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就職みらい研究所とは
2022.02.22

地域の人口流出と向き合い、若年者の就職支援に挑む学生起業家の働きかた

これからの「働く」を考える Vol.9

自分が心からやりたいことに出合い、同じ目標を持った仲間と共に社会に役立つことは、「働きがい」につながる第一歩と言えるかもしれません。そうした環境を、自ら組織を作ることで働きがいのある環境を獲得する人もいます。今回は、学生団体の立ち上げや起業を通して長崎県の若者流出問題と向き合う宮川さんと富永さんに話を伺いました。

 

株式会社PAL FLAGs
代表取締役 宮川智慧さん(長崎大学教育学部4年 写真右)
専務取締役 富永雄伍さん(長崎総合科学大学総合情報学部3年、
学生団体スマイリース代表 写真左)


※記事は、2021年11月29日にオンライン取材した内容で掲載しております。

【Company Profile】

地元学生と地元企業の橋渡しをしていた学生団体スマイリースの設立メンバーが中心となり、2021年5月に設立。就職活動支援サイト『ミツカル』や、大学生・高校生コミュニティ『Build Space』等を運営。行政との連携や地元企業の協賛も多数。
学生団体スマイリース:長崎県内の大学に通う学生が中心となり、2020年4月に設立。地域の若者と企業をつなぐためのSNS発信や企画を運営。九州各地や関西のメンバーも加わり、活動を広げている。

 

INDEX

  1. 長崎を「なんとかしたい!」と起業した大学生
  2. 学生時代に起業したとき、身近な人の反応は?

 

1、長崎を「なんとかしたい!」と起業した大学生

 

―大学在学中に起業に至った経緯を教えてください
 
宮川さん:私は会社経営をしながら長崎大学教育学部にも通っています。私は熊本県の出身で、大学入学を機に長崎で暮らすようになりました。大学1・2年生の頃、ある学生団体の活動で、企業と学生をつなぐイベントの主催スタッフとして、長崎の中小企業の方々と出会いました。しかし長崎の学生は、地元企業よりも、福岡や東京の企業への就職を目指している人が多いと知り、疑問が湧きました。また、長崎市の転出超過数が、市町村別では2018、2019年と連続して全国ワースト1位(総務省「住民基本台帳人口移動報告」2020年1月31日公表、順位は日本人の転出超過数)であったことを知りました。県外から長崎に転入して活動している立場として、「なんとかしたい!」という思いが湧き上がりました。そこで2020年4月に学生団体スマイリースを立ち上げて、就職支援に携わるようになりました。
 
学生団体スマイリースはInstagramでの企業紹介をはじめ、学生が受け止めやすい就職活動情報の発信を行っています。オンラインでのきっかけづくりのほか、企業と学生が出合えるイベントづくりも手掛けました。有名企業や注目業界への就職を求める学生は、福岡や東京へ目が向きがちですが、私たちはSNSを活用しながら、学生の目が地元へ向くことを目指しています。
 
ただ、スマイリースは学生団体なので、大学を卒業すると私たちは活動の主体者でなくなります。学生団体は、立ち上げ目的が継承されにくいという問題意識がありました。そこで、自分たちで掲げた「長崎の人口流出問題を改善する」という目的と継続的に向き合うために、就職活動支援事業を軸に起業することを決意。さまざまな支援をいただきながら株式会社PAL FLAGsを設立し、2021年7月に就活マッチングサイト『ミツカル』をリリースしました。
 
富永さん:私も宮川と共にスマイリースを立ち上げ、今はPAL FLAGsの事業にも携わっています。私も現役大学生で、長崎総合科学大学総合情報学部に通っています。私は高知県から進学時に長崎に移り住みましたが、長崎は観光地のイメージが強く、長崎で就職をするという考えに至らない学生が多いと感じました。地元の若者も「長崎には何もない」と思っていることが多く、新しい機会に巡り合うには福岡や東京、特に福岡は家賃や食費も東京に比べ安いので暮らしやすいと捉えている人が多く、長崎から出ていく一因となっていると感じます。しかし、スマイリースの活動を通して、長崎にも魅力的な企業が多く、若者と接点をつくりたいと考えていることも分かってきました。そこに気づいた自分たちだからこそできることがある、と考えています。
 
