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2021.08.05

【採用注力事例】社員の幸せをサポートし、業界のリーディングカンパニーを目指す! 大分県別府の宿泊業が目指す人と組織の関係性

採用にかける思いや取り組みに、企業の「人材の考え方」が見えてきます。今回は、業界横断で人材育成に注力する大分県別府市の企業に、新卒採用や新人育成に込める思いをうかがいました。
 

【いま、新卒採用に注力する理由】
Vol.17 株式会社関屋リゾート(旅館・宿泊業)

代表取締役 林 太一郎さん


※記事は、2021年6月23日にオンライン取材した内容で掲載しております。
 

【Company Profile】

明治後期に別府市元町にて「関屋旅館」を開業。約120年の歴史を持つ。2005年、露天風呂付客室のデザイナーズ旅館「別邸はる樹」を、15年には「テラス御堂原(みどうばる)」をオープン。20年10月に「関屋旅館」を閉業し、12月に「ガレリア御堂原」を開業した。
社員教育に力を入れ、「関屋アカデミー」という独自の育成プログラムを実施。「若い人が夢を持てる業界にしたい」と、20年8月よりサービス業向けのリーダー研修指導も引き受けている。
Great Place to Work® Institute Japan(GPTWジャパン)、21年版における「働きがいのある会社」小規模部門第39位選出。

 

働くイメージを持って入社を決めてもらうよう、相互理解の時間を惜しまない

 

−−−−新卒採用を始めた背景、続ける意義をどう捉えていますか
 
初めての新卒採用は2020年卒で10名が、21年には5名が入社してくれました。
新卒採用は、長い間「いつか必ずやりたい」と思っていました。20年末に新たな施設「ガレリア御堂原」のオープンが控えており、人材が必要なタイミングで、ようやく挑戦できました。

 
新型コロナウイルス感染症が深刻化して財政的には厳しくなりましたが、自分たちではコントロールできないコロナ禍に振り回されたくなかった。新卒採用は、自分たちで計画を立てて育成を進めていけば、5年後、10年後の組織を自分たちで作ることができます。コロナ禍が収束したあと、この業界は未曽有の人材不足に陥るでしょう。そこで「何も準備していなかった」とならないために、新卒採用はこれからも続けていきます。
 
−−−−新卒採用は、関屋リゾートにどんな影響をもたらしていますか
 
メンバーの成長スピードが全然違います。
そもそも、新卒採用を始めるには、会社を整える必要があります。学生の皆さんに包み隠さず情報を開示するために、制度を整備して、労務状況を見直し、残業時間や有休消化率、離職率がどれくらいなのか実態を把握して改善策を考えていかなければいけない。その準備段階で、組織としてステージが一つあがります。

 
そして、毎年新しいメンバーが入社してくるとなれば、事業成長にドライブがかかります。現状維持では、新入社員の食い扶持を確保できませんし、そもそも現状維持の会社に誰も入りたいと思いません。未来へのビジョンを描き、新しい事業にチャレンジする会社であるために、既存メンバーも全力で走るようになる。新人の存在が文化を変え、結果として成長につながっています。
 
−−−−採用時のコミュニケーションでは、どんなことを意識していますか
 
考え方や目指すものが近い方との「理念共感型採用」を進めています。
関屋リゾートは、老舗旅館の1店舗経営から、デザイナーズ旅館など新たな宿泊形態を提案し、チャレンジを続けてきました。その姿勢や、これからの挑戦についてオープンに伝え、「あなたのことも教えてほしい」というスタンスでコミュニケーションをとっています。優秀な人を採用するというよりも、お互いが「一緒に働きたいと思う人」を採用したい。そのためには、時間をかけて理解を深めるプロセスが欠かせません。

 
−−−−理解を深めるために、どんな選考プロセスを設定しているのでしょう
 
選考は5段階あります。
1次面接ではこちらからの情報開示をメインに行い、2次面接では社員がメンターに入り、学生の皆さんの働く目的や何をやりたいのかをヒアリング。どんなことを大事に考えて育ってきたのかを理解でき、関屋リゾートと合いそうか、活躍できそうかが見えてきます。

 
3次に進むと、実際に関屋リゾートで1週間ほど働いてもらい、お互いに仲間として一緒にやっていきたいかを確認します。その後、役員面談、社長面談と進み、採用になります。
 
