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2018.10.01

INTERVIEW こんな人と働きたい!  Vol.6 真山 仁 / 小説家

各界の著名人に、これまでに出会った、プロとしてすごいと思った人、影響を受けた人など「こんな人と一緒に働きたい!」と思う人物像をインタビュー。

知恵を絞り、開かない扉を開ける人に心動かされる

まやま・じん●1962年、大阪府生まれ。87年、同志社大学法学部政治学科卒業後、新聞記者として中部読売新聞(現・読売新聞中部支社)に入社。89年、同社を退社。フリーライターを経て2004年、熾烈な企業買収の世界を赤裸々に描いた『ハゲタカ』でデビュー。『ハガタカ』『ハゲタカⅡ(「バイアウト」改題)』は、NHK土曜ドラマになった後、18年にテレビ朝日系で連続ドラマ化。また、『レッドゾーン』も09年に映画化されている。シリーズ最新作は、原発事故に見舞われた電力会社の買収劇を描いた『シンドローム』。そのほかの著書に日本の食と農業の問題に斬り込んだ『黙示』、地熱発電をテーマにした『マグマ』、中国での原発建設を描いた『ベイジン』など。

 

責任を持って、約束を守れる人と一緒に働きたい

 

――会社員と異なり、小説家が誰かと一緒に働く姿は思い浮かべにくい気がします。

黙々とひとりで書いているイメージでしょうか。でも、小説はひとりでは書けません。編集者がいなければ本は仕上がらないし、誰かに取材をすることもある。特に私の場合は社会問題をテーマにした小説を書いているので、たくさんの人に取材のご協力をいただきますし、ブレインの存在も欠かせません。また、小説を書くにあたってかなりの量のリサーチをするので、学生にアルバイトで手伝ってもらっています。

 

――意外でした。アルバイトの採用基準は?

プロ意識を持って仕事ができるかどうかです。応募してくれた人にはトライアルとして本を一冊お渡しして、例えば「事件の内容と日付を全て抜き出してほしい」「田中角栄の言葉をそのまま書き出して、ページ数もわかるようにしてほしい」といったポイントを伝え、期日までにレポートをまとめるようお願いしています。その際に、全員に「仕事をしていただいた以上、トライアルでもお金はお支払いします。お金をお支払いする以上、あなたが学生であっても、プロの調査員として雇っている。だから、プロとして守っていただきたい約束がふたつあります」とお話しします。

ひとつは締め切りを守ること。もし、何らかの事情で守れない場合は、必ず当日の朝までに「何日まで時間をください」と自己申告していただくことにしています。もうひとつは、お願いした通りのクオリティのものを納品すること。「納得がいかない場合は、何度でもやり直していただきます」と伝えます。

 

――約束を守る。社会人としての基本ですね。

最初は皆さん、「当たり前のことですから、大丈夫です」と言います。ところが、やってみると、思っていたより時間がかかったり、単調な作業で退屈したり、「こんなはずじゃなかった」となる。結局、期日までに仕上げられず、叱られるのが怖くて連絡もできなかったという人がたくさんいます。

つまり、責任を持って約束を守るというプロとして当たり前のことをちゃんとできる人は、意外と少ないんです。事情はそれぞれあるでしょうから、期日内にできなくても叱ったりはしません。ただ、「できなければ、連絡をする」という約束が守れない人と一緒に働きたいとは思えないですね。

 

「若い人がよく言う『どうせ』という言葉が気になります。『どうせ』と言った時点ですでに負けていますよね。常に勝てとは言いませんが、戦いもせずあきらめている。『そんなことはないよ』という他者からの同情を求めるための言葉にも聞こえます。プロとして生きたいなら、禁句だと思います」。

 

 

実績のない者がひとつだけできるのは、正直に力を尽くすこと

 

――さまざまな編集者の方たちとお仕事をされてきたと思いますが、一緒に働きたい編集者像を教えていただけますか?

面倒くさいことから逃げない人がいいですね。編集者に限らず、社会人って面倒くさいことだらけです。一般企業で言えば、編集者にとって作家は取引先ですが、取引先、会社、自分の三者は価値観も常識も違う。当然、摩擦も起きます。その時に、お互いの無茶や無理をみんなが納得できる形で実現していく。そういう面倒くさいことにきちんと向き合える人はプロとして信頼できます。

 

――プロとして信頼される人になるために大事なことは?