―「長崎の人口流出を解決したい」というきっかけから、就職支援を事業にしようと決めた背景について教えてください
 
宮川さん:長崎の若者の人口流出を知ったとき、自分なりにその理由を考えました。たどり着いた答えの一つが、そもそも若者が長崎の企業に対して興味を示していない、知ろうとしていないなのではないか、という点です。そこで、もっと長崎の企業を知ってもらい、魅力を感じてもらえれば、もっと人を長崎に呼び込むことができるのではないかと考え、「就職支援」にスポットを当てました。特に、長崎を出ていこうとする若者に対しては、企業側がオファーを出すことで流出を食い止めるカギになるのではないかと、オンラインイベントでの「告白タイム」という企画や、就職マッチングサイトでの「学生への企業オファー」というアプローチをしています。
 
私たちは学生に向けて、「長崎に残るべき」というメッセージは発信していません。私たちは、長崎で働く機会を知らずに長崎を離れる若者が多いことに対して、自分たちが何もしないというのは違うのではないかと思っています。若者の人口流出問題はすぐに解決できる問題ではないので、継続的にこの社会課題に対して取り組んでいくことが重要だと感じています。
 
―PAL FLAGs社ではどんな事業をされているのでしょうか
 
宮川さん:事業は就職活動支援、学生団体支援、高校生・大学生のコミュニティ支援、デザイン制作、広告PRの5つで成り立っています。
中でも就職活動支援事業として2021年7月にリリースした、就活マッチングサイト『ミツカル』は注力事業で、2021年9月に長崎創生プロジェクト事業として長崎市から認定を受けています。このサイトには次の5つの特徴があり、学生視点の情報発信やコミュニケーションができるプラットフォームとなっています。

 

  1. 情報掲載は中小企業に特化
  2. 企業オファー型(企業から学生にオファー)
  3. 学生のタイプ分析診断を導入
  4. 学生と企業はチャットでコミュニケーション
  5. 独自メディアでの動画コンテンツによるPR

 
学生団体支援事業では、学生向けの就職支援イベント等を企画しており、『ミツカル』立ち上げのきっかけになったオンライン就活イベント「ガチ就活フェスティバル」もその一つです。このイベントの特徴は、イベントの終盤に企業が学生を指名してオファーする「告白タイム」がある点です。通常の就職活動であれば、学生側から企業へアピールをしますが、このイベントではエントリーデータを元に企業が学生へオファーをするため、新規性もあり学生にも企業にも好評でした。
 
また長崎で活動的な若者が集まる場所が少ないことを解決するために『Build Space』(長崎創生プロジェクト事業認定)というコミュニティスペースを作り、学生団体スマイリースに運営を委託しているほか、学生の視点を活かしたデザイン制作や企業広告PRを制作しています。

 

2、学生時代に起業したとき、身近な人の反応は?

 

―大学生で起業されていますが、家族や友人など、周囲の方の反応はいかがでしたか
 
宮川さん:親類には公務員が多く、教育学部に進学した私も、家族からは教師になるものと思われていました。家族にとって「起業」は身近ではないので、段階を踏んで説得していくのも難しいと感じ、「会社作ることにしたけん!」と宣言して押し切りました(笑)。今は応援してくれていますが、かなり動揺したと思います。友人や同世代の人たちには、SNSで起業したことを発表したところ、「尊敬する」とか「私も起業を考えていたので後押しされた」と言われて驚きました。周囲の人が起業という選択肢を意識しているとは思いませんでしたから、私の決断で同じ世代の人を勇気づけられたのであれば、起業してよかったと思います。
 
富永さん:僕は家族に「起業した」という言い方はしていませんが、学生団体スマイリースを立ち上げ、PAL FLAGsも立ち上げてきましたから、会社が回るようになるまでは関わっていきたいと考えています。私はいま大学3年生ですが、卒業後はPAL FLAGsに「就職する」とも言えるかもしれませんね(笑)。大学では経営工学を専攻していますが、周りに起業家志向の人は少なく、「起業」のイメージが湧いていない人が大半。会社設立のための勉強というよりは、企業に入社して管理部門で働くための勉強をしていると思っている人が多い気がします。僕がスマイリースやPAL FLAGsを立ち上げても、そこまで大きな反応はありませんでした。
 
―私たち就職みらい研究所では、就職先が確定した2022年卒の学生に起業意識を聞きました。「(すでに)起業した会社を続けていきたい」「入社後に起業したい」と回答した学生を合わせると8.2%でした。会社で働きながら兼業・副業で起業するという選択肢が増え、一人一社という就職の形が当たり前でなくなると、起業の関心はさらに高まると思いますか
 

