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2024.07.01

会社主導の固定型・囲い込み型の人事制度から、個人主導の流動型へ。キャリアオーナーシップを育てることが大事

識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.11

就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、富士通株式会社 取締役執行役員 SEVP CHRO(最高人事責任者)の平松浩樹さんのお話をご紹介します。
 

富士通株式会社
取締役執行役員 SEVP CHRO(最高人事責任者)
平松浩樹さん

 

【Profile】

1989年富士通に入社。2004年プロダクト事業推進本部勤労部担当部長、2015年ビジネスマネジメント本部セールス&マーケティング人事部長などビジネス部門の人事を経て、2019年グローバルコーポレート部門総務・人事本部長。2020年4月より現職。

自律的な個人の力を伸ばす。企業の役割は変わってきている

 
企業と個人の“パーパスの共鳴”が選社基準になっていく
 
10年後の働く個人と企業の関係性は、主従関係から選び選ばれる関係性へ、すでに変わりつつあると感じています。背景には人材獲得競争の激化や個人のキャリア観の変容があり、加えて、テクノロジーの進化により社会課題がますます複雑化している状況もあるでしょう。それぞれの企業が、社会に対してどのような価値を提供していく存在なのか。企業が持つパーパスと、個人のパーパスがいかに共鳴できるかが、個人の選社基準の大事な要素になっていると見ています。
 
今後は、人材流動性もより高まっていくでしょう。これまで多くの日本企業には、長期的雇用を前提とした育成の在り方や報酬・評価制度がありました。教育の仕組みや法律も、一社で勤め上げることを前提に作られてきたともいえます。そこから、選び選ばれる関係性になることで、個人は常に自分のパーパスを考え、キャリアを描くようになります。企業側もまた、パーパス実現のためにビジネスモデルを変えざるを得ず、人材流動性を高めることを前提とした人事制度や採用の仕組み、教育の在り方が求められていくと考えています。
 
キャリアオーナーシップが学びの意欲も高めている
 
富士通では2020年にジョブ型人材マネジメント制度を導入しています。これは、一人ひとりの職務や期待する貢献・責任範囲を記載したジョブディスクリプションを作成し、職責の高さに応じて報酬を決めていく制度です。
 
さらに、ポスティング(社内公募制度)の大幅拡大を進め、社内人材の流動化による適所適材の実現へと動いてきました。以前は、組織が業務都合や本人の成長を考えて配置転換を主導してきましたが、これからは、本人が実現したいキャリアプランを自律的に考えて異動や昇格を目指していくべきでしょう。実際に、2020年からの3年間で、国内約8万人の従業員のうち、約2万人がポスティングに手を挙げており、社内の人材流動化はダイナミックに起こっています。
 
社員のキャリアオーナーシップ意識の高まりは、学習時間の高まりにも表れています。富士通では、個人のキャリア志向や強みに応じて自律的に学ぶ、オンデマンド型教育を提供していますが、用意するコース自体も増えており、受講数も伸び続けています。
 
自ら担う仕事の責任範囲を理解し、どんなキャリアに進みたいかを考えながらポスティングの機会も利用する。そんな個人が増えたことで、自分の組織やチームがいかに魅力的かを自分の言葉で発信できるメンバーも増えてきました。その効果は、現場主導で行うキャリア採用数の拡大にもつながっています。面接を通じて、「富士通では、いろんなキャリアパスが広がっている」「こんなチャレンジの機会がある」と魅力発信ができている、一つの表れなのではないかと感じています。
 
「自分のキャリアは自分で選択して作っていく」というキャリアオーナーシップの考え方を更に深めていこうと、富士通では、2020年6月から「Purpose Carving」(パーパスカービング)というプログラムを全社員に向けて実施してきました。これは、数人のチーム内で、一人ひとりが歩んできた道のりや大切にしている価値観を振り返り、個人のパーパスを彫り出し言葉にしていくというもの。私自身、新卒から富士通1社しか経験がなく、以前は、「キャリアを自ら選んできた」という感覚を持てていませんでした。しかし、このプログラムで過去を振り返っていくと、自らの関心事や興味範囲と仕事にはつながりがあり、実は選択しながら歩んできたということに気付いていきました。これまでの道のりをポジティブに語れるようになると、これからも自分の意思で選択していけるのだという、キャリアに対するオーナーシップが芽生えてきます。
 
