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就職みらい研究所とは
2023.02.14

ゼミでのキャリア支援活動が伸ばす「経験に意味を見出す力」
社会に出ても学び続ける人材を育てる

これからの「働く」を考える Vol.16

学生がキャリアについて考える機会は増えています。しかし、就職活動が始まると、「自分が何をしたいのか分からない」「アピールできる経験がない」「大企業に入らないと幸せな社会人生活を送れないのではないか」などと迷ってしまう学生も少なくありません。

将来働く姿を描くうえで最初に取組むべきは、学生自身が自らの経験とそこから得た学びに向き合い、言語化していくこと。そのような考えから、北陸大学経済経営学部教授の山本啓一さんは、大学1年生からの実践的な「経験の棚卸しの仕方」を指導しています。キャリア支援に力を入れている想い、実際に見てきた学生たちにどのような変化があったのか。お話をお伺いしました。

 

北陸大学 経済経営学部 マネジメント学科
教授 山本 啓一さん


※記事は、2023年1月23日にオンライン取材した内容で掲載しております。

【Profile】

1999年一橋大学法学研究科博士課程修了。2001年九州国際大学法学部に着任し、2008~2012年まで同大学法学部長を務める。2016年度より北陸大学に着任。2017~2020年度に経済経営学部の学部長を務め、4年間で同学部の志願者を4.0倍、入学者を2.5倍に増加させた。大胆な差別化戦略と綿密なIR分析にもとづく意思決定の両立を重視する。近著に『北陸大学経済経営学部の経験と課題 -教学マネジメント体制の構築に向けて-』(IDE 2020年11月号)、「大学における担任制度の課題とインクルーシブ教育システムの意義〜北陸大学経済経営学部の事例」(私学経営2021年11月号)など。

 

INDEX

 

「経験学習サイクル」を学ぶ、大学1年生からのキャリア教育

 

―2016年より北陸大学 経済経営学部の教授として多くの学生のキャリア支援に携わっています。どのような支援、指導を行っていますか

 
北陸大学経済経営学部には、キャリア支援を“専門”とする教員はいません。キャリア支援は、学生と関わる全教員が担うべき役割として、1年生からゼミの担当教員が携わるのが基本スタンスなんです。当学部では1年次からゼミがあり、週1回90分、学生がゼミ形式で学びます。続いて、次のコマの前半45分をキャリアデザイン科目に充て、ゼミの延長として設計しています。この授業で主に行うのは、学生による10分間スピーチです。このスピーチでは、自分の経験を言語化することを重視しています。
 
例えば1年生は、大学入学までに頑張ってきたことなどをスピーチします。これまでの人生を棚卸しする機会であるととともに、周りに伝わるように説明する訓練にもなります。2年生になると、大学生活での取り組みとそこから得ている学びを発表。アルバイトをしている学生には、その会社の事業内容や店舗の経営分析も行ってもらいます。飲食や小売店では店舗あたりの売上や客単価、回転率などさまざまな分析の切り口があり、競合との比較や経営戦略の変化まで深く分析することができます。企業分析では、有価証券報告書の分析まで踏み込みます。
 
自分が働く店舗や企業を分析し、発表することは、経営学視点での学びになりますし、就職活動における「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」と、企業研究のスキルを身につけることにもつながります。こうしたスピーチの中で、将来の目標や実現したいことも発表してもらい、自分の内面から出てくる言葉を見つけて、自分の言葉として落とし込んでいく作業を重ねていきます。
 
自分の経験を人前で話すことは、「その経験が自分にとってどういう意味を持つのか」を整理することにもつながります。そのうえでそれを次の実践につないでいく、つまり「経験学習サイクル」を何回も回していくことが、私が考えるキャリア支援の一つです。
 

―本来のゼミ活動に加える形で、こうした取り組みを行うようになった経緯はどのようなことでしょうか。きっかけや課題意識があったのでしょうか

 
以前勤めていた九州国際大学でのゼミがきっかけでした。アイスブレイクとして、ゼミの最初に一人ずつ10分間スピーチをするのを恒例にしていたところ、学生たちから「人前で話すことに抵抗がなくなった」「自分について話すことに慣れていたので、就活で困らなかった」と言われるようになったんです。
 
私が学生の頃は、ゼミが終わったあとに先生と学生たちが一緒に飲みに行く“アフターゼミ”もありました。研究室から離れると、一定の心理的安全性が担保された関係性の中で、学生たちが自身のバックグラウンドを話す機会が増える。”アフターゼミ“は、実は自己開示しつつ、自分の経験を振り返る機会にもなっていたんです。授業でのプレゼンテーションや発表の場以外に、他者に対して経験を分かりやすく伝える機会は、就職活動に向けても大事です。そこで、“アフターゼミ”のような、お互いの経験を語る場をつくるとともに、キャリアデザインの観点を加えた形として、北陸大学では2016年から1年ゼミで導入し、2019年からは当学部のカリキュラムに正式に取り入れました。
 

―ゼミでの取り組みでは、アルバイトでの経験を重視していらっしゃいますね。なぜそこにフォーカスされているのでしょう

 
アルバイトのみならず、ゼミの学修、地域活動、部活動、その他自主的な取り組みなど、学生時代の経験の引き出しは多く持っていてほしいと思っています。私のゼミでは学生と一緒に地域防犯の取り組みを行っており、地域と連携したプログラムで経験した内容は、就職活動においてとても評価されることが多いようです。
 