就職先を確定した2022年卒学生の起業や副業・兼業に関する意識

就職みらい研究所では、就職先を確定した2022年卒の学生を対象に、入社後の起業や副業・兼業に関する意識を単一回答で聞いた(調査方法:調査会社モニターへのWebアンケート、調査期間:2021年11月24日~12月1日、有効回答2,868人、うち就職先確定者2,492人)。
 
回答率は「起業や副業・兼業の予定はない」が70.1%と最も多いが、「起業した会社を続けていきたい」「入社後に起業したい」と回答した人を合わせると8.3%が、入社後の起業意識を持っていた。また、「これまでやっていた仕事を副業・兼業として続けたい」「入社後に副業・兼業したい」と回答した人を合わせると21.6%が、入社後の副業・兼業意識を持っていた。
 
入社後の起業意識を持っていた人、入社後の副業・兼業意識を持っていた人を合わせると、29.9%であった。就職先が確定した学生の約3割が、入社した企業・団体等の仕事以外の起業、副業・兼業を意識していることが分かった。

就職みらい研究所 「就職活動・採用活動に関する振り返り調査 データ集」

 
宮川さん:関心は高まると思います。友人の中には「起業したい」という人もいますが、そういう人もまずは企業に一旦就職して、知識・経験を身に付けた後に起業したいと言います。就職先での仕事と副業を同じスピードで進めるのは難しいと思いますが、バランスをとって進められるのであれば、選択肢の一つとして現実的に考える人は出てくると思います。
 
ただ、「何のために起業するのか?」が大事で、会社設立以前に自分の中で実現したいことを持つことが先だと思います。実現するための一つの方法として「起業」を選ぶのであればいいのですが、「起業」自体が目的になってしまうのはちょっと違うかな、とも思います。起業した後に事業が成り立たくなってしまうように思うからです。私たちは地元企業の協賛もいただきながら、高校生コミュニティの運営もしているのですが、高校生たちにもよく、「起業は手段」と伝えています。
 
―お二人は自己実現の方法を探すため、「就職」も考えたのでしょうか?
 
宮川さん:私は元々教師になろうと思って大学を選びましたが、さまざまな活動をする中で自分がやりたいことが見えてきて、教師という道ではないと思い始めました。その後、就職しようと思い就職活動もしてみましたが、学生団体スマイリースという組織を運営しており、そこで生まれた活動を継承していくためには、スマイリースと連携した会社があった方が、課題解決型のビジネスとして最適解なのでないかと思い、今に至っています。
 
富永さん:私もスマイリースを継続してきたことや長崎という場所に思い入れがあることを考えると、起業が一番納得できる方法だったのだと思います。
 
―PAL FLAGsの事業への、地元の企業の反応を教えてください
 
宮川さん:地元の中小企業は創業から何十年と経っているところが多く、経営者の多くは50~60代の方々です。採用に関しても従来の方法を踏襲し、変化を敬遠する傾向があります。一方で、今の学生はSNSで就職活動を行い、コミュニケーション方法もスピード感があります。しかし、地元の中小企業は学生の興味・関心やコミュニケーション方法に合わせることが難しく、この間にPAL FLAGsが介在することで、両者のギャップを埋め、マッチング精度を高めることにつながっています。
 
例えば、オンラインイベントの「告白タイム」で、思ったように学生からの関心を得られなかった企業担当者の方も、「企業説明の仕方や魅力の伝え方が学生に伝わりにくいことを実感でき、勉強になった」とおっしゃっていました。こうした気付きを得られる中小企業が増えることで、長崎はもっと、若者の地元機会が増える場所になっていくと考えています。
 
―PAL FLAGsの対しての学生の反応はいかがでしょうか
 
宮川さん:実際に私たちのイベントに参加した学生からは、オンラインイベントへの参加をきっかけに地元の中小企業のインターンシップへ行ったところ、興味が湧いたのでまた参加したいという声をもらいました。元々東京での就職を考えていた学生だったので、こうした変化を聞くと手応えを感じます。
 
育ってきた世代によって価値観は変わると思いますが、私たちが介在することで世代を隔てても歩み寄れるきっかけを提供できれば、地元企業の雇用強化・若手人材の定着につながり、UターンやIターンする若者も増えるのではないかと期待しています。そのような長崎の活性化を目指して、これからも活動していくつもりです。
 

取材・文/衣笠可奈子

 

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