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2020.02.27

なり方、やりがい…レアなおシゴト図鑑 | Vol.4 パーソナルスタイリスト

世の中にはさまざまなシゴトがあるけど、なかには就職情報サイトではなかなか見つけられないものも…。そんなちょっと意外なシゴトについている社会人を紹介します。

一般の人たちを対象に「装い」を提案
パーソナルスタイリスト

西畑敦子さん
プロフィール●三重県出身。1998年神戸大学国際文化学部(現・国際人間科学部)入学。2003年、日本オラクル株式会社入社。13年に退職後、プロパーソナルスタイリスト育成学校・パーソナルスタイリストジャパン修了。同年、有限会社ファッションレスキュー入社。自身の会社員経験も生かし、女性管理職やワーキングマザーを中心に年間のべ500名のスタイリングを担当している。NHK文化センターや商業施設顧客向け、一般企業社員向け講座、大学でのキャリア講座も担当。2人の男の子の母でもある。

 

「一生勉強」なら、好きなことを。外資系IT企業のSEからパーソナルスタイリストに

 

――パーソナルスタイリストとは、どのような仕事なのでしょう?

タレントやモデルなどメディアに登場するような限られた方たちではなく、会社員や主婦などを含むすべての方々を対象に服装やヘアメイクも含めてスタイリング・アドバイスする仕事です。カウンセリングでニーズやお悩みをうかがい、顔だちや体型、肌や髪の色といった外見的に「似合う」要素だけでなく、性格や将来のビジョン、生活習慣など内面的要素も総合的に把握したうえで、お客さまにふさわしい装いをご提案します。当社では、採寸などを含めた数時間のカウンセリング後、お客さまのご自宅へクローゼットチェックにうかがったり、ショッピング同行によるアイテム購入サポート、オーダースーツの作成などを実施しています。

 

――西畑さんがパーソナルスタイリストになった経緯は?

もともとは大学の国際文化学部卒業後、日本オラクルでSEとして働いていました。新卒時には明確なやりたいことがなく、日本オラクルに入社したのは「かっこよく働きたい」という思いから。外資系に憧れもありました。

大学まで文系の私はITの知識ゼロでの入社。入社後は学ぶ努力をしましたし、会社もサポートしてくれました。ただ、ITの世界は変化が激しく、常に新たな技術を勉強するのが当たり前。ITを志していたわけではない私にとって、勉強は義務的にやらなければいけないことでした。一方、日本オラクルには「3度の飯よりITが好き」という方もいらして、技術革新を自ら楽しみどんどん吸収し、それが結果として大きな成果を出す。そんな姿を見て、「好きなことを仕事にするっていいな」と憧れを持ちました。

その思いが強くなったのは、次男の育児休暇からの復帰後です。本当なら子どもと一緒にいたい時間でもあるのを、自ら選んで仕事をしている。1日24時間がより貴重に感じられ、何に使うのかをより深く考えるようになりました。「仕事というのは『一生勉強』なのだから、せっかくなら心が望むことに挑戦したい。好きでチャレンジするなら、この先も楽しく続けられ、結果も出しやすいんじゃないか」と身をもって感じたんです。ちょうどそんなころに知ったのが、パーソナルスタイリストという職業でした。

 

――もともとファッションが好きだったんですか?

着飾ることがすごく好きで、流行りの服をドヤ顏で着ていた時期もありました(笑)。ところが、出産後は体型の変化も気になりましたし、おしゃれに割く時間もなくなって…。「私って、なんてイケてないんだ。どうすれば素敵になれるんだろう」とインターネットなどで情報を集めていたときに出合ったのが、現在勤務する「ファッションレスキュー」の代表を務める政近準子の「装いはギフト」という言葉です。

「装いはギフト」とは、例えば、同じレストランでも、素敵なお客さまがいるとそのレストランがもっとよく感じる、というように「その人が素敵であることが周りの価値を上げる」という意味でもあります。そのためには「一緒にいる相手を考えて服を選ぶ」という視点が必要ですが、それまでの自分は「もっと私を見て!」と、認めてもらいたい、ほめてもらいたいという思いから着飾ろうとしていたことに気がつきました。私が装いで目指していたベクトルは180度真逆だったんだと知り、衝撃を受けたのです。

