さまざまな分野で活躍する有名人の方々を直撃インタビュー。
もしも今の仕事をしていなかったら、どんな職業を選んでいたかを想像していただきました。どんなお話が飛び出すでしょうか。
Vol.6 お笑い芸人 いとうあさこさん
日本テレビ『ヒルナンデス!』『世界の果てまでイッテQ!』やEテレ『すイエんサー』など数々のレギュラー番組を抱え、テレビでその顔を見ない日はないと言っていいほどに人気のお笑い芸人・いとうあさこさん。
そんないとうさんが、もしもお笑い芸人になっていなかったらなっていたかもしれない職業とは?
いとう・あさこ●1970年東京都生まれ。89年私立雙葉高等学校、94年舞台芸術学院卒業。97年、お笑いコンビ「ネギねこ調査隊」でデビュー。2001年NTV『進ぬ!電波少年』の企画“電波少年的15少女漂流記”に参加。03年にコンビ解散後、ピン芸人として活動。NTV『エンタの神様』、フジテレビ『爆笑レッドカーペット』などのお笑い番組に出演しはじめ、漫画『タッチ』のヒロイン「浅倉南」のパロディで注目される。19年5月現在、日本テレビ『ヒルナンデス!』『世界の果てまでイッテQ!』、Eテレ『すイエんサー』、文化放送『ラジオのあさこ』などにレギュラー出演中。著書に『あぁ、だから一人はいやなんだ。』など。
――芸人さんになっていなかったら、どんなお仕事をされていたと思いますか?
憧れていた仕事はたくさんあるんですよ。恥ずかしながら、中学生くらいまでは本気でアイドルになるつもりでした。でも、成長するにつれ気づいたんでしょうね。自分がアイドルになるというのは何かが違うと(笑)。それで、高校生になったころには宇宙物理学者になりたいと思っていました。
――いきなり宇宙物理学者ですか。
実は、小学生のころから科学雑誌『Newton(ニュートン)』を読んでいて、今でもお気に入りの号は取っているほど宇宙が好きなんですよ。だから、東北大学の宇宙地球物理学科に進学したかったのですが、「女の子が理系に進むなんて」と親に反対されました。「リケジョ」なんて言葉もない時代でしたから。
そんなこともあって「大人の敷いたレールはイヤ!」と19歳で家出をするんですけど…。当時の自分には「本当に行きたいなら、ちゃんと親を説得しろよ」と言いたいです。自分は何も行動しないくせにすべてを大人のせいにして「私ってかわいそう」、なんてね。それを「(悲劇の)ヒロイン病」と呼んでいます。
――では、もし家出をしていなかったら…。
多分、「主婦」になっていたんじゃないかな。まあ、夫になってくれる人がいるかという問題はさておき。私が19歳のころは今以上に「普通」ってもんが強くあったんですよね。大学を出て数年働いて結婚し、子どもができて、いずれおばあちゃんになるというのが「普通の人生」とされていた。だから、家出をしていなかったら、その「普通」の中で暮らしていくかもしれないですね。
とくにうちは母が完璧に家事をやる「プロ主婦」だったんですよ。朝から晩まで動き回っていて、家はいつもきれいに片付いているし、食事もおいしくて、反抗期でも「まあ、飯はうまい」と思っていました(笑)。昔は男の人が妻に「誰のおかげで飯を食わしてもらえると思ってるんだ」と言うようなこともよくあったんですけど、母は「いや、誰のおかげでビシッとしたスーツを着て会社に行けてるんだ」と胸を張っているような人なんです。だから、「主婦」というのはすごい仕事だと私も思っていて、どこかで憧れみたいなものもありました。
――では、芸人さんになっていなかったら、主婦に?
そうですね、主婦…。ん? でも、待ってください! 私、結局、「家出」はしちゃうと思うんですよね。それに、今の暮らしは捨て難いなあと。子どものころから人に笑ってもらうのがうれしくて、ライブとかでお客さんが笑ってくれる顔を見ると、しみじみと「幸せだな」と思うんですよ。ああ、でも、ここで「お笑い芸人」と書いたら、ちょっとキレイごと過ぎちゃいますかね? 20代、30代は派遣で配膳をしたり、牛めし屋さんでアルバイトをしていて、接客で人に喜んでもらうのも好きだったから、「接客業」かなあ…。
――お答えを心のままにこのホワイトボードに書いてください。
じゃあ、もう書いちゃおうかな。書いちゃいますよ、「お笑い芸人」って。
しょうがないですね。今となってはもう、ほかに何も思いつかないですもん。デビュー以来ずっとお笑いだけでは食べていけなくて、いろいろなアルバイトをしていたから余計なんでしょうね。大久保さん(「オアシズ」大久保佳代子さん)に「あさこほどの仕事人間は見たことがない」と呆れられるくらいお笑いが好きなんです、私。
<就活生の「つぶやき」コーナー>
就活生から寄せられた「つぶやき」にいとうあさこさんからのコメントをいただきました。
<いとうあさこさんチョイスの「つぶやき」>
行きたい会社が私を雇ってくれるのか不安。滑り止めになるような企業も受けてみた方がいいのか、時間の無駄なのかわからず、悩ましいです。
(就職プロセス調査 大学生・文系・関東)
「雇ってくれるのか不安」…。その気持ちはすごくわかります。
だけど、「滑り止めになるような企業」という表現は何だか悲しいなあ。その企業で働いている人たちに失礼だと感じます。なんて、実は私も芸人を志す前はコメディ女優になりたくて、「お笑いで名が売れれば、女優への近道になるかもしれない」などというよこしまな考えでこの世界に片足を突っ込んだんですけど…。
――よこしまな。
はい。当時は『ボキャブラ天国』などお笑い界の登竜門となるような番組が人気で、若手芸人が次々とテレビに登場する時代だったんですね。それで、お笑いならすぐ有名になれると勘違いしたんです。ところが、ライブ出演のためのオーディションを受けに行き、会場の扉を開けた途端に打ちのめされました。会場には面白い先輩芸人さんがいっぱい。無名の芸人さんでもこれだけ面白いなら、お笑いの世界というのはどれだけ奥が深いんだろうと衝撃を受けて、この世界をちゃんと見てみたくなったんです。
多分、私はラッキーだったんでしょうね。動機はどうあれ、扉を開けてみたら、そこにやりたいことがあったから。そう考えると、受ける会社に「やりたいことがあるかどうか」がポイントなのかもしれません。その「滑り止めになるような企業」にやりたいことがないなら、本当に時間の無駄だと思います。
もうひとつ、不安ってみんな抱えるものだと思うんです。私もずっと不安だったし、周りの励ましの言葉すらネガティブに捉えるような時期もありました。でも、でもですね。多分、行きたい会社に採用されるのは、不安で立ち止まっている人ではなく、不安だからこそ、行きたい会社に入るために自分に何ができるかを考える人なんじゃないかな。やれることはいっぱいあるはず。ぜひ見つけてほしいなと思います。
※本文は2019年取材時の内容で掲載しております
取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康