識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.9
就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、北陸大学 経済経営学部 マネジメント学科 教授 山本啓一さんのお話をご紹介します。
北陸大学
経済経営学部 マネジメント学科 教授
山本啓一さん
【Profile】
九州国際大学法学部長を経て、2016年より北陸大学に着任。2017~2020年に経済経営学部の学部長を務め、4年間で同学部の志願者を4.0倍、入学者を2.5倍に増加させた。大学教育とキャリアを接続させるカリキュラム導入に定評がある。日本私立大学協会就職・キャリア支援委員(2021~2023年)。近著に『北陸大学経済経営学部の経験と課題 -教学マネジメント体制の構築に向けて-』(IDE 2020年11月号)など。
内定をゴールにしない。その先にあるキャリアに目を向けていく
就活と学業の両立を可能にする仕組みの構築を
就活の在り方についての議論では、早期化など就活”時期“に焦点が当てられがちです。ただ、就活時期は、社会環境の変化の中で揺れ動くもの。売り手市場が続く今、企業が学生との接点を早く持ちたいと考えるのは自然なことでしょう。私は、学生たちを社会に送り出す側として、環境要因によって変わるスケジュールの議論よりも、「企業と大学との接続」をより良くするための方法や在り方を考えていきたいと思っています。
そもそも大学は、4年間かけて社会で活躍できる人材を育成していく場です。ところが現実には、3年間のうちに124単位のほとんどを取り、4年生は就活に専念するという考え方が定着しています。でもそんな早回しでは、学びを深め、自身の血肉とすることは難しいはずです。大学は1年間の履修上限単位数(CAP)を30数単位に下げ、4年間かけてじっくり学ぶ方向へかじを切ることが望まれます。その一方で、1科目の単位数をもっと分厚くし、座学(インプット)と実践(アウトプット)があるようなカリキュラムを組み、大卒人材に求められる深い思考力や課題解決力をつけていく必要があるでしょう。
いまや企業との接触は3年生から始まっています。その時期に履修科目数が多いと、学生の負担はかなりのものになります。大学に求められるのは、4年生で就活に専念できる仕組みではなく、3年生のうちに学業とインターンシップ等の企業との結びつきを両立できる仕組みです。
そもそも、「学業に専念」できている学生なんて実は少数派です。多くの学生が奨学金を借りており、1年次から学業とアルバイト、学業とアルバイトと部活など、2~3つの世界を掛け持ちしながら学生生活を送っています。学生は、複数の世界を並行しながら学業に取り組みつつ、相乗効果を生み出す力を身につけることが大切になってきているのです。
大事なのは内定後も続く学び。就活を取り巻く環境変化に敏感であれ
就活は、自分がこれからどんなキャリアを歩みたいのかを考える貴重な機会です。売り手市場が続く今、内定をもらうことのハードルは下がっており、それ自体は学生にとって悪い環境ではありません。学生が就活にそこまで苦労しない今は、とてもいい時代だと心から思っています。
問題は、過去の“就職氷河期”のイメージにとらわれている大学関係者や保護者世代が多いということです。その世代は、内定をもらうことがいかに大変だったか、鮮明に記憶に刷り込まれています。確かに、当時は「内定獲得」のために必死で就活に向かう必要がありました。また、就職氷河期世代は、現在でもさまざまな課題に直面している方が多数いらっしゃいます。
しかし、いまや、「内定をとる」ことをゴールにする就活支援体制のままでは、学生も「内定がゴールなんだ」と思いかねません。早期内定をもらうと就活をやめてしまい、「就活が終わった!残り1年はのんびり過ごそう」というマインドを助長していないでしょうか。
これからは、企業に入って安心という時代ではなく、社会の中で仕事を通してどう成長したいかを深く考えていかなければ、立ち行かなくなるでしょう。内定をとることを目標とした就職支援が大学でなされている限り、学生が自分に向き合う機会を失い、成長を阻害しているのではないかと思っています。内定獲得がゴールという“呪縛”を解く必要があります。
人口減少社会で、大卒人材はますます希少価値のある存在になりつつあります。内定があっという間に出てしまう現状だからこそ、自分のキャリアをどう主体的に作っていくのかを考えられる学生を、大学が4年間かけてじっくりと確実に育てていくことが、大学に課された重要なミッションになっています。
卒業生のキャリアパスを定性・定量で把握していく
では、大学が就職支援として取り組むべきことには何があるのか。その一つは、卒業生のキャリアパス調査だと思っています。就職先データを取るだけではなく、入社後にどんな仕事を経験し、異動や転職を選択しながら、どんなキャリアパスを歩んでいるのか。3年後、5年後、10年後のスパンで追いながら、その会社はきちんと人材を育てているのか、成長環境が用意されているのかを可視化していくことが大事でしょう。
当大学のような地方の小規模大学では、卒業生の多くが地元の会社に就職します。小規模で名の知られていない会社でも、きちんと成長させ、キャリアステップを踏ませる優良なところは多い。大学側が、大卒人材を丁寧に育成している会社はどこかを定性的・定量的に把握し、そういった企業と積極的に産学連携を深めていくことが大事だと思っています。
すでに学生は企業選びの基準を「自分が成長できるかどうか」に置いています。実は、これは教育の変化を反映していると思います。現在の大学は、4年後にはこんな力を身につけてほしいというディプロマポリシー(※)を掲げ、それを実現するためのカリキュラムを作っています。学生は「4年間を通じて到達目標に向けて成長するために大学で学ぶ」という感覚を当たり前に持っています。だから、就活においても、その企業がどんな人材目標を設定し、育成プランを持ち、成長期待を実現するための仕組みを取り入れているかに自然と目を向けていると思います。
※各大学、学部・学科等の教育理念に基づき、どのような力を身につけた者に卒業を認定し、学位を授与するのかを定める基本的な方針であり、学生の学修成果の目標ともなるもの。卒業認定・学位授与の方針。
教育の仕組みが変わってきているからこそ、企業側はその変化を受け止めていただきたい。仕事を通じて身につけるべきコンピテンシー(高い成果を出すために必要な行動特性)を明確に提示している会社が増えていけば、学生も違和感なく、学びと仕事を接続させられる社会になっていくでしょう。
リアルで得た暗黙知を言語化して学びにつなげる
生成AIの進化により、エントリーシートの作成すらAIに任せられる時代がやってきました。だからこそ、これからは“身体性”がますます重要になってくるでしょう。自分自身の実感、経験を通して学び成長していくという人間にしかできないことの価値はますます高まっていくはずです。
多くの学生は、アルバイトや部活、インターンシップなど、学業と正課外の社会生活を行き来しながら、身体に感覚的な学びを蓄積させています。それらを形式的に振り返るだけではなく、言語化し、次の学びにどうつなげていくかが大事です。
これまでの大学は、学生の身体的な学習経験に重きをおかず、教室の中で提供する知識を偏重してきた傾向があります。また、アクティブラーニングといっても、教室内でディスカッションしているだけでは、現実社会の修羅場には触れられません。リアルな現場に飛び込み、身体全体で得た暗黙知を、いかに顕在化、言語化し、抽象化していくか。大学も、学生の学業以外の世界での体験に真剣に向き合うことが、学びを働くにつなげていくキャリア教育の重要な転換点になっていくと思っています。
参考記事:
ゼミでのキャリア支援活動が伸ばす「経験に意味を見出す力」社会に出ても学び続ける人材を育てる|就職みらい研究所(recruit.co.jp)
取材・文/田中瑠子 撮影/鈴木慶子