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就職みらい研究所とは
2024.03.19

若い世代の社会貢献意識や学ぶ期間を尊重した採用活動を

識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.1

就職活動・新卒採用をめぐりさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、早稲田大学総長で、採用と大学教育に関する産学協議会(以下、産学協議会)にて採用・インターンシップ分科会長も務めた田中愛治さんのお話をご紹介します。
 

早稲田大学
総長
田中愛治さん


 

【Profile】

博士(政治学Ph.D.)。東洋英和女学院大学助教授、青山学院大学助教授・教授、早稲田大学政治経済学術院教授などを経て2018年より現職。文部科学省中央教育審議会委員、世界政治学会(IPSA)会長などを歴任し、現在は、日本私立大学連盟会長などを務める。

 

社会の調和を考える中で、企業と自分との関係を見つめてほしい

 
社会への貢献に目を向ける若い世代に期待
 
これからの日本、そして世界の在り方と、それらをふまえた働く個人と企業の在り方を考えたときに、Z世代と呼ばれる若い世代の人たちに対して、私はポジティブな印象を持っています。
 
それは、「いかにして社会に貢献するか?」「この会社で、どのように社会に貢献できるか?」など、社会の調和を考え、そこに自分が貢献していくんだという考えを持っていたり、「この会社に自分はどのように貢献できるのか?」と自分の力や役割を客観視して、それらを発揮できる場所を探したりする傾向が強くなっているからです。
 
今、気候変動や戦争、民主主義国の減少など、日本だけでなく世界規模でさまざまな問題が起こっており、世界中が協力して、世界の調和を目指していかなければならない状況にあります。企業で働いていても、その立ち位置から日本全体、あるいは、世界全体を考える必要もあるでしょう。だからこそ、広い視野を持って、社会の調和、そして、社会・企業への貢献を考える若い人が出てきていることに期待が持てます。若い人たちには、ぜひ社会の調和を考える中で企業と自分との関係を見つめていっていただきたいと思います。
 
そして、社会との調和を考えたり、企業、あるいは日本社会や人類社会への貢献を考えたりするにあたっては、やはり、大学時代の学びが大事です。世界的な課題に限らず、身近な小さな問題でも、社会で働いていると、学生時代に読んでいた書籍や専門書には正解が書かれていない問題に次々に直面します。それらの解決策を考えられる、あるいは、考えようとする「たくましい知性」を大学時代に育んでほしいと思います。
 

学生は、学問をしっかりと学ぶ必要がある

 
論理的に議論できる学生の輩出が必要
 
また、日本社会が国際的な競争力をつけるには、特に大学を卒業した人たちが、即、エビデンスベースで論理的に議論できることが必要です。ある企業のトップから「OJTでこの力を鍛えているけれど、できるようになるまで約15年かかる。それだと世界に遅れをとるため、大学時代に鍛えてもらいたい」と言われました。15年の遅れは日本にとって致命的です。
 
もとより大学は論理的な思考を鍛える場で、今は、データ分析の環境なども整っています。企業の方たちも、ようやく大学教育の変化や重要性を認識し、期待を寄せてくださるようになってきたので、エビデンスベースで議論できる学生を送り出せるよう取り組んでいかなければなりません。早稲田大学でも、今、文系の学生に対して数学的思考や統計学、データ科学を教える科目を開講していますし、どの学部でも、3年生の終わりくらいまでにはその分野で論理的に思考し、議論できるよう鍛えています。
 
かつて商学部生対象の教養科目で政治学を教えていたころ、1・2年生と3・4年生では試験の論述答案の質が全く異なりました。受講者の誰もが初めて学ぶ政治学という分野の論述において、1・2年生はニュースなどで見聞きしたことへの印象論の記述が多い一方、3・4年生は考えの根拠も交えながら論理的に記述できていたのです。こうした経験から、1・2年生のうちからしっかりと学ぶ必要があると考えます。
 
