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2021.10.28

やりがいがある仕事に出合い、幸せに働くには?

これからの「働く」を考える Vol.5

社会が大きく変わっている現在、働くことは私たちに何をもたらすのでしょうか。「働きがい」や「やりがい」に企業が注目する中で、それを実現することは個人にとっての幸せにつながるのでしょうか。ここでは、幸福学の研究者として「幸せのメカニズム」について語っている、慶應義塾大学大学院教授 前野隆司さんにお話をうかがいました。
 

慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授
慶応義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長
前野隆司さん


※記事は、2021年9月17日にオンライン取材した内容で掲載しております。

山口県生まれ。新卒入社した大手メーカーでエンジニアとして働いた後、カリフォルニア大学バークレー校で研究に携わる。近年は、人間の「心のメカニズム」の研究成果で幸せな世界をつくりたいと、「幸せ」の科学的検証に取り組む。2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授に就任。2017年8月よりウェルビーイングリサーチセンター長を兼任。著書に『脳はなぜ「心」を作ったのか』(ちくま文庫)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)、『幸せな職場の経営学』(小学館)など。

INDEX

  1. 幸せを構成する4つの因子とは?
  2. やりがいのある仕事とは?
  3. 社会構造の変化に、なぜ多くの学生・若者が適応できていないのか?
  4. 個人と組織がいい関係を作るために進むべき方向とは?
  5. ウェルビーイングを重視する企業に出合うためには?

 

1.幸せを構成する4つの因子とは?

 

――――個人の「働きがい」「やりがい」に注目する企業が増えています。前野さんは「幸福学」の研究において、「働きがい」「やりがい」と「幸せ」の関係にも言及されています。そこでまずは、「幸福学」について教えてください
 
幸せには短期的なものと長期的なものがあります。幸せを英語に訳す際に一般的に使われる「happiness」は、「楽しい」「うれしい」といった短期的感情の意味合いが強くなります。私の研究する「幸福学」は、長期的な幸せを対象にしています。心理学の分野で使われている「well-being」に近いと考え、「幸福学(well-being study)」と捉えています。
 
さらに、幸せの研究には主観的幸福の研究と客観的幸福の研究があり、前者は主観的な幸福感を統計的、客観的に研究します。後者は客観的なデータをもとに間接的に幸福を研究するもの。幸福度を直接測定していないので、私は客観的データを参考にしながらも、主観的な幸福についての研究をしています。その研究の中で、幸せの心的特性の全体像を明らかにするために、29項目87個の質問を作成し、日本人1500人に対して調査し、因子分析した結果が、次の【図1】の人が幸せになるために必要な「4つの因子」です。
 

【図1】幸せを構成する4つの因子

 

 
膨大にあると思われていた幸せの要因は、因子分析によって、4つの因子から構成されることが明らかになりました。人によって幸せの姿は異なっても、幸せになるための基本のメカニズムは共通しているということです。より幸せな状態というのは、4つの因子がバランスよく備わっていることだと言えます。
 
―――幸せを構成する4つの因子と「働きがい」の関係についてお聞かせください
 
第1因子である「やってみよう!」因子は、自分の成長を実感することで、幸せを感じることができるというものです。自分の強みを活かして、イキイキ・ワクワクと働いて、やりがいがあったら幸せだと言えます。
 
第2因子の「ありがとう!」因子は、他者とのつながりによって幸せを感じることができるというものです。社内外の人間関係が良好で、助け合いと感謝にあふれていたら、幸せにつながりますね。
 
第3因子の「なんとかなる!」因子は、ポジティブで楽観的であることで、自己肯定感も強い状態です。新しいことに前向きにチャレンジできていたら、幸せであると言えます。
 
第4因子の「ありのままに!」因子については、自分と他者を比べることなく、ありのままの自分を受け入れ、自分らしい人生を送ることが幸せにつながるというものです。個性を持って働くことが、幸せにつながります。
 
やりがいをもって働いている人は幸せである、ということは確実に言えます。ただ、自分の本心からやりがいを感じていることが大切で、表面上「やりがいがあります」と言ってしまっているのは、むしろやりがいのない状態です。

 

2.やりがいのある仕事とは?

