「新しい仕組みや考え方を取り入れていく姿勢があるかどうか」もひとつの視点となるかもしれません。その際に、ただ新しいものを取り入れているかどうかではなく、どのような考えのもとで取り入れているのかに着目してみてください。例えばリモートワークなら、制度があるかどうかだけでなく、社員が状況に合わせてフレキシブルに使える制度なのかを確認することで、社員の「働き方」に対するその企業の考え方が垣間見えます。
 

取材・文/泉 彩子

 

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