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2023.01.10

「学ぶ」と「働く」をつなげる。大学4年次の2か月間の実務経験を経て描くキャリアと働き方

これからの「働く」を考える Vol.15

豊橋技術科学大学(愛知県豊橋市)が開学以来行ってきた「実務訓練」。参加した学生は、その体験価値をどのように捉え、これからのキャリアにどのように活かそうと考えているのでしょうか。豊橋技術科学大学大学院 情報・知能工学専攻の木内貴浩さんに話をうかがいました。

 

豊橋技術科学大学大学院 情報・知能工学専攻 修士1年
木内 貴浩さん


※記事は、2022年12月5日にオンライン取材した内容で掲載しております。

【Profile】

徳島県小松島市出身。阿南工業高等専門学校(高専)の創造技術工学科 情報コースを卒業後、機械学習について深く学びたいと思い、豊橋技術科学大学の3年次に進学。実務訓練(*)として、2022年1月~2月に東京のIT系のベンチャー企業での就業を体験。都心のオフィスから電車で30分ほどのエリアに部屋を用意してもらい、一人暮らしをしながら通勤した。「事前にある程度は勉強していたんですが、学校で学ぶことを実際に使う経験がなかったので、2か月間は家でも勉強したり挫折しそうになりながら必死でインプットしたりしていた記憶があります。そのおかげで、いろんなことができるようになったので、今となっては良かったなと思っています」。
 
*実務訓練:1976年の開学以来、学部4年次の必修科目(6単位)として先駆的に推進してきた産学連携教育。卒業研究を終えた1~2月の7週間、全国の200社近い受入企業と約450名の4年生がマッチングを図り、各社で実務経験を積む。基礎と専門を繰り返して学ぶ技術科学教育システム「らせん型教育」の中核を担うプログラムである。

 

プロダクト開発に携わり、ユーザー視点の仕事の進め方を学んだ

 

―「実務訓練」先の企業はどのような観点で選びましたか。2か月間、どのような業務、役割を任されたのでしょうか

 
私がお世話になったのは、データセキュリティサービスを提供する東京の会社でした。社員数30人ほどのベンチャーで、インターンシップ生が約10人在籍していました。秘密計算技術とAI設計技術で、データを暗号化したまま活用できるようなプロダクトを展開しており、私もその開発業務を担当。プロダクトマネージャーとエンジニア2人と私の4人で、サーバサイドの開発業務に携わりました。
 
企業選びの際は、大学で学んでいた機械学習技術を活かしてプロダクト開発ができる環境を探していました。選んだ企業には最新の開発環境があったほか、東京の会社だった点にもひかれました。住む場所も企業側に用意していただけたので、「東京で働く」体験を経て、これからのキャリアや働き方を考えるヒントにしていこうと考えました。
 
―実務訓練に向けて、自分の強みや弱み、学びたいことをどのように設定していましたか
 
機械学習技術は、実践の場でどこまで通用するか自信がありませんでした。学業以外にアルバイトでもシステム開発やコーディングを経験していましたが、締め切りや、設計など考えなかったので、責任が少なく気軽に働かせてもらえていたんです。実務訓練先では、製品に結びつく実践的な開発力とコーディング力に加え、チームで開発するノウハウも身に付けたいと考えていました。
 
―実際に、企業の一員として実務訓練を経験し、学業やアルバイトとは違うどのような学びがありましたか
 
自分が開発したプロダクトが、“実際にユーザーに使われる”という緊張感は大きかったです。プロダクトの先には「自社データを安全に管理したい」と考える企業が待っています。データ管理のセキュリティにかかわるプロダクトを扱っているんだと気が引き締まりました。
 
その企業では開発手法も開発言語も最先端なものを扱っていました。大学で勉強はしていたものの、実際に使うとなれば話は別です。実務訓練期間中は、仕事を任されても分からないことが多く、チームの皆さんに助けてもらいながらインプットを続けました。企業からは住居の提供など、さまざまな支援をしていただいたので、それだけの期待に応えなければと必死でしたね。
 
また、社内公用語が英語だった点も、この企業ならではの体験だったかもしれません。社内に外国籍メンバーが多く、ミーティングやSlackのコミュニケーションは全て英語でした。もともと英語が得意ではなかったので、技術的な知識に加えて英語力も必要とされる環境に、当初は不安が大きかったです。業務上の意思疎通はなんとかできたので、少し自信はついたものの、コミュケーションを楽しめるレベルにはまだまだ及びません。もっと語学力を上げたいという意識が芽生えたのも、大きな変化でした。
 
