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就職みらい研究所とは
2024.05.20

求められるのはWILLを問う力。教育現場も個人に対する企業の関わり方も、変わるべきときにある

識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.7

就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、パナソニック株式会社 取締役常務執行役員CHROの加藤直浩さんのお話をご紹介します。
 

パナソニック株式会社
取締役常務執行役員チーフヒューマンリソースオフィサー
加藤直浩さん

 

【Profile】

パナソニック入社後、一貫して人事領域に携わり、組織変革、タレントマネジメントの仕組み構築、報酬制度や拠点改革などを担当。1999年に欧州勤務を経験、2010年にオートモーティブ事業部門の人事部長。2013年に北米本社の人事担当役員として世界最大級の車載電池工場の立ち上げを担当。2022年4月より現職。

 

自律的な個人の力を伸ばす。企業の役割は変わってきている

 
WILL、EQ、Integrityは不変の価値になる
 
今から10年前に、これほど変化の目まぐるしい世界を予測できた人は誰もいないでしょう。同様に10年後の社会を想像することも難しいですが、時代が変わっても個人に求められる不変の価値はあると思っています。それは、どんな仕事がしたいのかという“WILL”、一緒に働く他人の気持ちを理解する“EQ”、仕事や組織に誠実に向き合う“Integrity(インテグリティ)”です。これからも、この3つを兼ね備えた人材が求められていくと予想しています。
 
企業という組織形態自体は引き続き残っていくと考えますが、個人と企業との関係で見れば、個人はより自律的になっていくのではないでしょうか。
 
世界と比較して日本では、「個人が自律して働く」という価値観が広く浸透しているとは言えず、何周も遅れています。それでも、「就職=就社」と考える学生は、いまやほとんどいないでしょう。所属している企業がどうなろうと、力を発揮できる個人であるかどうか。個が自律し、力を発揮するための環境や機会をいかに提供できるかが、企業の新たな役割になっており、その傾向は今後もますます強まっていくと思っています。
 
大切なのは、第一線で働く個人のオーナーシップ
 
パナソニックでも、かつては、会社を主語に人材配置を決めたり、研修を受けてもらったりしていました。今は、多様な選択肢から従業員一人ひとりの状況に合わせて、最適な環境を選べるように人事制度を見直しています。研修では、プラットフォーム自体は会社側が用意しながらも、自分のパフォーマンスを高めるためにどの研修を選ぶかは個人次第。人材配置では、年間を通して手挙げ式で異動できる制度を導入したり、有志メンバーを募りプロジェクトベースで、今の部署に所属しつつも新しい仕事にジョインできるようにしています。
 
こうした人事制度のベースにあるのは、「あなたはどうしたいか」というWILLです。30~40年前であれば、経験を重ねてきた上の役職の人に知見があり、仕事の進め方の“正解”を持っていたかもしれません。でも、変化の激しい今、一握りのリーダーの知見には限界があります。何が価値になるかが不透明な社会では、第一線で働くメンバーのアイデアにこそ、時代にマッチした解がある可能性があります。現場の知見を生かし市場の変革スピードに適応するためには、個人にオーナーシップを持たせることが必須なのです。
 
一人ひとりが「自分はこれをやる」と決めてコミットしたほうが、やりがいや達成感は格段に上がるでしょう。WILLを重視し、自ら目標を立てることは、結果的にパフォーマンスを上げ、組織へのエンゲージメントを高めていくのだと確信しています。
 

WILLを持つことが、グローバルの競争力を高める

 
WILLを重視する観点からすると、現行の新卒一括採用の在り方以前に、教育システム自体に課題があると感じています。
 
昨今は、高校や大学でのキャリア教育の充実、アクティブラーニングの導入など学びの在り方も変わっています。受験も偏差値重視だけではなく、学校での成績や活動、面接などで人物を評価する総合型選抜が広がっていますし、変化の兆しも大きい。でも一方で、いかに偏差値を上げるかという競争はいまだに顕著であり、大学を出ても何の仕事をしたいのかわからない学生は相当数いると感じています。
 
私は北米本社の人事担当役員としてアメリカに数年滞在した経験があります。そこで衝撃を受けたのは、自分が何をしたいのかを言えない学生や社員が、一人もいなかったことでした。
 