就職・採用活動は学部3年の3月以降に
 
だからこそ、これからの就職・採用活動においても、学部3年の終わりまでは大学でしっかりと学べるようにすること、また、インターンシップは学業を妨げない長期休暇中に行うことが必要です。
 
これらについて、これまでも産学協議会などで議論を重ね、関係省庁・政府とも合意を形成してきました。そうして定めてきた「広報活動開始は卒業・修了年度に入る直前の3月1日以降、採用選考活動開始は卒業・修了年度の6月1日以降、正式な内定日は卒業・修了年度の10月1日以降」という就職・採用活動の日程や、「学生の長期休暇を活用し、学事日程に十分に配慮する」というインターンシップの在り方は、これからも変えるべきではないと考えます。
 
他方で、留学から帰国した学生や、秋入学・夏卒業の学生、卒業後にさまざまな経験を積み就職しようとする学生が望む企業に挑戦する機会を確保するため、通年で内定を出したり、4月入社にこだわらずに雇い始めたりするといった柔軟な対応も必要なことです。ただし、その柔軟性を勘違いして、ジョブ型だからと、2年生のうちに内定を出すようなことはやめていただきたい。3~4年間かけて、学問はもちろん、ボランティア活動などに取り組むことで、学生は人間的に成熟します。その期間を尊重していただきたいのです。
 
柔軟な入学・卒業時期が国際競争力を強化する
 
これからの大学の在り方も、変わるべき点があります。それは、クォーター制(4学期制)によってどの学期からでも学生が入学・卒業できるようにすることと、日本語と英語の両方で各科目を開講することです。
 
おそらく、この先の10年で変わっていくとは思いますが、どの学期でも入学・卒業が可能となれば、9月に新学年が始まる欧米だけでなく、2月に新学年が始まるオーストラリアやニュージーランドの大学にも留学しやすく、それらの大学から日本の大学に戻る際もインターバル期間なく戻りやすくなります。「9月入学にすれば日本の大学は国際化する」という議論もありますが、日本語で授業をしていて、全員が9月入学・8月卒業となっても、国際化は進みませんし、国際競争力もつきません。必要なのは、英語での授業と、どの学期でも出入りできることです。
 
その上で、学生は、3年間はしっかりと学び、概ね単位を取得できた4年次には卒業論文・研究や就職活動、ボランティア活動、就業体験などに取り組んで4年間の学びを仕上げていくことが、今後、日本社会が国際的な競争力をつけていく上で必要なことだと思います。
 
文理の分断をなくす入試・教育も必要
 
加えてもう1点、大学が変わるべきことがあります。それは、文理の分断を助長する入試と文理分断教育からの脱却です。
 
大学入試が、高校以降、社会に出てからも続く文理の分断の大きな要因になっていますし、大学入学後の教育もそれを助長しています。理系学部で経済学や心理学、政治学などを、文系学部で量子力学などを本格的に教えることは極めてまれです。だから、学ばなかった分野に対する想像力が及ばない人が多く生まれてしまっている。
 
それが端的に表れたのが、コロナ禍における救急搬送だったと考えます。政策決定者が情報システムについてより深い知識をもって持っていれば、AIを用いて病床の空き状況を把握し、搬送先を振り分けるシステムをつくるなどして、受け入れ先が決まるまで何時間もかかるような事態を防げたでしょう。
 
日本では企業のトップでさえ「私は文系/理系なので」などと、自分の専門分野に閉じこもる様な線引きをする発言をする。このような分断をなくす取り組みを大学はしていかなければなりません。
 
早稲田大学では、数年前から文系学部でも入試で数学の選択を可能にしており、十数年前から、入学後に文系の学生にも数学的思考やデータ科学、統計学を学べる科目を開講しています。各大学がこのような取り組みを行い、広い視野で社会に貢献できる学生を育てていく必要があると思います。

 

取材・文/浅田夕香 撮影/刑部友康

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