コロナ禍における外出自粛の影響で苦境に立たされながらも、採用を継続していくリゾートホテルがあります。草津温泉で50年の歴史を誇る老舗ホテルが、採用と人材育成、人事制度改革にかける想いを伺いました。
【いま、新卒採用に注力する理由】
Vol.14 株式会社中沢ヴィレッジ(宿泊業)
代表取締役社長 小西 弘晃さん(写真中央)
取締役 中澤 牧子さん(写真左)
総務人事課 課長 篠木 悠多さん(写真右)
※記事は、2021年1月28日にオンライン取材した内容で掲載しております。
【Company Profile】
1967年設立。草津温泉(群馬県)で最大級の宿泊施設を運営。2017年に他業種出身の現社長が就任。経済産業省の実施する「健康経営優良法人」に2019年に認定。同年、「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選定。2020年、「地域未来牽引企業」に選定。50年以上に渡り草津温泉の活性化に貢献し、訪れる人にやすらぎとしあわせを提供する企業。従業員数230名 (2021年3月1日時点)
全社一体となり、自分たちの行動指針を作る
小西さん:中沢ヴィレッジが運営する宿泊施設「草津温泉 ホテルヴィレッジ」は、日本有数の温泉地である草津温泉のブランド力に加え、3つの特徴があります。一つ目に、数ある源泉のうちホテルの敷地内に3源泉を保有し、施設内において湯めぐりを体験していただけること。二つ目に東京ドーム7個分の広大な森に立地し、温泉街の喧騒から離れた自然豊かな環境でくつろいでいただけること。三つ目に、お子様からご年配の方まで幅広い世代にお楽しみいただけるアクティビティを豊富に取り揃えていることです。
草津温泉は年間200万人強の方がいらっしゃり、当ホテルにはそのうちの約1割=20万人が宿泊されます。社是に「歩み入る者にやすらぎを 去りゆく人に幸せを」という、日本画家の東山魁夷先生からいただいた言葉があり、「お越しになるお客様に、真心のおもてなしで安らぎのひと時を提供し、お帰りになる際には、幸せな気持ち・元気になってお帰り頂きたい」という会社の姿勢を表しています。お客様の約7割が首都圏からのご来訪者ですので、都市の中でストレスを感じている人がホテルヴィレッジにいらして、心身の疲れを癒していただけるようなホテルでありたいと考えています。
私たちは、「標高1200メートルの自然と温泉が、あなたの五感を回復し、心とからだにやすらぎを提供します」という提供価値を掲げています。この言葉は、当社の社是をビジョン(ありたい姿)、ミッション(果たすべき使命)、バリュー(全社員共通の価値観)に落とし込み、それを実現する具体的な戦略ストーリーを描いたうえで新しく導入した従業員のMBO(目標管理・人事評価制度)に繋げる時に強く意識するものです。
私が就任した当初、当社には社是と従業員の行動・目標をつなぐものが無かったため、新しく作ることになりました。私の独断ではなく、現場の従業員の想いを反映していくべきと考え、会社の将来を担うスタッフ十数名のチームで週1回程度、約半年かけて、「変えていいもの」と「変えてはいけないもの」を選別し、「変えてはいけないもの」は壊さずに、中沢ヴィレッジの価値を再構築し、ひとつのメッセージにまとめていきました。社是を具体的にどう日常に落としこむかを明らかにしたわけです。
私たちが向かうべき未来の、「地図」と「コンパス」となるものを、仲間と作っていったことで、新しい人事評価制度を導入する際も、スタッフ皆が納得し、協力してくれました。
篠木さん:私自身、自社がどこに向かっているのか、明確には捉えられていませんでした。それを仲間として共に考え、明文化できたことは、経営思想が現場に浸透していく大きなきっかけになったと思います。
成長できる人事制度へ変革し、社会・地域の将来のために採用する
小西さん:ホスピタリティ産業では、人がサービスの本質です。そのような業種であればあるほど、人の育成は経営戦略に密接に関わります。入社後の育成や異動、評価を通じて従業員が成長し、幸せに働くことが、個人だけではなく企業の成長につながると信じています。
今年創業53年を迎えますが、次の50年を考えたとき、未来を担う新たな人材を計画的に意識的に採用し、人材育成していく必要があると考えています。それが、永続を目指す一つの企業として果たしていく最低限の役割ではないでしょうか。
ただ、宿泊業・飲食サービス業は他業種に比べて離職率が最も高い業種です*。離職理由としては「肉体的・精神的に疲れる」「連休取得ができない」等で、当社でも、4年前は離職率が30%弱でした。宿泊業界のこの問題点をいち早く抜本的に改善すべきだと感じました。また、定着率アップのためにはさらに人事制度、福利厚生における大幅な改善も必要でした。
*出典:厚生労働省「2019年(令和元年)雇用動向調査」
まず、従業員も連続休暇を取得でき、会社の収益も改善できるよう、年間365日の売上高分析を行い、閑散期に休館日を設けました。その結果、2年後には有給取得率は約52%まで上がりました。また他にも人事制度や教育制度の充実、若手の意見を取り入れるための定期的な従業員満足度調査実施、若年層の健康診断強化、特定保健指導などの健康課題改善に着手しました。中でも福利厚生の一つとして評価の低かった従業員食堂については、元フレンチレストランのシェフを起用し、食堂の品数増加、栄養バランスの見直しに取り組みました。今後は、従業員のメンタルヘルス対策強化を掲げ、通常の健康診断と併せて実施していく予定です。従業員一人ひとりの心身の状態によって、必要に応じたフォローが重要だと考えているためです。
