コロナ禍において対面でのコミュニケーションが制限されたことが、働き方や就職活動など個人と組織のつながり方の変化を加速させています。業務のオンライン化は、「場所にしばられない働き方」を可能にし、働く個人の選択肢を増やしました。リモートワークを実施する企業も増えた一方で「新卒の教育は対面がメイン」という企業も少なくありません。今回は、コロナ禍前から、柔軟な働き方を取り入れ、新卒採用者のリモートワークを実現しているガイアックスの取り組みを紹介します。2019年卒、2020年卒の社員の方に実際にリモートワークを体験しての感想も聞きました。
2019年から「新卒でフルリモート」を実施。
働き方を変えることで、
社員の生き方の選択肢を増やしたい
株式会社ガイアックス
管理本部
人事総務部長
流 拓巳さん
#ガイアックス×リモートワーク
2015年9月、企業のSNSマーケティングを支援するソーシャルメディアマーケティング事業部(SOC)にてリモートワークの導入を開始。17年7月に実施したテレワーク体験推進期間をきっかけに社内全体に広がる。19年6月、新入社員の「フルリモートワーク第一号」が生まれる。20年4月、新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、全部署でフルリモートワーク体制に移行。新入社員研修をフルオンライン化。21年2月現在、企業方針として「リモートワーク」が常態に。
「リモート導入第一号」の部署は、もともと「働きやすい職場」とはほど遠かった
−−−−御社では新型コロナウイルス感染症(以下コロナ)拡大以前からリモートワークの実施が進んでいました。導入のきっかけを教えてください
もともとはSOC事業部単体の取り組みとして2015年に始まりました。それ以前の同事業部は利益重視の部署運営で、「働きやすい職場」とはほど遠かったようです。終電近くまで働くのが常で、労働時間の柔軟性もなく、売り上げの伸び悩みもあって離職率が約4割にまでのぼりました。この状況に疑問を抱いた管(すが)という社員が本部長に改善策を直訴したところ、事業部長に任命されて組織の立て直しを任され、その一環で生まれた施策のひとつがリモートワークでした。
当初はひとりで集中したい時や、少し体調がすぐれない時に、「申請すれば、リモートワークも可能」という感じで始まり、利用者も少数でした。導入の翌年に、「利用しても大丈夫」というメッセージとしてオフィスの座席を3分の1に減らしたあたりから定着していきましたね。
−−−−積極的に推し進めるようになったのは、なぜでしょう?
成果が出たから、です。時間に融通が利くようになって、社外の友人と会食できる回数が増えたり、育児中の社員が保育園の送り迎えをしやすくなったり、生活に少しゆとりが生まれ、それまで職場にあったギスギスした雰囲気がなくなったと聞いています。
その結果SOC事業部では、リモートワークを導入して2年で離職率が0パーセントに。そればかりか、「働きやすい職場」という評判が社内外に広まり、優秀な人材が数多く応募してくれるようになりました。また、複合的な要因によるものですが、売上も2年で5倍に。同部署の取り組みを通してメリットの大きさが社内に知られ、2017年秋ごろからリモートワークを実施する部署が増えていきました。
リモートワークを導入すると、ちょっとした相談ごとひとつでも対面とは勝手が違いますから、もちろん難しさもあります。ただ、会社がリモートワークを社員に強いるのではなく、個人がそれぞれメリットを見出して始め、組織全体に広がるという順序だったので、課題はその都度一つひとつ解決していこうという雰囲気がありました。
例えば、チームのうちひとりだけリモートワークという状況だった場合、当初は出社している社員は会議室に集まり、リモートワーク中の社員だけ「Zoom」を使うスタイルで会議をしていました。でも、これはリモートワーク中の社員が話に入りづらかったり、話しづらさがその人のせいのような空気が流れたり…。そこで、会議には社内にいる場合でもそれぞれが自分の端末から入るようになりました。2019年の段階では、会議室を予約する文化がほぼなくなっていたように思います。
管理職が率先してリモートワークの前例を作ることの重要性
−−−−SOC事業部では、地方在住のインターンシップ生による、フルリモートワークも2017年に始めていますね
2017年5月から2カ月半インターンシップ生として東京のオフィスで働いてもらっていました。地元の広島に戻った後もリモートでインターンシップを続け、19年に新卒の正社員として入社。新入社員研修が終了した19年6月からずっとリモートで働いています。ここにいる中村がその社員です。
中村は学生時代から「地元に貢献したい」という思いが強く、東京の会社でエンジニアとして働くことに魅力を感じつつ、迷っていました。そこに管から「広島で暮らしながら、働いてみては?」と提案があり、フルリモートでの勤務を前提に入社を決めたと聞いています。
−−−−地理的制約なしに企業が優秀な学生を採用でき、学生も仕事選びの選択肢が増える。双方にとって意義ある取り組みですが、新入社員がいきなりフルリモートで働くことに対し、部署内の反応はどうでしたか?