同時に、「パーソナルスタイリスト」という職業があることを知り、「装いはギフト」という考え方をこの職業を通じてたくさんの人に伝えたいと強く思いました。「私の時間、人生を賭けるのはこれだ!」と将来の保証もないまま退職。アパレルで販売のアルバイトをしながら、政近が校長を務めるプロ育成校パーソナルスタイリストジャパン(以下PSJ)で学び、卒業後にファッションレスキューに入社したんです。

 

服装のことだけを悩んで相談にいらっしゃるお客さまはいない

 

――仕事の上での失敗談はありますか?

今でも忘れられないのが、初めて企業研修の講師を担当させていただいたときのこと。お客さまは大きな日本企業で、初の試みとして管理職候補者を対象とした研修に服装に関するレクチャーを取り入れることになり、打ち合わせにうかがったんですね。個性的な柄の大判スカーフを使って、現場道具を詰め込んだいつもの大きなトートバッグを持って。スタイリストなのだからと気合いを入れたおしゃれをして立派な会議室のドアを開けたら、バシッとスーツを着たミドルシニア層の人事担当者の方々がずらり。場にそぐわない服を着た私が服装についてお話をしても説得力がなく、お客さまの信頼を失ってしまいました。

当時、人事研修に服装というテーマを取り入れる企業はまだ少なく、お客さまにとってひとつの挑戦だったはず。あの打ち合わせの場を設けてくださるまでにどのようなご尽力があったのか。そのことに思いをはせる想像力が私にあったら、選ぶべき服装はもっと違ったでしょう。お客さまに申し訳なく、お恥ずかしい話ではありますが、こうした失敗も重ねながら、ファッションに必要な「センス」とはその場でご一緒する相手の立場を考える「配慮」や「想像力」なんだということを実感しました。

 

――お客さまのスタイリングをするときに、大切にされていることは?

ファッションの知識やコーディネートのノウハウを熟知しているのは、当然求められることです。加えて、お客さまが毎日着る服でどこに行き、誰と会って、どんな関係か。そこでお客さまが本当に求めていることや、周囲から期待されているものが何か。その実現にはどんな装いがふさわしいのか。装いを通じ、お客さまと共に人生を歩み、形にするプロでありたいと常に思っています。

ご相談に来てくださるお客さまの中に、単純に服装選びだけで悩んでいる方はいらっしゃいません。「自分に似合う服を知りたい」とファッションカウンセリングを受けに来られたお客さまのお話をよくよく聞いてみると、「つきあっていた彼と最近別れたんです」「キャリアの節目で迷っています」といった人生の悩みを大なり小なり抱えていらっしゃる。そこからお客さまご自身がどう変わりたいのか、どんな人生を歩んでいきたいと望んでいるのか。本当に実現したい目的によって、ふさわしい装いも変わります。例えば、彼と別れたお客さまが「早く新しい出会いがほしい」と考えるか、「今はキャリアの基盤を固めておこう」と考えるかでは、ご提案する通勤服のテイストも違ってくるのが当然ですよね。服装の話から、かなり突っ込んだプライベートまでこの相手なら話してもいいと信頼していただける自分であるか、人間性をこちらの方がお客さまによく見られていると実感しています。

また、お客さまの本当のニーズを把握するには、まずはきちんとお話をうかがうことが基本ですが、お客さまの言葉を受動的に聞いているだけではお役に立てません。同じ「かわいい」という言葉でもその方が何を指しているのか、会話を通じてイメージを明確にしていくことが必要です。

あるお客さまが「かっこいい人になりたいんです」とおっしゃったことがありました。「どんな人をかっこいいと感じますか?」と掘り下げてうかがったところ、「自分らしさを思いきり表現している人」と答えが出ました。小柄で目のくりっとした丸顔という外見的特徴を持った女性でしたので、「お客さまらしい『かわいらしさ』を前面に出すことによって、潔く『かっこよさ』を表現しましょう」とご提案したところ、とても納得してくださいました。結果、堂々と似合う服を着こなされ、周囲からも好評で、よりお客さまの自信につながったという例がありました。

 

お客さまの喜びの声に服装の力を再確認し、背中を押される

 

――やりがいを感じるのはどんなときですか?