以上の取り組みにより、当社の健康経営に対する姿勢が評価され、経済産業省の「健康経営優良法人」に認定されました。中小規模法人では、宿泊業として認定された4社のうちの1社*となりました。結果、現在では離職率は約12%まで下がり、定着率が上がりました。
*中小規模法人の認定企業計2503社。業種別の認定法人数では、宿泊業は4社。
出典:経済産業省「健康経営優良法人2019(中小規模法人部門)認定企業一覧」(平成31年2月21日)
2020年以降、コロナ禍で休業する時期もありましたが、長い目で見ると、観光業・宿泊業のポテンシャルは高く、宿泊業が地方経済を牽引していくと信じています。ポテンシャルを最大化するためにも、従業員の満足度・住環境・福利厚生・賃金の問題に向き合い、より多くの人にとって、宿泊業が「安心して働けて、やりがいのある業種」になっていくための取り組みを続け、地方から元気な姿を示す観点からも、採用継続は重要だと思っています。ですから新卒採用についても、今後もより一層注力していきます。
ミスマッチを起こさないために、学生の視点をアップデートし続ける
篠木さん:こうした会社の経営方針・採用方針を受けて、新卒採用では、就職活動をしている学生さん自身が、当社について「自分に合う・合わない」を判断できるよう、分かりやすい発信を心掛けています。学生の皆さんも就職活動にエネルギー使っていますので、中沢ヴィレッジの人事として協力していきたいと思っています。
学生の皆さんへの分かりやすい発信のためには、弊社の若手社員全員にヒアリングをし、今の学生が求めている情報を調査したり、一次試験で面接する学生全員に、どのような経緯で当社を知り、どのような点に魅力を感じてくれたのかを確認したりしています。おかげで、2021年卒採用では、私たちの採用サイトを見て、働くイメージを理解して就職試験に臨んでくれるという方が増えており、私たちのチャレンジに対する手応えを感じています。
ただ、一年経てば若者文化は変化しますし、コロナ禍を経て今後就職活動する皆さんの価値観は、今までの学生さんとは大幅に変わることを推察します。次の採用活動に向けては、2021年度に入社する新入社員の意見を改めて聞きながら、準備を進めていきます。
小西さん:私としては誠実な採用活動を続けること、学生の皆さんに等身大の私たちを見ていただくことを重視しています。内定後のミスマッチが起きないように、会社説明会の参加者に宿泊体験をしていただいたり、内定後の職業体験として、ホテルの裏方の仕事を経験していただいたりする取り組みも行っています。入社後も、3ヶ月間のOJTでは様々な職場を経験し、自分のやりたいことと、会社として任せたいことを見極め、配属先を決定しています。
今あるものを時代に合わせて表現する、ダイバーシティ経営とSDGsへの取り組み
中澤さん:中沢ヴィレッジは2019年に「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選定されましたが、そもそもホテル業界では女性従業員が多く、当社では外国人従業員の方が何十人も働いています。もちろん障がい有無も関係ありません。こうした大きな意味でのダイバーシティの基盤が脈々と受け継がれてきました。小西が社長に着任した際、「当社が当然のように実践していることが社会的に評価されれば、時代に合った考え方として、より多くの方に認識していただけるのではないか」という提案があり、応募したところ実際に選定していただけました。
また、SDGsに関しては17の項目のうち、今、当社で実施できていることを7項目挙げ、注力しています。まず、自分たちができることは何かを考えて取り組み、取り組みの結果がSDGsの実現につながっていく、というステップを踏んでいます。資本主義の考え方では環境や社会に配慮することはお金にならないと言われており、敬遠されがちでしたが、これからの時代は宿泊業においても、社会環境に正面から取り組んでいくことがサステナブルな企業・地域づくりにつながると考え、一歩一歩取り組んでいこうとしています。
従業員と企業がお互いにメリットを感じることが幸せにつながる
篠木さん:当社の新卒入社社員は、4月の入社から6月21日の配属先決定まで、さまざまな部署の仕事を経験し、新入社員が各部門の支配人の前で、希望配属先をプレゼンします。そのうえで、業務が合わなかった場合は、各支配人同士が協議の上で部署異動を決めることも可能です。ですから、従業員はどの部署の仕事も基本的に対応することができるうえに、さらに自分に合った職場で働くことができるのです。
コロナ禍においては、やむなく休館の選択をしましたが、1人も人員削減をすることなく現在に至っております。GO TOトラベルキャンペーンで急激なお客様の増加により、特定の部門が業務過多になることが予想されたため、当社ではこの機会を好機と捉え、それまで分断的に行われていた各部署の業務をお互いにサポートする動きが強まり、結果的にマルチタスクの実現に繋がりました。広い視野をもってさまざまな業務に挑戦したい人がますます活躍できる場が整ってきました。
小西さん:我々地方の中小企業は知名度もなく、採用プロセスを改善するだけでは成功しないでしょう。「安心して働け、やりがいのある」会社になるよう経営システム全体を整える必要があります。それが「採用プロセス」の改善にもつながると考えています。大事なのは、企業側の都合だけではなく、個人の視点に立った時、従業員にどういったプラスの面があるのかということを、両立させながら見ていくことです。それが企業にとっても従業員にとっても結果、幸せにつながります。仕事を通じて対等な立場の「イコールパートナー」として企業にも従業員にもいい未来を追求することに、今後も力を注いでいきます。
取材・文/衣笠可奈子
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