識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.5
就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すため「10年後の就職活動・採用活動の在り方」は何か、というテーマで各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、全国私立大学就職指導研究会副会長など大学横断組織でも活躍される玉川大学の大槻利行さんのお話をご紹介します。
玉川大学
キャリアセンター センター長
大槻利行さん
【Profile】
玉川学園入職後、人事部を経て、農学部、工学部、文学部の就職支援を担当。その後、玉川大学キャリアセンター長に就任。全国私立大学就職指導研究会副会長、日本私立大学協会就職委員会委員、日本キャリアデザイン学会正会員、大学職業指導研究会副会長を務める。
受験の延長の就職活動ではキャリア自律は生まれない
入学直後からキャリアを考える機会を提供
玉川大学では、1年次の全学生を対象に「1年次セミナー」を開講しています。大学で何を、どのような目的意識を持って学ぶのか。入学直後から考え動機づけができることを目指し、各学科の主任教授で構成されているキャリア・就職委員会を学内に設置。学生のキャリア支援につながる取り組みは、年次を問わず続けています。
多くの学生は、社会情勢や業界の特性、企業についての情報をほとんど持ちえていないまま、就職活動期間の限られた時間内で「自分に合った仕事・企業を選ぶ」ことを求められます。インターネットを通じて得られる情報量は増えていますが、自分はどういう人間かという内省がないままでは、情報に翻弄されてしまうだけ。そこで、大学生活は全て社会人生活につながっているという話を大学1年次から伝えていき、自分が専攻する学問がどう社会と関わっているのか、考える機会を提供しています。
卒業生との接点創出にも力を入れています。キャリアセンターが学生と卒業生との間をつなぎ、「こんな話も聞いてみたらいいのでは」と方向性を示すこともあります。転職したり、異動したり、さまざまなキャリアの変遷を経てきた社会人の話は、多様なロールモデルを知る上でとても貴重です。自分の目で見て、聞いて“取材”する、一次情報に触れる大切さを伝えています。
入学直後からキャリアを考える機会を設けているのは、就職活動を“受験の延長”のようにとらえる学生が少なくないからです。そもそも、大学進学時に、将来どんな仕事に就きたいか、どんな人生を送りたいかによって、学ぶ領域を選ぶもの。しかし、「〇〇大学に入りたい。一番入りやすい△△学科を狙おう」と発想し、なぜその学科・専攻を選んだのか、自分のやりたいことや価値観と結びついていない学生は多いのではないでしょうか。
その発想のまま就職活動がスタートすると、知名度もあり人気もある大手企業に学生の応募が殺到するという事態につながります。どんな仕事に就きたいのか、自分の強みは何か、これまでの人生で何を大事に選択してきたのか。そうした自己内省のないまま、上場企業や大手企業を目指し、大量応募・大量不合格という社会的ロスが生じている。そうした状況を変えるために、大学側ができる一つのアプローチが、働くと学ぶと結びつけるキャリア教育だと考えています。
以前は、卒業生が仕事の合間や就業後にふらっと大学に遊びに来て、在学生と談笑するという機会が少なからずありました。学生は、さまざまな業界に進んだ社会人の先輩たちを見ながら、業界ごとの違いや企業風土などを肌で感じ取ることができました。第三者の意見を聞きながら、「自分だったら、どの仕事が向いているか」と考えるきっかけも生まれていました。
今はインターネットの普及やコロナ禍による対面の接点が減ったことなどから、そうした非公式な接点は少なくなってしまいました。だからこそ、大学側が企業関係者や卒業生を招き、キャリア教育の一環として情報提供する機会をつくることが欠かせないと考えています。
卒業後でも受け入れる柔軟な採用の在り方に期待
現状の就職活動は、3月の広報活動開始・6月の選考活動開始とスケジュールが設定されています。企業側の採用効率や、学生側にとっても最終学年に集中して採用試験を受けられる点でメリットも大きいでしょう。
ただ、学生の価値観や、学生生活の過ごし方は多様化しています。在学中に起業を経験して退学して、数年後にもう一度大学に戻って体系的に学ぶことも、実践的で価値ある学びです。卒業後数カ月してから、「やっぱりあの業界・企業で働きたい」と思いが固まることもあるでしょう。そうしたケースに対しても、募集要件に該当するならぜひ受けてくださいと迎え入れられるような期間が、もっと柔軟にあってもよいのではないでしょうか。多様性が認められる社会はより幸福度が高くなるだろうと考えます。