服装の提案を通じて、単に似合うとか服をほめられることはもちろんですが、それ以上に、なりたい姿を実現して目標を達成されたとうかがえたとき、服装を通じて人生に関わらせていただく喜びと責任を感じます。転職や昇進も。そのほかにも、初めていらっしゃったときに恋愛の悩みを抱えていたお客さまが、次に来てくださったときには「西畑さんが選んでくれた服を着ていたら気持ちが前向きになって、元カレと結婚することになりました」と報告してくださり、結婚式のドレスを選ばせていただいたこともありました。その後も育児休暇からの復帰、とライフイベントごとに変わっていく装いをご提案させていただいています。この経験からも、服装はお客さまの人生を変える力がある、パーソナルスタイリストは着る人の人生を共にする誇りと責任ある仕事だとより身が引き締まりました。

お客さまからいただく喜びの声はどれもうれしいものですが、中でも印象に残っているのは、「それまであまりなじめなかった場に、西畑さんに選んでもらった服を着て行ったら、周囲からすごく受け入れられたような感覚がありました」というお言葉。私は服装の持つ力を信じてこの仕事をしていますが、私一人分の体験以上にお客さまの実体験が何よりの説得力です。「服でこんなに助けられた」と教えてくださるお客さまがいるからこそ、服装の持つ力を自信を持ってお伝えできるんです。

 

――素敵なお仕事ですね。ところで、未経験からパーソナルスタイリストになるには学校に通った方がよいのでしょうか?

パーソナルスタイリストは資格がなければできない仕事ではなく、極端な話、「パーソナルスタイリストです」と名乗れば誰でもなれます。でも、お客さまの信頼を得て、プロとして続けていくにはファッションの知識はもちろん、服装の役割とは何か、自分ではない人の日常・人生に関わらせていただくことの責任を持って研究し続けることが不可欠です。服やおしゃれが単純に「好き」な人はたくさんいるなか、「趣味」と「プロの仕事」の差は「何となくのセンスや資格に頼ったり、今の自分にできる範囲で満足していないか」です。私が修了したPSJでは「卒業しただけではプロにはなれず、決めるのはお客さまだ」という仕事の基本を教えてくれました。

 

――洋服の販売などアパレル業界での経験があった方がパーソナルスタイリストとして活躍していくために有利ですか?

アパレルの経験はあるに越したことはありませんが十分ではないです。お客さまは大企業の管理職、看護師さんなどの専門職、主婦など多様な属性やバックグラウンドをお持ちです。自分よりもひとまわりもふた回りも年齢が上の人や、若い人の場合も。自分の経験を超えた社会でその方がふさわしいと認められるご提案をするには、政治や社会情勢、一般常識はもちろん、トレンドも経済状況を理解しながら把握するなど広い視野が求められます。

一方、時間を守る、敬語を正しく使えるといった社会人としての基礎スキルはパーソナルスタイリストの仕事においても当然必要ですから、きちんと仕事をしていれば、どんな業界・職種で働いた経験も必ず役立ちます。また、「旅行の際に地域ごとの服装の違いに目を留める」、「素敵な服装の人がいたら、なぜなのか理論的に考えてみる」といった日常のちょっとしたことも含め、人生のあらゆる経験が生きる仕事です。

誰しもが毎日着ている装いに関わる、生活の根幹である衣食住に関わらせていただくパーソナルスタイリストは職業ではなく生き方であると思っています。その人が素敵なことで社会全体が輝くように、広い視点を持って個人から変えて行く仕事。誇りを持って共に発展させていけるような志あるパーソナルスタイリストを目指す方にお会いできるのを楽しみに、私も進化し続けたいと思います。

※本文は2019年取材時の内容で掲載しております
 

取材・文/泉 彩子 撮影/鈴木慶子

 

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