途中で就業体験を実施するのは、採用側のパワーも大変ですし、スピードも落ちてしまう。それでも、具体的に働くイメージが持てなければ、納得感を持って入社を決められません。本当にここで働きたい、働ける、と思う人だけが残っていく仕組みになっています。
 
−−−−選考基準として譲れないもの、学生を見るポイントはどう定めていますか
 
毎年、経営陣のほかにリクルーティングメンバー6人を募り、2日間の合宿を行います。そこで、新卒に求める人物像を決めていきます。10年後に関屋リゾートはどんな会社でありたいか、業界をどう変えていきたいか。未来を描き、逆算して「じゃあ、今年はこんな人を仲間に入れよう」と言語化していきます。例えば新卒採用を開始した2020年は、新規事業のスタート期でもあったので、未開拓領域を切り拓くチャレンジ精神を全面に押し出しました。21年になると、リーディングカンパニーを目指し、組織を整えられる人という要素を加えており、毎年少しずつ、求める像が変わっています。
 
20年からは、全社員への情報共有のために、週1回、朝7時から25分間、トップメッセージを発信しています。経営陣の考え方、採用で何を見ているのかを伝え続け、求める人物像の共通認識を持てるようにします。その土台があれば、新人を受け入れる現場でも、一人ひとりの個性を尊重できるようになると考えています。
 
−−−−既存メンバーには具体的にどんな変化がありましたか
 
「会社が好き」と話す人が増えました。新卒メンバーは、「こんな事業やりましょう」とこちらから発信すると、「私がやります!」と手を挙げる人ばかり。その姿を見て、「こんな風に全力で動いていいんだ!」と思った社員は多かったでしょう。新人たちの期待に誠心誠意応えなくてはいけない、採用時の約束を実現させなければいけないと経営陣の背筋も伸びましたし、既存社員もそれに乗ってきてくれた。会社の成長を自分が担う、という意識が芽生えているのではないかと思っています。

 

社員の幸せのために動くトップの姿勢が、社員の意欲を引き出す

 

−−−−社内外の人材育成に力を入れ、独自の新人研修プログラムも開発されています。人を大事にする考えは、どう生まれたのでしょう
 
家業の「関屋旅館」を継いだ当初は、業績不振の立て直ししか頭になく、いい決算書を作ることに注力していました。継ぐ前は大分の建築会社に勤めており、業績が張り出されるような実力主義の社風でした。家業にもその要素を持ち込み、15年かけて10倍まで売り上げを伸ばしました。結果としては、V字回復を遂げたわけです。
 
でも、その一方で、2店舗目、3店舗目の開業後に2度の集団離職を経験。一人の社員の離職を機に、料理長を始め、事業を支えるコア人材が次々と辞めていったのです。お給料もそれなりに支払い、スパルタで厳しい職場でもないと思っていた。普通に会社を運営していたのに、そんなことが2回も起こるなんて、自分には何かが欠落しているのではないか―。非常に落ち込み、きちんと人材育成について学び直さなければ、自分が変わらなければいけないと危機感を強めました。
 
−−−−事業は伸びている中、自分を変えるというのは大変な覚悟なのではないかと思います。何を学び、どう変えていったのでしょうか
 
まずは、幹部のメンバー2人を巻き込んで、会社をよくするために一緒に学ぼうと声をかけました。落ち込んで少しは謙虚になっていたのが、2人には見えていたのでしょう。誘うと、すぐに快諾してくれました。
 
■5つの基本的欲求
生存の欲求:安心や安全、健康でいたい
愛・所属の欲求:誰かと一緒にいたい、愛し愛されたい
力の欲求:成果を出したい、承認されたい、競争に勝ちたい
自由の欲求:自分がやりたいようにしたい、経済的に自由になり自分で決めたい
楽しみの欲求:趣味や教養を深めたい、人生を楽しみたい

 
それまで、業界内でも比較的高い給与水準や休日の多さで、社員にいい環境を提供できていると自負していました。生存や愛、楽しみの欲求を会社で満たさなくてもいいと思っていたのです。
でもそれでは、社員が職場で幸せを感じられない。5つの欲求に従った制度やプログラムづくりが必要だと考え直しました。

 
−−−−具体的にどのような取り組みを始めたのでしょう
 
最初に着手したのが、キャリアアップ制度です。それまでは、こちらから役割を打診する一方的なコミュニケーションでしたが、自ら手を挙げ試験を受けてキャリアアップを目指す制度を新設。こちらがコントロールするのではなく主体性を重んじるので、ミスマッチもなくなり、自ら学ぼうという意欲も高まります。
 