インターンシップでの中村の働きぶりは知られていましたし、その時点でSOC事業部ではかなりリモートワークが定着していたので、とやかく言う社員はいなかったはずです。ただ、「新卒でフルリモート」という働き方は当時社会的にも珍しく、中村に肩身の狭さを感じさせたくないという思いが管にありました。
そこで上司である管が取った行動が衝撃的で、中村の働き方が目立たなくなりました。管は自宅を引き払い、国内外を旅しながらリモートワークを始めたんです。2019年夏にはオランダに移住してSOC事業部を含む複数の事業群の本部長を務め続けています。彼はもともと教育に関心があり、オランダの教育を研究したいという思いもあったようです。
−−−−なんと、大胆ですね。なかなか真似はできないかもしれません
同じことができるかどうかは、個人の能力や、社風にもよるでしょう。ただ、管理職自ら率先して前例をつくることの重要性はどんな組織でも同じです。その理由のひとつは、メンバーが制度を利用しやすい雰囲気が醸成されること。もうひとつは、働き方をシフトすることに対する心理的障壁を低くできることです。
管理職は会議や面談などひとりでは完結しない業務が多く、リモートワークを実現するためのハードルが高いはずです。その管理職が実践できているという事実があることによって、「やりたいと思えば、できる」とメンバーが感じやすくなります。実際、2019年春には、SOC事業部は基本的にリモートワークで業務を進める状況になっていました。
全社的にも、コロナ禍前の2019年末には多くの社員がリモートワークを取り入れて働いている状況でしたが、社外に持ち出せない情報をあつかう業務の多い社員のほか、取引先との契約の関係でリモートワークができない社員もいました。コロナ禍を機に取引先との契約内容も見直し、現在はほとんどの社員が「基本リモートワーク」を自分で選択可能になっています。
コロナ禍で新入社員研修をフルオンラインで実施。同期同士のきずなは例年と変わらない
−−−−コロナ禍の影響で、新入社員研修のオンライン化を決定した時期と、実施にあたっての課題を教えてください
最終決定は入社式の3日前ですが、コロナの流行が広がってきた2月半ばからオプションとして準備はしていました。オンライン化にあたり、一番の課題は講師との調整でした。当社の新人研修は1カ月間ですが、内容は社会人としてのマナーやライフワーク、資産形成と多岐に渡り、他社の新入社員との合同研修もあります。講師の数が多く、リモートで対応が可能なのか、確認と依頼が必要でした。
新入社員のことはあまり危惧していませんでした。「自由と責任」を大切にする当社の考え方を理解して入社してくれた人材ばかりですから、リモート環境の整備さえ支援すれば、困った時には自分から手を挙げてくれるだろうと思っていましたし、実際そうでした。
もちろん、課題がなかったわけではなく、とくに精神面は見守っていました。すでに「新卒でフルリモート」の前例はあったものの、中村も新入社員研修は対面で受け、配属から1カ月は東京で勤務。そこで同期や同僚と触れ合うことによって、仲間意識が芽生えたり、社内外のネットワークが築かれ、安心感を得られたところもあったはずです。オンラインでそうした感覚を持てるのか、やってみなければわかりませんでした。
結果から言えば、新入社員同士のきずなの深さは、例年と変わりません。研修中から同期同士で「SEO講習」などの勉強会も自主的に始まりました。内容を聞くと、そのクオリティが高く、人事としては「果たして、新人研修は必要なのか」と意義を見直してしまったほどです(笑)。
オンラインでも仲間意識が生まれたのは、新入社員のコミュニケーション力の高さのおかげです。人事として心がけていたのは、話しやすい雰囲気を作ることぐらいですが、研修の内容も一助となったかもしれません。じっくりと自分の人生のミッションを考え、共有する時間を大切にした構成になっているので、「コアな部分を理解し合え、リアルで会ったことがあるかどうかはあまり関係ないと感じた」という声が多かったです。
また、個人の業務や性格によってスピードや広げ方は異なりますが、ネットワークもちゃんと築いています。それどころか、例年に比べ、2020年卒の新入社員は早くから社内で知られていました。これは、新入社員に研修中毎日動画の日報作成と「YouTube」での公開をしてもらっていたからです。日に日に動画のクオリティが上がり、面白いからみんな見てしまうという(笑)。経営陣まで新入社員の名前や顔はもちろん、現在の状況を把握しており、私も驚きました。
リモートワークの定着で、社外から情報を拾ってくる人が増えた
−−−−2020年卒の社員の方々は配属後もずっと「基本リモートワーク」ですが、例年の新入社員の活躍ぶりと比べ、違いはありますか?
