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2024.04.25

学びから仕事へのなだらかな移行についてインターンシップが果たす役割は大きい

識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.6

就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、独立行政法人 労働政策研究・研修機構 堀有喜衣さんのお話をご紹介します。
 

独立行政法人 労働政策研究・研修機構
人材開発部門統括研究員
堀 有喜衣さん

 

【Profile】

博士(社会科学)。2002年日本労働研究機構(現 労働政策研究・研修機構)入所。専門は教育社会学(学校から職業への移行研究)。労働政策審議会職業安定部会委員、社会保障審議会年金部会委員、中央教育審議会大学分科会特別部会委員等を務める。

 

学びで培ったスキルや経験を分断させない仕組みづくりが必要

 
ウエットな企業コミュニティへの回帰もありうる
 
まずは10年後の働く個人と企業のつながりという観点でお話しすると、これまでのように企業に個人が合わせるだけでなく、企業が多様な働き方のニーズを包摂するような枠組みを考えていく必要があるでしょう。取り組みが遅れれば、採用難により事業運営自体が危うくなっていく。そんな現実が差し迫っているのではないでしょうか。
 
当機構で行っている「若者ワークスタイル調査」※では、従来の日本企業にあったようなウエットなコミュニティを望む声も一定数あることが分かっています。かつては転職者の方が職場に対する評価やコミットメントが低かったのですが、現在は逆転しており、転職を経験した方が、自分の選択に納得している傾向が読み取れます。それは裏返せば、定着者が満足していないということでもあり、そのエンゲージメントを高める一つのヒントが、ウエットな人間関係にあるのではないかと考えています。
 
ドライになりすぎた組織は、企業コミュニティの力を取り戻す形でバージョンアップしていくのではないか。そうした変化から、多様な価値観を持った個人を広く受け入れられるような企業が増えていくことを、期待も込めて予感しています。
 
超早期化のストッパーとして就職活動ルールに一定の意味
 
次に、新卒一括採用にともなう“就職活動ルール”の未来の在り方についてですが、こちらもさまざまな議論があります。
 
3月の広報解禁、6月の選考解禁という具体的なスケジュールへの議論は今後も必要でしょうし、全ての企業がルールを守るわけではないという前提もあります。ただ、就職活動と学業との両立や、活動の超早期化に“くさび”を打つという点において、私は一定の意味があると思っています。
 
課題に感じているのは、学業から就業への移行が急すぎることです。学ぶことと働くことが分断されていたり、現実的にはまだ、アカデミックな学業と就職活動は相容れないものだという考えの二項対立で語られたりすることがあります。
 
そこで、学業から就業への移行をよりなだらかにするための手段として期待できるのが、インターンシップでしょう。
 
インターンシップが学業の妨げになるという懸念の声もありますが、内閣府による「令和5年度 学生の就職・採用活動開始時期等に関する調査」において、そのような回答は少ないという結果が出ています。学生は、オンライン化を一つの好材料に、時間を有効に使いながら情報収集を進めていると考えられます。これから、オンライン・オフライン問わず、より働く実態を知ることのできる5日間以上の就業体験を伴うインターンシップの活用がますます広がるでしょう。社会に出て働くために大学で学ぶ――。そうした、学ぶと働くことの接点をより強く意識する学生が増えていってほしいと思っています。
 
理系においては、学びのプロセスに実務研修が取り入れられており、働くにつながる道筋がある程度できています。一方、文系はまだ発展途上。大学のキャリア教育も多様化し、進化していますが、現状は、就職を考え始めた途端、大学で学び培ってきた、主体的に問いを立て、自ら動いて答えを発見するような経験やスキルと「働くこと」は分断されてしまっています。非常にもったいないです。
 
これからは生成AIをはじめ、技術革新はますますスピード感を増すでしょう。大学で学んだことがすぐに陳腐化し、長く持たない事態も起こり得ます。では大学で何を学ぶべきか。コンセンサスはいまだとれていませんが、職業教育の重要性とともに、リベラルアーツ(一般教養課程)を中心とした学びが、社会人の基礎能力として必要とされるという声もあります。
 