私が社員をどう見ているのか、会社のスタンスを伝えるために、毎月1回全社員と私との1対1の面談も実施し始めました。貫いているのは「とことん聞く」という姿勢です。そこで出てきた指摘や提案を、制度に落とし込んで変えていくことを重ねていくと、「本当に意見を聞いてくれた」「社員の要望を叶えようとしてくれる」と信頼関係ができ、ますます本音を話してくれるようになってきた手ごたえを感じました。
 
トップや経営陣による「社員の幸せをサポートする」という姿勢が伝わって初めて、社員は我々を信じてくれますし、自分の幸せを祈ってくれる人を好きになる。トップが変わらなければ、組織は変わらないと実感しています。
 
−−−−独自の人材育成プログラム「関屋アカデミー」も、取り組みの一つとして作ったのでしょうか
 
これは新卒採用を始めた際に、それまでOJTで進めてきたノウハウを言語化、体系化しようと作ったものです。
私を含めた4人の幹部メンバーが、1クラス90分、全26クラスを、業務の合間に3カ月かけて進めます。社会人としての基本のマナーから、マーケティングや接客スキル、地域に関する情報のインプットまでテーマは多岐にわたり、現場で自信を持って仕事を始められるよう凝縮されたプログラムになっています。この成果もあってか、現在新卒入社者15名のうち離職者はゼロ。業界として珍しいこともあり、同じように人材育成で悩んでいる同業界に、私たちのノウハウを提供できればと、社外向けの支援プログラムも始めています。

関屋アカデミーで、専務課題である最終プレゼンテーションの準備を進めるメンバーたち。

 

客観的な評価を得ることで、業界のイメージ向上につなげたい

 

−−−−GPTWによる、21年版における「働きがいのある会社」小規模部門でも上位に選出されています。働く環境・組織づくりに関する、外部認定制度や評価獲得に挑戦しようと考えたのはなぜですか
 
飲食や宿泊業界のイメージを変えたいという思いがあり、私たちが客観的に高い評価をいただくことで、業界全体のイメージ向上につながればいいなと考えました。GPTWが、組織の状況を評価し、ポイントや点数を示してくれるのは、中小企業にとっては非常にありがたいです。客観的な数字を自社で整理して出すのは大変ですし、トップが現場を離れてしまうと実態が見えなくなってしまう。これからは、定期的なサーベイとしても継続してチャレンジしていきたいですね。
 
−−−−業界のイメージを変えたいとの思いには、どんな背景があるのでしょう
 
子どものころから両親や周りのスタッフの働く姿を見て感じたこと、接客の中で感じた原体験から来ています。私が大学卒業後にすぐに家業を継がなかったのは、宿泊業に対するネガティブな社会的イメージも影響していると思います。
 
例えば、スタッフがお客様に「こんな仕事をしていてかわいそうに」とか「誰でもできる仕事でしょう」と言われることもありました。給料が安い肉体労働という業界のイメージが根強いのでしょう。でも、旅館業には、マーケティング戦略から財務管理、接客ノウハウまでビジネスのすべてが詰まっています。社員には、この仕事に誇りを持ってほしいし、それを業界全体に広げていきたいのです。
関屋リゾートを志望する学生の中には、「旅行や宿泊、接客業に興味がなかったけれど、関屋リゾートのチャレンジする姿勢にひかれた」と話す、他業種志望の方も多くいます。多様な人材が入ってくることで、新たな業態やサービスを手掛けるリーディングカンパニーになれたら、業界の盛り上げに貢献できるのではないかと考えています。

 
−−−−最後に、これからの「働く」を考える学生の皆さんへ、就職活動の進め方や企業選びの知見などアドバイスやメッセージはありますか
 
コロナ禍を経験した今、どの業界に行けば安心とは言えなくなっています。勤務地や給料などの条件面は、社会環境によって大きく左右するでしょう。だからこそ、その会社では誰がどんな志を持って事業を進めているのか、根底にあるものを見つめることが大事だと思います。会社が大切にしている思いや価値観、ビジョンが自分のやりたいことと重なるかどうかを、会社選びの一つの観点にし、企業と“対話”しながら納得のいく1社を選んでいただきたいと考えています。
 
 

取材・文/田中瑠子

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