識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.15
就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、山口大学教授の平尾元彦さんのお話をご紹介します。
山口大学
教育・学生支援機構 キャリアセンター 教授
平尾元彦さん
【Profile】
1963年生まれ。1986年筑波大学第三学群卒業。1991年に同大学経営・政策科学研究科修士課程修了。2004年広島大学大学院博士課程社会科学研究科マネジメント専攻修了。同大学にて博士(マネジメント)取得。2003年4月山口大学学生支援センター助教授、2008年4月より、同大学大学教育機構教授に就任。
就業観の浅いまま就職活動を終える事態を懸念している
これまで日本社会が培ってきた学業と就業との接続は、そう悪いものではないと思っています。4月に入学し3月に卒業するという大学スケジュールが広く一般的な現状において、卒業の翌月に就職することで、学生から社会人への円滑な移行につながっています。
在学中は学業に専念し、卒業後に就職活動を始めるべきではないか、という議論もありますが、それでは困る学生は一定数いるでしょう。数か月であっても経済的に困窮する人は少なくないですし、安心して次のステップに進めることが社会の安定を作っています。世界を見渡せばそうでない国が多いようですが、シームレスな接続になっている点で、新卒一括採用にはいい面もあると感じています。
今もっとも懸念しているのは、就職活動の早期選考による弊害です。学業もやり切れておらず、就業観も醸成され切っていないうちに、就職活動の“早期化”の波にのまれ、早く動いてしまう学生が増えています。「内定をもらったから就職活動を終える」と言って、早々に活動を辞めてしまう学生が、年々多くなっているように感じています。就職活動をタイパ(タイムパフォーマンス)よく終えたい、だから早期選考をしてくれる企業から選べばいい、という発想になっていて、「早期選考はラク」と言った学生もいました。“ラク”だからいい、という発想に、少なからず衝撃を受けました。
社会では人材の流動化が進み、転職によるキャリアチェンジも一般的になりつつあります。その変化自体はポジティブに捉えていますし、入社した1社を勤め上げるような従来の働き方は現実的ではなくなっています。ただ、学生がファーストキャリアを選択する段階から「合わなかったら転職すればいい」という前提を持ち、自己理解が浅いままに意思決定するのは違うのではないか。自分らしい就業観について熟考しないまま選考の早期化に流されている現象が、全国のいたるところで生じているのではないかと感じています。
私は、就職活動を、人生の中でも重要な取り組みの一つだと捉えています。社会を構成するさまざまな仕事や会社のことを知り、「ここなら自分らしく働けるかもしれない」と自分自身と職場環境とを照らし合わせて、頑張っていこうと意思を固めていく。長い目で見れば、選考に落ちる経験も財産になるかもしれません。就活を早くに終えてしまうことで、社会人になる準備を深める貴重な機会をみすみす逃してしまっているように感じているのです。
必要なのは、探索・探訪・探究
就職活動で大事にしてほしいのは、自己探索。加えて、企業を訪問し現場を見て感じる探訪や、会社そのものの探究です。当大学は地方にあり、学生が多くの企業を訪問することが難しいため、企業にはできるだけ大学に来てもらっています。合同説明会ではなく、学生から質問することを重視した“対話会”という形式をとって相互理解を深めており、大学1年生の段階から、ビジネスモデルについて調べたり質問したりする機会を設けています。
低学年のうちから働くことについて考える機会を作ることで、社会人になってからも「自分はこういう思いで入社を決めた。だからもう少し頑張ってみよう」と立ち戻ることができますし、「次はこういう道に進もう」とさらなるステップにつなげることができると思っています。
学生の探索・探訪・探究がなかなか進まない現状を見ると、自己内省を妨げる要因として、人手不足にともなう企業側の焦りは大きいと思います。地方の中小企業ではとくに、採用難は事業継続の死活問題です。そのため、早期の人材獲得に注力するあまり理解度が低い学生にも内定を出してしまう。「企業理解が浅くても(今の早い段階では)仕方がない」としながら、内定を出したその後の内省を促すこともできていない。そんな状況が起きているのではないかと思っています。
企業からも大学からも学びへの助言が欠かせない
新卒採用にかかわるステークホルダーみんなが守るべきは、「学生が探索する機会」をきちんと担保することではないでしょうか。大学側は、大学での学びが働くことにどうつながっていくのかを、1年生の段階から考えられるような機会を提供していくべきでしょう。
一方、企業側も学生に対して、大学で何を学んできたかを深く問いかけていくことが大事になるのではないでしょうか。現在の就職活動の在り方では、学生が内定を持っている状態が短くても半年、1年以上続く学生もそれなりにいます。内定が決まったらから探索が終わるのではなく、卒業年次の学びを通じて得たものが、自社で働くことにどう通じていくか。企業側からサジェスチョンを与えることもできるでしょう。あるいは、卒業論文・卒業研究で何を探究するのか、内定者である学生と対話をしながら、内容によっては仕事につながる新たな視点を提供することも可能かもしれません。
ほかにも、企業がキャリア探索行動を支援するような教育プログラムを提供することで、学生との接点を深めることもできるのではないでしょうか。人材不足で疲弊している地方の企業も、キャリア教育プログラムの提供といった新たな入口を設けることで、学生とのマッチング精度を上げていくことはできるかもしれません。
我々大学側もみんなで、学生に探索の機会を提供することができれば、社会を担う貴重な若手人材が育ち、採用することができます。本人にとってはもちろん、企業にとっても大学にとっても三方良しとなっていくのではないでしょうか。
取材・文/田中瑠子 撮影/刑部友康