みんな自分の考えを持ち「私はこういうことができると思う。実現していきたい」と自信を持って言い切っていた。小学生の頃から「あなたはどうしたいの?」と問われながら教育を受けてきた海外の学生と、日本との違いは歴然でした。高校や大学に入ってはじめてWILLを問うのではなく、子どもの頃から常に問われ、自分の棚卸しをする中で、できること、できないことを言えるようになる。そうした教育の在り方に変えていかなければ、グローバル競争には太刀打ちできなくなってしまうと感じています。
 
とはいえ、教育方針を短期に変えていくのは非現実であり、日本社会においては、就職後に企業側が一定期間トレーニングをしてWILLを築いていく必要があるでしょう。グローバルで働く上で、大きな壁の一つは言語ですが、10年後には、何らかのツールを使えば普通に会話ができる世界になっているかもしれません。グローバル化のハードルが一気に下がり、より多くの日本人が世界で活躍するようになる。そんな社会が来れば、次なる大きな壁は、WILLが曖昧で、自分のやりたいことや強みを自信を持って言えないことになりえます。その状況は、教育機関とともに変えていく必要があると考えています。
 
「就活失敗」という挫折感を広げない、寛容な就職の在り方が必要
 
採用活動を取り巻く当社の課題として、入社後のミスマッチはまだまだ解決できていないものの一つです。
 
払しょくに向けては、学生への一連のタッチポイントの中で、パナソニックをリアルに知り、自分にフィットしているかを見極められるような機会を用意しています。たとえば、2週間のインターンシップでは、OJT型で社員と一緒に働く機会を設けて、働く人やカルチャーに触れてもらっています。プログラムとしても、約200テーマと多岐にわたり、自分に合うものを見つけられるようにしています。
 
またパナソニックで働く魅力や課題感など、実情をリアルに伝える役割として、リクルーターを公募しており、リクルーター向けの研修の実施も進めながら、ミスマッチをなくすための情報提供を進めています。
 
昨今は就活における課題の一つとして「早期化」が取り立たされていますが、個人的には、就活スケジュールはなくてもいいと考えています。いい人材に早く出会いたい企業と、いい企業と早く接点を持ちたい学生との需要と供給がマッチしているのであれば、自由裁量で動いていくのが市場の自然な動きなのでは。企業側が、自社を知ってもらうタッチポイントの作り方は、各社が工夫して作っていくべきだと考えています。ただし、たとえば大学2年生など低学年から行うことで、学業に支障が出る可能性もあるので、一定の配慮は必要になると思います。
 
就活スケジュールが定められていることで、その期間に内定が出ないと「就活に失敗した」と思ってしまう学生が増え、挫折感が広がってしまいます。時間をかけて活動する中で、成長していく学生もいるのですから、同じ企業が時期を変えて内定を出していってもいい。さらには、入社後も何年かは企業間で行き来ができるといった寛容な在り方があってもいいのではないでしょうか。出ていって戻ってくる。そんな就業、就社の仕方を選べるなど、より自由度の高い社会へと少しずつ変わっていくといいなと思っています。
 
不確実性の不安払しょくへ、個人のフィードバックが大事になる
 
今の企業はどこも、グローバルの企業と競合しています。自律的に働く個人の力が大事という話をしましたが、グローバルで生き残るためにはそうせざるを得ないのが現実でしょう。日本型雇用では成長のスピードが遅く、限界に来ていることを多くの企業が気づき始めていると思います。
 
このような状況の中で、自律した個人を育てるためには、政府や学校が中心となり、教育の在り方から考えていくべきでしょう。他方で、グローバルレベルで活躍するためには、個人の挑戦する気持ちを後押しするための“安心”の提供が欠かせません。今の仕事でどのような力が身につき、今後のキャリアにどうつながっていくのか。その道筋をきちんと示すことで、将来のキャリアに対する不安を払しょくし、個々人のWILLの解像度を上げていくためのフィードバックを一人ひとりに丁寧に行うことが、企業に課せられた役割だと考えています。
 
 

取材・文/田中瑠子 撮影/刑部友康

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