【個人と組織の新たなつながり方 ―採用・就職活動編―】Vol.12 積水ハウス株式会社
積水ハウス株式会社は、2024年11月、学生が主役の自律的なキャリア選択を支援するイベント「積水ハウスグループキャリアセッション」を、同社初の試みとして開催しました。その狙いなどについて、主催した積水ハウス株式会社 人財開発部 人財採用室の大村宏明さんと国本賢拓さんにうかがいました。
積水ハウス株式会社
人財開発部 人財採用室 室長
大村宏明さん(右)
積水ハウス株式会社
人財開発部 人財採用室 新卒採用グループ
国本賢拓さん(左)
(※所属部署は取材当時)
※記事は、2024年11月12日に取材した内容で掲載しております。
【積水ハウスグループキャリアセッション】
積水ハウス株式会社が主催し、積水ハウスグループ各社のインターンシップやオープンカンパニーへの参加経験のある2026年卒業予定の学生を対象にしたイベント。学生の自律的なキャリア選択を支援することを狙いとし、①キャリア自律講義、②キャリア事例紹介、③グループ対話で構成する4時間のプログラムを提供。2024年11月9日(土)に東京会場で計2回開催されたプログラムには、計約360名が参加した(大阪会場は悪天候のため中止)。
採用選考への応募前に、キャリアを考える機会を提供する
―まずは、「積水ハウスグループキャリアセッション」を企画された経緯を教えてください。
大村:当社では現在、当社および積水ハウスグループの採用課題をふまえて、「学生が主役の自律的なキャリア支援」をコンセプトに2026年卒採用の取り組みを進めています。
具体的には、通年での応募受付や、体験型インターンシップとオープンカンパニーを組み合わせて企業・仕事理解の機会をより多様な形で充実させ、より多くの学生さんに興味を持っていただくこと、インターンシップで経験した職種のみで応募を受け付けるのではなく、他職種やグループ内の他社への応募を可能とするフレキシブルな採用プロセス、グループ会社との連携を通じたグループとしての自律的なキャリア支援などです。
こうして、学生さんにとっては、いつでも採用選考に応募できる、また、応募するまでの過程では多様なプログラムから個々人の好みに合うものを選んで仕事・企業・人理解ができる、かつ、途中で応募する職種や企業を変えてもいいという状態を目指してプロセスをつくってきました。
そのプロセスの中で、採用選考への応募をキャリア選択としたときに、その手前で、インターンシップやオープンカンパニーで知った仕事だけでなく、グループの多様な仕事や「キャリアを考えるとはどういうことか」ということを知っていただくプログラムをグループ合同で提供し、納得感のあるキャリア選択をしていただきたいと考えたのが、本イベントを企画した背景です。
―どのようなプログラムを、どのようなお考えのもと設計されましたか。
国本:プログラムは、当グループのキャリア自律の考え方を知っていただく「キャリア自律講義」、グループ各社の社員との座談会を通じて様々な切り口から社員のキャリアを知っていただく「キャリア事例紹介」(社員との座談会)、学んだことをもとに将来のキャリアを考える「グループ対話」の3つで構成しています。
キャリア自律に関する理論を正しく理解した上で、それを実践している多様な社員の働き方やキャリアのターニングポイントを知っていただく。そして、話を聞いて終わりとするのではなく、聞いた内容をふまえて「これから自分はどのようになっていきたいのか?」というところなどについて、学生が気づきを得られるようなプログラムになればいいなという思いでインプットからアウトプットまでの流れをつくった形です。
―「キャリア自律」を柱とした内容にされたのは、どのようなお考えからですか。
大村:今でこそ、キャリア自律という言葉をよく聞くようになりましたが、当社では、まだその言葉があまり認知されていなかった20年以上前、2003年から社員に対して年次に応じたタイミングで複数回、キャリア自律に関する研修を継続して行ってきました。そうして社員一人ひとりが自律的にキャリアを形成していく意識を醸成してきたことに加え、近年、自律的なキャリア形成を支援できる制度や評価・育成プログラムも充実させ、社外に自信を持って伝えられる状態になったことが一つ、背景にあります。
そして、就職活動は学生さんが最初に経験する自律的なキャリア選択ですから、キャリア自律の理論と実践例を理解した上で、自分の中で納得した選択をして当社に入社していただければ、入社後も自律的なキャリアを歩めるだろうという期待を込めています。
キャリア自律講義では、積水ハウスグループが長年実施しているキャリア自律研修の講師を務める株式会社マイキャリア 代表取締役の千葉裕子氏が、同グループのキャリア自律の考え方やプランド・ハプンスタンスセオリーについて講義を行った。
―プログラム設計において重視された点は何ですか。
国本:このプログラムにおける一番のポイントは、社員の人選です。多様なキャリアを経験している社員を中心に選びました。具体的には、複数の職種を経験している社員やグループ会社間での異動を経験している社員、高度な社内資格を有している社員、他にも、昔は仕事最優先で働いていたけれど今は家庭に比重を置いて働いている社員など、様々な思いを抱きながら活躍している社員たち46名です。中堅社員を中心に、社内で活躍している社員を中心に参加を依頼しました。