他方、アルバイトでは、例えば観光客で連日大賑わいの店舗で後輩育成や現場のリーダーを任されながらがんばっている学生や、ミシュランガイド掲載店で働いている学生もいます。実はアルバイトでも、学生はかなり高度な役割を担っていることが多いのです。店舗の経営データも把握しています。バイトリーダーを務めれば統率力も身につきます。
 
そんな豊かな経験をしているのに、その経験を分析・説明するトレーニングができていないと、就職活動で「アルバイトでお客様の笑顔のために一生懸命頑張りました」などと、ありきたりな表現しか出てこないことになりかねません。アルバイト経験を自分の言葉で深掘りすることは、学生を成長させる要素の一つになると考えています。

 

経験から意味を見出す力を育て、学び続ける人材を送り出したい

 

―ゼミでのキャリア支援を通じて、学生はどのように変化していきますか

 
最初は、自身の経験について具体的な場面を説明できない学生がとても多くいます。言葉で説明するトレーニングを積んできていないため、「高校の部活で仲間との絆を作れた」「練習を通じて努力の大切さを学んだ」など、手垢のついた、人から借りてきたような表現を使ってしまう。具体的に部活のどの出来事を通じて仲間との関係性がどのように変わったのか、どんな練習で自身がどのように変化したのか、部活のどんな課題をどのように解決したのか、さまざまな経験の場面を具体的に説明できなければ伝わりません。そのうえで、それらの具体的経験から浮かび上がる自分なりの言葉を見つけていくことが大切です。
 
私のゼミでは、10分間スピーチ以外にも、「本日の学びの振り返り」を行い、ゼミのどの場面で何を学んだのかを説明するトレーニングを何度も繰り返します。すると、授業でもゼミでもアルバイトでも部活動でも、それぞれの場面で何を得て、次にどうつなげるかを少しずつ考えられるようになっていきます。「経験学習サイクル」を習得していくんです。
 
このように経験から学ぶモードを身につけるためには、まず、日ごろから小さなことに気づき、それを言葉で説明することが大切です。次に、それらの具体的な場面を自分なりの気づきの言葉に昇華することです。こうした作業が難しい場合には、同級生、アルバイト先の先輩、地域の大人など立場に関係なく本音で話せる相手と対話することで、気づきや成長する機会を得ることも。ゼミでの地域連携プロジェクトは、そういった意味でも学生が成長するいい機会になっています。
 

―経験学習サイクルをトレーニングすることは、学生自身のより良いキャリア選択にどのようにつながっていきますか

 
就職活動で「ガクチカ」を問われたときに、人に自慢できるようなすごい話ができないと悩む学生がいます。しかし企業が「ガクチカ」を聞きたいのは、経験学習サイクルが回っているかどうかを確認する意味が大きいでしょう。“経験からどんな意味を見出し、次につなげているか”が重要なのであって、経験自体の物珍しさを見られているわけではありません。経験から成長の機会を見出し、主体的に学ぶことができれば、社会に出ても、仕事を通じて学び続ける人材になれます。経験を言語化するトレーニングは、就職活動で困らないという短期的視点だけではなく、社会人として成長を続ける姿勢につながっていく、とても大事なものだと思っています。
 

―長くキャリア支援に携わる中で、課題に感じていることは何ですか

 
学生の中には、周りより早く内定をもらえることが大事と思っている人もいます。しかし当然ですが、早期に内定を出す会社が良い会社とは限りませんし、自分に合っている会社とも限らない。内定が出たから安心、ではありません。
 
会社の経営方針や業務内容をよく理解し、その仕事を通じて成長できる仕組みのある会社かどうか、新しい課題に一生懸命取り組めるチャンスのある会社かどうかをぜひ見ていってほしいですね。自己理解と企業研究を深め、時間をかけてでも自分に合う環境を見つけに行く姿勢を身につけてもらいたいと思っています。
 

―最後に、充実した学生生活を送り、自信を持って社会に出るために、学生の皆さんへのメッセージをお願いします

 
多くの学生を見ていて思うのは、大学での経験を通じて“伸びた”学生たち、変化していった学生たちこそが、卒業後の進路をしっかりと選び、その後も長く活躍しているということです。
 
入学してきたときには、学業の面でも、コミュニケーションやプレゼンテーションなどの基礎スキルの面でも「大丈夫かな」と心配になる。でも、学生時代の勉強やアルバイトなどさまざまな経験を通じて、失敗・成功を繰り返し、経験学習サイクルを回しながら、新しい経験や自分がチャレンジができる場面に身を置こうとする学生は成長していきます。大事なのは、頑張らざるを得ないストレッチゾーンに自分を持っていくことができるかどうか。安全地帯(コンフォートゾーン)に留まらずに、伸びるチャンスをぜひ自分から見つけにいってほしいです。
 
国内の構造的な人手不足の中で学生優位の環境の今、内定が取れないかもしれないと心配をしたり、内定を取るためにどうするかを最優先に考えたりする必要はないと考えています。就職活動に関しては、メディアの発信、大学のキャリアセンター、ゼミの先生、保護者の方々の意見など、さまざまな情報が入ってくるでしょう。しかし、中には古い考え方だったり思い込みにもとづいた情報も混ざっています。それらに右往左往することなく、「自分がどんなふうに成長していきたいか」「仕事を通じて何を学びたいか」を考えていってほしいと思っています。

 

取材・文/田中瑠子

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