ある大学3年生の学生が、大手企業ばかり受けていたところうまくいかず、1月ごろにキャリアセンターに相談に来たことがありました。一緒にこれまでの活動を振り返りながら、「2~3月でも企業説明会は多くやっている。行ってみてはどうか」と伝えたところ、「もう遅いです」と言われてしまいました。よく調べればそんなことはないと分かるはずですが、本人は“就職活動スケジュールからはみ出てしまった”と思い込んでいる。チャンスは常に開かれている、と伝わっていない状況が、学生の選択肢や思考の幅を狭めているのだと感じました。
評価軸の明確化が学生のキャリア自律を促す
企業の情報開示は広がっていますが、まだまだ“採用広告”の域を出ていないとも感じています。ネガティブな情報を含めた“ぶっちゃけ”の内容を伝えることで、学生は「ここなら働けそう」とイメージを持つことができるのではないでしょうか。
また、選考において学生のどこを評価しているのか、評価軸の不透明さもまた、学生が迷う要因の一つになっています。「この仕事に就く方には、こんなスキルを持っていてほしい」「このレベルのプログラミングスキルがあれば、給与額はこうなる」といった職務特性として求める情報が明示されていれば、在学中にスキルアップに励もう、キャッチアップしようという学生が一定数出てくるでしょう。自社とのカルチャーフィットでは、どんな経験を積んできた方がいいのか。面接などの選考プロセスで何を見て「いい人材」「優秀」と評価しているのか。学生たちに向けて、一義的で具体的な表現で、伝わるように発信することも大切ではないでしょうか。
企業側が評価軸を明確にして、柔軟な受け入れ体制を強化し、学生側は自分がどういうことをやりたいか、どこなら成果を出せるのかを探求し、自らの経験をチューニングさせていく。キャリアは自分で責任を持って作っていくという自覚を持てる仕組みがあったらいいなと思っています。
就職活動の在り方の議論は雇用の仕組みづくりにつながる
労働人口減が加速する中、個人の人生の中で起こる環境変化に沿えるような組織や制度が進んでいかなければ、立ち行かなくなっていくでしょう。
例えば、直近では短時間で働く正社員制度を選択し、ライフイベントが変化する3年後には長時間のワークスタイルに変えていくなど、多様なケースを許容し、各自がパフォーマンスを発揮できる環境整備は不可欠だと考えています。さらには、プライベートも充実させ、賃金も上げていく。企業と個人が1対1でお互いの大事にしたい価値観を尊重して、実現可能なやり方を模索していかなくてはいけません。そうした環境整備は、採用担当者や学生はもとより、個々の大学や企業では動かせません。政府主導で、多様な働き方、人生の過ごし方を経験した人からのリアルな声を集めて制度を作っていくことが必要だと考えます。
少ない人口でどう社会を回していくかという点で、「男性正社員中心の終身雇用」という現行のやり方は限界にきています。就職活動の在り方は、雇用の仕組み全体の中で、どうあるとより良いかを考えなければいけない時期なのではないかと思っています。
人生の中での環境変化に寄り添える雇用の仕組みこそ必須
玉川大学の取り組み
玉川大学のキャリアセンターが提供する「キャリア・就活支援プログラム」は、face to faceを理念に運営し、年次に問わず相談を受け付けています。窓口での質問や相談をはじめ、就活の進め方や企業探しに関する個人面談や、履歴書・エントリーシート添削などを、専門の職員が学生と顔を突き合わせて進めています。
全学共通プログラムでは、卒業生や企業との協業による「仕事理解セミナー」のライブ配信、「自己分析講座」や自分に合った仕事選びに向けた「適職診断テスト」の実施など、さまざまな内容を提供。地方移住や就職相談、障がい者就職、公務員試験対策講座、資格取得講座などテーマごとのプログラムも用意しています。
企業発信の最新情報から卒業生との接点づくりまで提供
企業から届く最新情報を学生にいち早く提供できる仕組みも整えています。キャリアセンターによる「キャリアデザイン・就職支援」システムのWebサイト『たまナビ』では、求人情報やセミナー情報、インターンシップ情報などを、学生一人ひとりの進路登録内容に基づき提供しています。
システムを活用した「企業検索」「OB・OG検索」「インターンシップ検索」なども行うことができ、社会で活躍する卒業生のリアルな話を聞く機会も広がっています。
取材・文/田中瑠子 撮影/刑部友康