学生からすればいわゆるエースと見られている社員でも、活躍できるようになるまでには様々な苦労や挫折があったはずです。それを、キャリアチャートという形で「谷(=困難だった時期)」のところもしっかりと伝えてもらうことで、エースでも昔から順風満帆だったわけではなく、様々な偶然や置かれた環境の中でしっかりと自分のやるべきことをやってきたからこそ、現在のその人があるんだということを学生に伝えたかったというのも、意図としてありました。
それが、キャリア自律講義でも触れた「プランド・ハプンスタンスセオリー」(※)です。学生の皆さんにも、そういった偶然を大事にして多様なキャリアを歩んでほしいということを伝えたく、講師の方とも相談し全体を設計しました。
※心理学者のジョン・D・クランボルツ氏により1999年に発表されたキャリア理論。「予期せぬ出来事がキャリアを左右する」「偶然の出来事が起きたとき、行動や努力で新たなキャリアにつながる」「何か起きるのを待つのではなく、意図的に行動することでチャンスが増える」「偶然を味方につけるには、好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心という5つの行動・思考パターンが重要」といったことが説かれている。
大村:あとは、企業紹介の場ではなく、学生の皆さんのキャリアを考える場とすることにはこだわりました。そのために、学生が「積水ハウスグループ各社のPRを聞いて、先輩社員と話す会だ」と認識する要素は極力なくし、グループ各社の説明は1社につき2分にとどめ、グループ合同説明会のようにならないようにしました。
キャリア事例紹介では約20名の社員がブースに分かれ、キャリアチャートをもとに自身の経験や仕事観を説明。学生は、プランド・ハプンスタンスセオリーのどの行動・思考がその社員にあったのかを探りながらヒアリングを行った。
―企画から実施に至るプロセスで苦労された点があれば教えてください。
国本:一番苦労したのは、キャリア事例紹介に協力していただく社員を集めることです。中止になった大阪会場も含めて総勢46名の協力を得ましたが、スケジュールの都合でイエスと言ってもらえなかった社員も含めると、60〜70名に声をかけました。また、その前の人選の段階でもかなり悩み、候補者選定から最終確定まで、2カ月くらいかかったと思います。
―人選はどのように進められたのですか。
国本:積水ハウス株式会社以外のグループ会社の人選は各社の人事にお任せしましたが、当社については、異動履歴や表彰履歴、直近の評定など、人事データを多角的に見て、また、企画メンバーが個人的に知っている社員であればその社員の魅力も共有しながら声をかける職種・順番を決めて当たっていきました。
学生が多様な選択肢をふまえてキャリアを考える機会を実現
―プログラムを終えられての手応えや気づきを教えてください。
大村:まず、通常の会社説明会などに比べて社員に対する質問が活発に出ていたこと、また、その内容が本質的なものが多かったことが良かったことの一つだと感じています。冒頭の「キャリア自律講義」でキャリアの考え方や社員のキャリアを聞く際の観点を説明し、その観点に沿って各ブースの社員の話を聞くことを促したことで、学生さんは目的意識を持って、集中度も高く臨むことができたのかなと思います。
また、4時間という長丁場でしたが、学生の皆さんも、最後のグループ対話までかなりエネルギッシュに取り組んでいただけたのも良かったです。
国本:このような内容のイベントの前例がそれほど多くない中で、キャリア開発に関する理論や考え方に関する講義(プランド・ハプンスタンスセオリーを含む)の提供から、その理論を実践している社員の紹介、アウトプットという一連の流れを、一貫性をしっかりと持たせて設計できたこと自体が一つ、非常に良かったことかなと感じています。
―学生の皆さんからは、どのような感想や反応を得ていらっしゃいますか。
国本:学生さんからは、「選考が始まる前の学生のためにこれだけのことをやってくれて、キャリアについて真剣に考えている会社であることを感じることができました」「講義での理論的な学びや、そこからの座談会、グループトークという一連の流れによってより深くキャリアについて考えるきっかけを得られた」「自身のキャリアプランの形成において、今日という1日が非常に有益な経験となりました」など、ポジティブなコメントをたくさんいただいています。
また、約350のアンケート回答のうち、およそ190名の方から「グループ各社の今後の案内を希望する」という回答をいただいたので、グループ各社に人財をつなげていくこともある程度できたのではないかと感じています。
グループ対話では、キャリア事例紹介でのヒアリング結果をグループ内で共有し、各自のなりたい姿を描き、発表した。
―今回のイベントをふまえ、今後の方針や展望をどのように考えていらっしゃいますか。