いまや、1社で定年まで勤めようという意識の人はほとんどいないでしょう。会社主導の固定型・囲い込み型の人事制度ではなく、個人主導の流動型の制度へ。これまでは、優秀な人材ほど「ほかに行かないでほしい」と囲い込まれる状況が少なからずありました。そうではなく、誰もが自分のキャリアのためにどこに行くのが最適なのかを考え、魅力的だと思える仕事やチームが選ばれるようになることが、健全な組織だといえるでしょう。組織と個人の関係性を常に考えながら自分のライフキャリアを描き、それをサポートできる企業だけが、これから生き残っていくのだろうと思います。
 

大学と企業との信頼関係が、採用の在り方の議論を前に進めていく

 
新卒採用という採用の在り方自体は、これからも続いていくでしょう。ただ、デジタルツールの進化により仕事の生産性が上がっている今、本人の強みや実現したいことをすぐに仕事で発揮できるような形が求められていくのではないでしょうか。
 
そのためには、インターンシップなどを通じて、大学の学びを社会でどう実践できるのか、“つながり”をイメージできる経験が欠かせません。大学側と企業側が手を組み、キャリア教育の場に民間で活躍している人材が入っていくなどの取り組みも、もっと進められるといいと思います。
 
富士通の産学連携は、理系の共同研究において既に実績があります。大学の研究室に富士通の「スモールリサーチラボ」を置いて学生と研究員との交流をはかっているほか、博士課程に進学する学生を富士通の社員として雇用し、給料を受け取りながら博士課程での研究に注力できる制度を導入しています。経済的不安、将来のキャリア不安を払しょくしながら研究人材を育成できる制度として、これからも継続していきます。
 
ただ、文系学生との産学連携はまだまだ進んでおらず、点や線に留まっているコラボレーションの機会を、広く面でできればいいと考えています。社会人が大学に戻って学び直すリカレント教育への後押しも積極的に進められるといいでしょう。
 
こうした取り組みにより、企業と大学との信頼関係が築けるようになると、本当に学生のためになる就職活動の在り方、スケジュールの考え方も、建設的に議論し見直していくことができるのではないかと思っています。
 
求められる“WHY”や“WHAT”を生み出す力
 
社会環境の変化の中で、仕事の仕方は確実に変わっています。かつては、明確な競合他社がいて、追いつけ追い越せといったように、目標とするものが明確にありました。組織の上から下へその目標を展開し、現場はそのノルマを確実にこなすための“HOW”を考えていればよかった。しかしこれからの時代、明確な目標や、あらかじめ見えている正解はありません。仮説を立てて動き、失敗すればクイックに方向転換してその都度正解を探っていく。“WHY”や“WHAT”を考え、引き出していくやり方が、企業レベルでも個人レベルでも求められています。
 
“WHY”や“WHAT”を生み出す力を求める以上、採用における選考の在り方も変化させていく必要があります。会社側は、目指すパーパスを伝え、個人がどんなパーパスを持っているかを会話して共鳴し合える場を持つ必要があり、大学などの教育機関もまた、パーパスを語れるような人材の育成へと取り組んでいってほしい。それでも、入社後に違う方向性を見出す社員はいるでしょう。自分のパーパスに合った会社に転職していくこともお互いにハッピーであるという前提で、採用も育成もしていく。3年以内の離職を“就活の失敗”と捉えるのではなく、流動性を前提にした感覚を、企業も大学も個人も持てるような社会になっていけばいいと思っています。私自身も企業側の一員として、キャリアの主導権は個人に委ねるという覚悟を持って、個人のキャリアをサポートしていきたいと考えています。

 

取材・文/田中瑠子 撮影/刑部友康

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