 

――――「自分の本心でやりがいを感じているか」を確認するにはどうしたらいいのでしょうか
 
例えば、会社から与えられた目標や上司から決められた期限がなくても、主体的に仕事に取り組めるのであれば、本心でやりがいを感じていると言えるでしょう。若いうちは難しいかもしれませんが、大企業という肩書がなくなったり、今よりも3割給料が減ったりしても「この仕事をやりたい」、と思えるなら、本心からやりがいを感じているといえるでしょう。
 
――――自分で目標を設定できる仕事は、やりがいのある仕事なのでしょうか
 
もちろんそうです。自己決定が幸福度を高めるという研究結果もあります。
 
私の周りの学生の中には、目標を自ら作り、自ら実行していく学生が増えてきているように感じます。彼らは、新卒入社した会社から比較的若いうちに、ベンチャー企業への転職や起業など、自ら目標設定ができる仕事を選ぶ傾向があります。
 
日本では戦後70年ほど、会社が目標設定をしてくれて、自分でやりがいを見出さなくても働ける時代が続いていました。今はVUCA(※)の時代と言われています。科学技術の進歩によってネットワーク型の社会ができ、あらゆるところでイノベーションが起きるようになりました。グローバル化・デジタル化によりビジネスのスピードも上がり、先の見えない問題も引き起こされるようになった側面があります。
 
社会構造変化のスピードが速くなり、多くの会社が成長のために新規事業を創出する必要に迫られ、自ら考えて行動できる人材を必要としています。自ら仕事の目標を作り、行動できる環境にある人は、やりがいを感じ、幸せにつながっていると言えるのではないでしょうか。
 
※Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(不透明性)の頭文字をとった造語。自然環境・政治・国家・制度等の不確実性が増し、社会や事業の未来が予測しにくい状態
 
――――多くの学生・若者が知名度や規模で企業を選び、そこに入るための努力をしています。自分ではない他者の視点に合わせた就職活動になっているように見えます
 
周りの大人のイメージにも、影響を受けているのではないでしょうか。私より上の世代が働き始めた頃は、社会全体が成長過程にあったため、大企業に入れば安定し、自らやりがいを追い求めなくても、自分も成長曲線に乗っていられました。こうした過去の体験を記憶している人たちのイメージを引き継いだ親や教師が、学生に同じ情報をインプットしているので、今の学生においても、大企業に入れば安心だと思う人が大多数になっているという面があると思います。

 

3.社会構造の変化に、なぜ多くの学生・若者が適応できていないのか?

 

――――学生・若者の周りの大人が、自分の過去の体験に基づく価値観を伝えているということですが、そうなる背景を教えてください
 
まず、課題に挙げられるのが、「人と自分を比べる教育」です。「自分と他者を比べることなく、ありのままの自分を受け入れることが幸せにつながる」という、「ありのままに!」因子とは逆です。自ら自分の道を切り開いていく時代になったにもかかわらず、「いい会社に入りたい」という気持ちが多くの人のマインドセットの中にあることは問題です。
 
いまの大学受験と新卒一括採用の制度も再考すべきです。大学受験で偏差値を基準にするため、高校生活はテスト勉強ばかり。その反動で大学4年間は遊んで過ごすという学生が大半です。また、新卒一括採用も勉強の成果に関わらず初任給が一律で、努力を正当に評価しない点では不平等です。高校卒業後しばらくの間世界を見たり、教養を養ったりしてから大学に入学する、大学卒業後にさまざま体験をしてから就職するといった、海外ではよく見られることが、日本でももっとあっていいし、就職時に評価されるべきだと思います。
 
日本にうずまく「閉塞感」も課題です。少子高齢化社会で平均年収も伸び悩んでいるなか、日本の全体に、成長に対する閉塞感があります。しかし、私はそんなことはないと思っています。教育基盤も充実していて、真面目な国民性、歴史・知見・文化の詰まった企業、伝統工芸・伝統芸能からクールジャパンまで、あらゆるものがそろっています。自信を持って、市場は世界にあると思って広げていけば何の心配もないくらい実力のある国なのではないでしょうか。AIによる翻訳機能の向上で言語の壁がなくなると、より多くの人が海外を相手に活躍できると思います。

 

4.個人と組織がいい関係を作るために進むべき方向とは?