大村:実施時期や、インターンシップの後という実施タイミングが最適であったかどうかは、今後検証したいと思っています。インターンシップよりも前に実施してインターンシップを選ぶためのヒントにしていただくという方法もあると思うので、今回のタイミングとどちらがより学生さんにとって良いインプットになるか、探っていきたいと思います。
大村:参加いただいた学生さんからのポジティブな反応をはじめ、今回一定の手応えを感じられましたので、内容を更に磨き込みながら今後も継続できればと考えています。「積水ハウスのインターンシップに参加したら、将来のキャリアビジョンが見えてきた!」という学生さんを一人でも多く増やしたいですね。そのビジョン実現の舞台として最終的に積水ハウスを選んでもらえることが理想です。また、来年以降は職種別インターンシップのプログラムとの連動性や実施時期などを最適化することで、学生さんにとって最も効果的なタイミングでインプットの機会を提供できるようにしたいと思います。
―改めて、多様な選択肢を知った上で自らキャリアを選択することの重要性をどのように認識されていますか。
大村:自律というのは、自分で選択し、その選択に自ら責任を持つことだと考えます。学生の皆さんには、仕事や企業を選ぶことに納得感を持って取り組んでほしいですし、私たちもそういう採用をしたいと思っています。
そのためには、オワハラや無理に内定を承諾させることなどはあってはならないことですし、学生の皆さんが自身のキャリアのために納得して判断ができる環境や情報を整えるのが、私たちがすべきことだと思っています。
もちろんそれは、当社がある程度認知いただけていることや、魅力的な社員がたくさんいて、社員に会ってもらえればそれ自体が訴求ポイントになること、PRできる情報が多いことなど、恵まれた環境があるからこそできることです。だからこそ、無理な採用をするのではなく、学生さんがちゃんと納得した上で、「決めさせられた」のではなく「決めた」状態になっていただきたい。そして、その「決めた」という行為も、しっかりとした根拠と自信を持って決めることができた状態で入社していただくのが理想かなと思います。
国本:学生の皆さんには、このプログラムを聞いて終わりにするのではなく、聞いたことをふまえて、企業にエントリーする前に、自身のありたい姿をしっかりと言語化してほしいと思っています。ありたい姿から逆算して、自分がつくべき仕事や会社は何か?また、仕事や会社を通じてどのように成長していきたいのか?というところをしっかりと考えていただきたいです。
その結果、例えば、進学や、会社員という枠組みにとらわれない生き方、積水ハウスグループではない他社を選択するとなっても、その決断を大切にしてほしいです。そういった思いも大事にしながら最終的に選ぶ会社が私たちであれば嬉しいなと思います。
―では最後に、就職活動を進める学生の皆さんや、採用活動を行う企業へのメッセージをお願いします。
国本:まず学生さんに伝えたいことは、学生であろうと社会人であろうと、自分が将来経験するであろう出来事やキャリアイベント、ライフイベントを100%見通せる人はいないということです。これからの長いキャリアの中で、自分が想定してない出来事に遭遇することはおそらく無数に起こり得ます。その際、葛藤や不安、揺らぎなどが生じると思いますが、すべての出来事には意味があると前向きに捉え、まずはやってみたり、やってみた結果、のちのち振り返ったときに成長できた経験だったと思えたりする、そんな考え方ができるようなキャリア開発に取り組んでいってほしいと思います。
また、企業、とりわけ人事担当者や採用担当者は、学生さんと企業は対等であるということを大前提として持っておく必要があると思います。そして、学生一人ひとりに人生があることをしっかりと念頭に置いて採用活動を行っていけると、両者がWin-Winの関係を築いていけるのではないかと思います。
大村:学生さんに向けては、やはり、納得して決めることがすごく大事だなと思います。新卒入社した会社から先のキャリアは人それぞれですが、新卒で入る会社自体は、誰にとっても1社だけですから、その選択はとても大事だと自身の経験からも思います。だからこそ、できる限り多くの一次情報を入手し、周辺情報を慎重に見極め、しっかりと考え納得して決めていただきたい。そうすることで覚悟が生まれますし、入社後頑張れることに繋がるかなと思います。私たちも、そういった学生さんの就職活動を応援したいですし、お役に立てるプログラムを提供したいと思います。
企業においては、大人の強みを出さない、情報の非対称性を利用しない倫理感が必要かなと思います。企業は学生さんから選んでもらう立場ではありますが、持っている情報や観点、また、理論を用いて学生さんに意思決定を促すといった面で、主導権を持ってしまいがちなところが構造上どうしてもあります。そうではなく、今、当社が取り組んでいるように、主役である学生さんにフェアに寄り添い、納得感のある選択をしていただくことが重要ではないでしょうか。そうすることで、入社後3年、5年といった瞬間を切り取ったときに、社会全体として幸せに活躍している人の割合が増えるんじゃないかなと思います。
取材・文/浅田夕香 撮影/刑部友康