―「開発力」「チームワーク」はどう伸びたと感じていますか
 
実務の場では、書いたコードを社員の方に見てもらい、レビューを受けて直していく作業が何度も生じます。「このコードの方が、開発チームのメンバーにとって読みやすいよ」「ユーザーにとって使いやすいし、動作が早くなるのでは」など、具体的な指摘がもらえるので、とても勉強になりました。開発を通じて改善を重ねていくプロセスで、ユーザーだったらどう感じるか?と常に問われ、大学の研究にはない現場目線を知ることができました。
 
また、チーム開発を通じて、社員の皆様の働き方、振る舞い方を間近で見られたのはとても貴重な経験でした。その企業では、1週間でやるべきタスクを全て洗い出して議論してから、次の週のタスクに進むやり方をしていました。Slackで積極的に意見を交わし、アウトプットしながらアイデアを深めていく社員の姿を見て、発信の大切さに気付かされました。意見が言いやすい雰囲気もあり、「こんなことをすればいいのでは」と議論を投げかける力は身に付いたのではないかと思っています。
 
実際に、実務訓練後は、研究室でもSlackでどんどん発信するようになりました。1週間に一度ある研究発表の場でも、発表者に質問をしたり、自分なりのアドバイスを伝えたりと、周りを意識して振舞えるようになったかなと思います。

毎週金曜日19時から行われていた社内勉強会で、自身の研究内容について発表する木内さん(写真右)。インターンシップ生同士でディスカッションを行った

 

副業・兼業で働く社会人との出会いに視野が広がった

 

―実務訓練を経験し、これからの仕事選び、キャリアの考え方に変化はありましたか。就職への心境の変化や再認識されたことがあれば教えてください
 
プロダクト開発に携わったことで、「ものづくりが好き」という思いが明確になりました。
自分の書いたコードが、プロダクトにどう反映され、それがお客様への価値提供にどうつながっていくか。研究とは違う面白さがあり、「既存の技術・開発手法を使って新しいものを生み出す」ことが好きという、自分の特性に気付くことができました。

 
今は、大学院で音声系統の自然言語処理に関する研究を進めています。将来はその知識を活かした開発領域に進みたいなと、就職活動の方針も定まっています。
 
働き方という点で、東京のベンチャー企業を経験できたことも大きかったです。社員の方は皆さんとてもフランクで、一緒にコーヒーを飲みながら話す機会も多くありました。そこで知ったのは、ダブルワーク(副業)をしている人が多い、ということでした。エンジニアとしてほかの大手企業に勤めながら、「週に数日は、こっちでリモートワークをしている」という方がいたり、フルタイム勤務の社員をしながらご自身で起業していたりと、一人ひとり働き方もバラバラなんです。大学にいるだけでは知り得ない、多様なキャリアの考え方に触れ、「こんな仕事の仕方もあるんだ」「こんな生き方もできるんだ」と思うようになりました。就職活動での企業選びでは、副業・兼業など自由な働き方ができる環境かどうかも見ていきたいと思っています。

 
東京暮らしという点では、2か月生活しても人混みにはなかなか慣れませんでした(笑)。四国の田舎で育ち、大学はキャンパスまで徒歩5分の寮暮らしなので、満員電車に毎朝30分揺られる生活に体がびっくりしてしまって。週に何日か通勤する生活だったら大丈夫かな…など、具体的な生活スタイルまで考えるようになったのも、実務訓練があったからだと思います。

 
 

【指導教員の視点から】

豊橋技術科学大学大学院 情報・知能工学系教授
北岡教英さん

 
木内さんを見て大きく感じたのは、「リーダーシップを発揮するようになった」という変化です。研究室内のコミュニケーションツールでも発信量が明らかに増えていますし、仲間に積極的にアドバイスをしている様子を目にすることも多いです。
 
木内さんを企業に送り出す前は、「少数精鋭のベンチャー企業で、英語を使って開発業務を担う」という職場環境に、大丈夫かなと心配した部分もありました。しかし、2か月間の実務訓練期間を終えたあとも、企業側から高く評価され、インターンシップを半年ほど継続するまでになっていたんです。大学院で研究を続けながらリモートワークで働く様子を見て、任される環境が人を成長させるんだなと頼もしさを感じていました。
 
実務訓練を終えて、木内さんが「開発領域に興味を持った」と話していたように、大学の学びとは違う領域で、実務訓練を経験する価値は非常に大きいと感じています。多様な働き方、キャリアの築き方を知ることができたり、自分に合う社風や雰囲気がどのようなものなのかを学べたり、2か月という比較的長い期間を企業に身を置いて過ごすからこそ得られるものは多いでしょう。
 
事業領域、仕事内容とのマッチングはもちろん大切ですが、「将来どんな暮らしの中で、どう働いていきたいのか」まで広く考えるきっかけとして、これからも実務訓練の機会を大切にしていきたいと考えています。
 

 

取材・文/田中瑠子

 

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