識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.2
就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は長年、教育、仕事、家族という3つの社会領域間の関係について調査・研究を行い、学生の就職・採用活動について提言されている東京大学大学院教育学研究科教授 本田由紀さんのお話をご紹介します。
東京大学大学院
教育学研究科 総合教育科学専攻 比較教育社会学コース 教授
本田由紀さん
【Profile】
博士(教育学)。日本労働研究機構研究員、東京大学社会科学研究所助教授などを経て、2008年より現職。専門は教育社会学。主に、教育、仕事、家族という3つの社会領域間の関係に関する実証研究を行う。著書に『「日本」ってどんな国?』(ちくまプリマ―新書)など。
働く若者側にはじわじわと変化が起こっている
個人の粒立ちが尊重される枠組みを作る必要性
個人の意思や専門性、裁量性といった粒立ちがもっと尊重される枠組みが、就職活動の中で適切に与えられること、それが、働く個人と企業の在り方として必要な変化だと私は考えます。今の働く個人と企業の関係性は、「メンバーシップ型」という言葉が暗喩するように、個人が個人としての意思やキャリア権を主張するのではなく、メンバーとして溶け込むような形で企業の指示に従う状況がまだまだ続いています。
他方で、働く若者側にはじわじわと変化が起こっていて、配属先や職種、あるいは転勤やリモートワークの有無といった労働条件をとても気にするようになってきていることが、各種調査で分かっています。しかし企業側には、少子高齢化による人手不足に対応するため、職種や時間、勤務地などを無限定で受け入れてくれる、つまり、企業にとって都合よく働いてくれる人材を尊重する慣習が根強い。この、若者側からのじわじわとした変化と、それを押しとどめようとする企業側のニーズがものすごくせめぎ合っているのが、今の状態ではないでしょうか。
ジョブ型採用など、若者の志向性の変化を受けた採用を行う企業も少しずつ出てきてはいますが、まだ少なく、若者には、先述した志向性を持っていたとしても、企業の言うことを聞いておく、あるいは、聞くふりをして順応する姿勢を上手く示して生き抜こうとする振る舞いが広く観察されます。このような、新卒採用における独特の茶番を演じないと成功できないという不思議な枠組みが就職・採用活動に蔓延してしまっているのは、本当におかしなことです。
そして、それらの茶番による弊害は海外からの留学生の就職活動にまで及んでいます。人手不足の折に、日本語能力も、日本への関心も一定程度確保されている留学生に日本で就職してもらえれば、これほどありがたいことはないはず。しかし、日本での就職率は長年、3〜4割程度にとどまっています。
背景にあるのは、「日本人と同じように振る舞えること」という暗黙の採用条件です。海外の需要を知っていることや語学力を求めているにもかかわらず、採用選考では、グローバル人材であることや留学生の特殊性は尊重せず、日本人と同じようにガクチカを尋ね、膨大な設問の適性検査を受けさせる。茶番だらけです。
学生がちゃんと学べて、学んだことをちゃんと発揮して、それがちゃんと報酬として報いられる。この「3つのちゃんと」が必要です。それなのに、早期の就職活動によってちゃんと学べない、就職しても学びとは異なる仕事に配属されて学んだことをちゃんと発揮できない、報酬に見合わない働き方を強いられたり、無限定な働き方をさせられたり、取り組み成果ではなく会社への忠誠が評価されたりして、ちゃんと報いられていません。
これらの観点から、ジョブ型採用が、個人の粒立ちを尊重するために必要な在り方だと以前から主張しています。それが始まりつつある今、もっと広げてもらいたいと思います。
学びの「内容」「手法」「関心」いずれかを尊重する採用を
採用選考の時期と基準を学びをふまえたものに
加えて、就職・採用活動において変わるべきこととして私が以前から主張しているのが、時期と基準です。