一番いいのは、「君が言うなら」と周囲が納得するような実績を作ることです。ただ、問題はそこにたどり着くまでに何ができるかですよね。実績のない者がひとつだけできるのは、正直に力を尽くすことです。例えば、依頼をした作家から、作品を書くためには海外取材をしなければいけないと言われ、上司に相談したら、「今期は予算がないからダメだ」と却下されたとします。海外取材の必要性は確かにあり、「断れば、書いてもらえないかもしれない」という状況にもかかわらず、どんなにかけ合っても上司が首を振らない。そういうときに、どうするか。

「上司から許可が下りませんでした」としか言えなければ、それで話は終わってしまうでしょう。でも、「今期は予算が厳しくて10万円しか確保できません。だけど、先生の作品をどうしても出させていただきたい。お金は出せないけれど、自分ができることは何でもしますから、前向きに考えていただけませんか」と飾らずに伝えれば、「じゃあ、お金がかからない方法を一緒に考えようか」となるかもしれない。もちろん、そう簡単に話が運ばないことも多いですよ。でも、正直に力を尽くせば、少なくともその情熱は相手の心に残る。「今回は残念だけど」となっても、相手に嫌な思いをさせたり嘘をついていなければ、後の実績につながる可能性も出てきます。

理想的なのは、「先生、海外取材は本当に必要ですか? 今回の目的なら、ほんの1週間現地で取材するよりも、その国に長年住んでいた人に取材をした方が深い話が聞けると思います」と違うアイデアを出せる人。さらに、取材対象者の候補まで調べていれば、相手に納得してもらえる確率は高いでしょう。そんなふうに知恵を絞り、開かない扉を開けられる人がプロ。プロには誰もが心を動かされ、一緒に働きたいと思うのではないでしょうか。

 

真山さんが尊敬する人物は、ライター時代に仕事を通して出会い、交友関係のあった故・堀貞一朗さん。東京ディズニーランドを誘致し、その成功を陰で支えたプロデューサーだ。「普通の人にはできない実績を持ちながら、黒子に徹し、決して偉ぶらない。人間としての姿勢を教えられました」。

 

 

嫌いな人に出会ったら、チャンスだと思った方がいい

 

――社会に出たら、「一緒に働きたくない」と感じるような人と仕事をする場面もあると思います。そういう場合、モチベーションを下げずに仕事をするにはどうすればいいのでしょう?

フリーライターをやっていた時にいろいろな方を取材させていただく機会がありました。中には、仕事の依頼を受けた時に「嫌いだから、気が進まないな」と感じる取材相手もいました。その時に心がけていたことはふたつ。まず、「これは試練」だと思うこと。嫌いな相手を魅力的に書くのは腕が試されますが、それができれば自分の技術の証明になる。だから、チャンスだと考えるようにしていました。

それから、先入観を捨てること。好き嫌いというのは単なる先入観なのだから、相手のことをポジティブに捉えれば変わるはずと考えて取材に臨んでいました。そうすると、意外にも「嫌い」という感情は消えて、ちゃんと仕事の成果を上げられる。組織でも同様で、「嫌だな」と感じる人に出会った時に逃げたり、ただやり過ごしたりするのではなく、「この人をどう驚かせてやろうか」と考えてこそ自分の力を伸ばせるのではと思います。

新聞社で働いていた時代に、「デスク(取材・記事作成の責任者)がダメだから、大切なネタなのに記事にならなかった」という言葉を若い記者がよく口にしていました。私も何度そう思ったかわかりません。でも、当時の自分は間違っていたなと今は反省しています。

 

――なぜですか?

小説は興味を持ってくれる人がいなければ、誰にも読んでもらえません。でも、新聞社のデスクは少なくても記事を読んでくれます。そのデスクすら納得させられない記事では、多くの人に読んでもらうことはできないなと考えるようになったからです。

小説を書いて世に問うた時、多くの人が手に取ってくれない場合もあります。それを「世の中の人間はわかっていない」と人のせいにしても何も変わりません。構成や表現がわかりにくかったのだろうか、読者の手に取ってもらうための工夫をもっとすべきではなかったか。自分に足りないものを知り、それを乗り越えてこそ社会人として何かを世の中に伝えられる。壁というのはそのきっかけをくれます。だから、仕事で嫌いな人と出会ったときも、チャンスがやってきたと思った方がいいと思いますよ。

 

 

取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康

 

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