実務ですぐに役立つ専門的な知識やスキルは実際に仕事で使ってみることを通じて専門スキルに変換されていきます。他方ですぐには役立たないけれども、抽象的な思考や論理的思考能力を鍛えるような学びは汎用スキルとなっていきます。どちらかが重要というのではなく、専門スキルと汎用スキルを両立して得ていく重要性と、それに対する共通認識を、産学がいかに一緒に作っていけるか。これが変化の激しい時代の学びと仕事との関連を考えるうえで欠かせない視点だろうと思っています。
 

キャリアの転用可能性を広げる工夫が求められる
 
社会の変化とともに、職業の在り方もどんどん変化していきます。
 
ジョブ型の資格職業にはさまざまありますが、社会ニーズに応じてスキルの応用範囲を広げていくことができれば、より人材活用の幅が広がっていくことが期待できるでしょう。
 
例えば保育士の方が、リスキリング(社会人による必要なタイミングでの学び直し)を通じて、介護の資格取得につなげていく。そんなふうに資格をより汎用的に活用する方法も、個人のキャリア展開を支える手段の一つとなり得るかもしれません。
 
しっかりとした職業基盤を持ちながらも、業務に求められる要素やタスクの親和性によって、別の資格職種へと転職していけるようになる。そうすると、働き方の選択肢はより広がっていくと思います。
 

どんな人生を歩みたいか、仮置きでも決めるプロセスが大事

 
若者の希少価値化が企業と個人の在り方を変えていく
 
労働者人口の減少で若者の数が減っていくと、希少価値化すると同時にマイノリティ化が進むでしょう。
 
マイノリティとして存在感が失われていくと、「新卒採用の枠はあるけれど、実務経験を積んでから入社してきてほしい」という企業が増えることも予想されます。これまでは、自社で採用して自社で育てたいというメンバーシップ型の考えが一般的でしたが、そこまで手をかけられないという考え方が生まれてくるかもしれません。そんな悲観的なシナリオも考えられます。
 
ただ、現状の企業の採用意欲などを見ると、コロナ禍を経ても求人倍率が大きく落ち込むことはありませんでした。就職氷河期やリーマン・ショック時などは経済状況に連動して新卒採用の計画も大きく揺れ動いてきましたが、人口減少が確実な今、堅調な採用意欲が続いています。そうした現状を見ていると、希少価値化していくというポジティブなシナリオが現実的かもしれません。
 
今の若年世代は不確実性を避ける傾向にあり、入社時の職務や勤務地、配属先の上司など、初任配属の確約を求める声も増えているようです。一方で、企業側からすれば、入社時はメンバーシップ型のもとでさまざまな職業経験を経て職業能力を形成し、中高年期において身につけた能力を生かしてジョブ型になっていくことが望ましい。そうした形が現実的な“ジョブ型”の働き方として、広がっていくのではないかという感覚を持っています。
 
日本の教育現場はまだまだ、将来について考える機会が少ないと感じています。入社後の活躍まで見据えたファーストキャリアを選ぶには、「どんな人生を歩みたいか」を選び決めてみる作業が欠かせません。大切なのは、大学進学を決める前の高校生のうちから、仮でよいので選び決めてみるということ。やってみて違うと思えば別の道をまた探していけばいいと思います。
 
日本では、試行錯誤できる時期がほぼ学生時代に限定されており、ほかの国よりも許容されていないところは窮屈に感じるかもしれません。ただ、以前に比べると既卒学生を新卒入社者として受け入れる企業も増えており、門戸は広がっています。自分がやりたいこと、目指すもののために、企業と対等な立場で交渉していく力がこれからは必要になっていくでしょう。
 
※若者ワークスタイル調査
https://www.jil.go.jp/institute/chousa/wakamono_workstyle/index.html
 
 

取材・文/田中瑠子 撮影/刑部友康

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