時期は、今、インターンシップへの参加がほぼ当たり前になってきていることも含めて、どんどん前倒しされていますよね。それはすなわち、企業は、大学教育を無視していいと思っているということです。
しかし、もはや大学は大きく変わり、一時期のレジャーランドではなくなっています。政府から矢継ぎ早に大学改革が指示されていて休講もほとんどありません。学生にキチキチと学ぶことを要求し、学生も真面目に応えている。その頑張りが企業からは無視されて、就職活動が学業を侵食してしまっています。
私は大学人ですから、やはり、学生にはきちんと学んでもらって、企業には、学生の学びの成果を見た上で、配属先や職種が本人の志向や専門性とできるだけ合った形で採用してもらいたいと考えます。つまり、卒論や修論を出し終えた後の、例えば2月以降に採用選考を行い、卒論・修論執筆を経て培われた学生のスキルや長所を見てもらいたいのです。
卒論や修論は、大学教育のクライマックス。自分のテーマで、自分の技術に磨きをかけて、かなりの長さの論文に完成させる。その過程で学生はものすごく伸びるんです。「この学生はここまでやりきるのか!」など、授業でのやりとりやレポートからは分からないような特徴や長所が現れます。それを見てほしい。卒業までに内定先が決まらない場合は、所属先を失うことを気にする学生に大学が授業料なしの在学延長を認めるなど、工夫のしようはあるはずです。
そして、「学び終わった後に選考を」という主張は、2点目の基準の問題と不即不離に絡み合っています。先述のように、学生は、卒論や修論を書く中でさまざまな方法論に磨きをかけています。その、手法面で何ができる人なのか、そして、最終成果として何ができた人なのか、卒論・修論に取り組む中で何をやりたいと考えるようになった人なのかという「内容」「手法」「関心」のいずれかを尊重する採用をやってもらえないかというのが私の主張です。そういった企業も少しずつ出てきているようですが、まだ、大学での学びに対する企業の関心は低すぎます。
学問と職業のレリバンスを大学は説明する必要がある
このような話をすると、「文学部はどうするんだ?仕事と関係がないだろう」という反論が出てきます。でも、今、私が行っている、人文・社会科学系の分野ごとに「学生が4年間で身につけたこと」を在学中から調査した上で、卒業後数年まで追跡し、仕事においてどのようなスキルを発揮しているかを把握する調査において、大学で身につけたことと仕事で発揮していることとの関連性が卒業後1年目で最もくっきりと出たのは「文学・言語」の分野でした。「言葉というものを正面からじっくりと突き詰めるのが文学部であって、そのスキルが仕事で役に立たないわけがない」「どんなビジネスも言葉でコミュニケーションが成り立っているので、文学は実学である」という趣旨の主張をされる大学教員の方もいて、私も改めて意を強くしたものです。
企業には、このあたりをちゃんと評価してもらいたいですし、大学教員も、自分が教えている学問が社会にどのように役に立つのか、言葉を尽くして学生に説明していただきたいです。学問と社会や職業とのレリバンス(関連性)は、分野によって直接的だったり間接的だったり、あるいはジェネラルに役立つなどさまざまですが、一見遠いところほど言葉を尽くして説明する必要があります。
より良い就職・採用には企業の変化が必要不可欠
より良い就職・採用を実現していくには、やはり、当事者であり、権力面で上位にある企業側が変わることが必要不可欠です。そのために強制力のあるルールを策定することは、これまでの動向からあまり期待できないため、企業、特に40代・50代の役員、管理職層に根強く残ってきた規範や常識、前提を変えていく方向で進めていけないかと思います。
加えて、就職情報サイトや適性検査を提供するマッチング支援者も、サービスの在り方を目指すべき方向に変えていっていただきたいですね。そして、大学および大学教員は、学問が社会でどのように役立つのかを言葉を尽くして説明する。それが、大学で職を得ている人間の責任だと思います。
取材・文/浅田夕香 撮影/刑部友康