 

――――就職活動に関わる、個人の課題のほか、企業の課題もあると思います。個人と組織がいい関係を作るため、企業の進むべき方向性について教えてください
 
主観的幸福度が高い人はそうでない人に比べて、創造性が3倍、生産性は31%、売上は37%高いというエド・ディナーらの解説論文があり、それを受けて、私は「社員やチームメンバーを幸せにすること」や「ワークライフハッピー」(ワークもライフも幸せ)を考えることが必要なのではないかと提言しています。経営者の方々と話してみると、社員のウェルビーイングを意識する方が増えていますね。私はこうした企業において、社員の主観的幸福度を測定し、課題抽出・目標設定を行なっています。企業規模が大きくなると、社長の理念や熱意だけでウェルビーイングと言っても伝わらないので、こうしたエビデンス(根拠)が功を奏します。ウェルビーイングが業績向上につながるという観点からも、社員の幸せを考える企業が増えることを期待しています。
 
一方で、幸せの4つの因子が満たされる働き方ができる企業であれば、知名度がなくても個人の幸せにつながります。地方のメーカーで、毎年5人の新卒採用枠に1000人程度の応募がくる企業があります。幸せの4つの因子を満たしていて、皆さん幸せそうに働いています。企業の経営者に主観的幸福度のエビデンスについてお伝えすると、「わが意を得たり!」と背中を押されるようです。

 

5.やりがいのある仕事、幸せに働くことができる組織に出合うためには?

 

――――働く人の幸せに価値を置く組織には、どのようにしたら出合えると思いますか
 
いまはVUCAの時代、アフターコロナの時代です。要するに、劇的な産業構造の転換が起こりつつあります。「いい会社」と言われていた企業が、環境変化に適応できなくなる時代が来ています。会社の規模・知名度ではなく、会社とそこで働いている人が目指すもの、熱意と志を見抜く必要があります。
 
――――会社やそこで働く人の目指すものを見抜くにはどうしたらいいのでしょうか
 
熱意ですね。実際に働いている人に会い、いいところ・悪いところを含めてとことん対話し、論理と感性を総動員して確認するのが一番です。OB・OG訪問と言うと、年齢が近い人と会うことが多いようですが、できれば20・30・40・50代と幅広い年代の方と会ってみるといいと思います。ウェルビーイングの観点で働いている人の話を聞けると、やりがいを感じられる職場かどうか、見えてくるのではないでしょうか。
 
やりがいがあるというのは幸せなことです。何かに対して、「やってみよう!」と思い、その境遇に「ありがとう!」と感謝して、「なんとかなる!」とチャレンジして、「ありのままに!」と思い続ける。シンプルです。この4つの因子以上に細かくこだわりを持つ必要はありません。「ゲーム業界じゃないとダメ」「福利厚生が他社より優遇されていないとダメ」のように、細分化したやりがい探しを始めると、自分で選択範囲を狭めてしまいます。同じ会社でも部署や上司が異なれば仕事の仕方は変わってきます。どんなことにもやりがいはあります。何にでもやりがいを感じて、感謝して、何にでもチャレンジしてフィットしていくというのが、本来のやりがいのある働き方です。

 

 

「職場への満足」の国際比較

 
内閣府が2018年に行った調査では、日本と諸外国の満29歳までの働く若者に、「今の職場に満足しているか」と聞いています。日本は諸外国に比べて「満足」の回答率がとても低く(10.0%)、「どちらかといえば満足」と合わせた回答率も最下位(47.4%)でした。(図2)。
 
同調査では、「職場選択の重視点」についても聞いています。日本は諸外国と比較して、「職場の雰囲気」の回答率が最も高い(51.1%)一方、「専門的な知識や技能を活かせること」(19.0%)や「能力を高める機会があること」(17.3%)の回答率は最も低くなっています。
 

【図2】今の職場に満足しているか


出典:内閣府(2019)「令和元年版 子供・若者白書」(「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」)

 

取材・文/衣笠可奈子

 

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