事実として、成長がものすごく早いです。当社は通年採用ですが、4月1日に入社した9名の2020年卒社員のうち、すでに事業リーダーがふたり、事業部長もふたり生まれています。肩書きの話ではなく、自分のやりたいこと、やるべきことを実行し、自らが責任を持つという姿勢が早くから身についているように思います。
そこにリモートワークがどの程度影響しているかは分かりません。ただ、「先輩が横にいないからこそ、自分で勉強しなければ、情報を得なければという思いが生まれた」「ひとりでやる業務では、より集中できた」という声を聞いています。
また、新入社員に限らず、リモートワークが定着してきたことによる社員の変化として、社外から情報を拾ってくる人が非常に増えたと感じています。何か新しいことに取り組む時に、学生時代の先輩や社外のイベントで知り合った人に話を聞き、社内・社外の枠を超えて幅広い情報をもとに物事を考える人が確実に多くなっています。
目指すのはリモートワーク推進ではなく、働き方を選べる環境を作ること
−−−−御社のように「自由と自律」を重んじる文化があり、リモートワークの定着も影響してさらに社員がその力を強め、社内・社外の枠を超えて物事を考えるとなると、組織と個人の関係性も変わってきそうですね。
当社では以前からその傾向がありましたが、組織と個人の関係性に閉じず、個人、組織、社会の関係性をより意識する人が増えていく気がします。個人的にはこれは心強いことだと考えています。
例えば、当社ではリモートワークの定着で地方に移住した社員も少なくありませんが、「地方移住するなら、地方の人たちとつながり、コミュニティを自分で作る気概を持ってほしい」とよく話します。会社だけでなく、複数の場所にコミュニティがあることによって、精神的にも安定しやすくなるから、です。
−−−−リモートワークについて、今後進めていきたい取り組みは?
現在、当社で本人の意思に関係なく出社しなければいけない日が存在している社員は、感覚値で5パーセントほど。経理の責任者などごく一部の社員以外は自分の意思でリモートワークができますが、今年度が終わるまでにはこの5パーセントをゼロにしたいです。
数字にこだわっているわけではありません。そもそも当社ではコロナ禍でも出社を禁止にはしておらず、実は、僕も「自分のペースで出社したい派」。周囲の動きに逆行してオフィスまで歩いて10分の場所に引っ越しました。目指すのは、リモートワークを進めることではなく、働き方を選べる環境を作ること。働き方の選択肢を増やすことで、社員の生き方や成果の出し方の選択肢が増えてくれるといいなと考えています。
【2019年の入社時からリモートで働く】
ソーシャルメディアマーケティング事業部 中村 優さん
2017年5月にインターンシップ生として入社し、8月からは地元・広島でフルリモートワークでのインターンシップを開始。19年4月に正社員として入社後も地元広島で働いている。現在はソーシャルメディアのデータ分析基盤の構築と保守運用を担当。
不満を不満で終わらせない文化のおかげで、働きづらさは感じなかった
学生時代は「地元で働く」「東京で働く」の二択しかないと考えていたので、当社の採用面接でフルリモートワークを提案され、まさにコペルニクス的転回でした。今回の取材にあたり、「新卒フルリモートワーク」第1号として入社して以来これまでに働きづらいと感じたことを振り返ってみたのですが、実はあまり思い当たりませんでした。
もちろん、課題はたくさんありました。ただ私がガイアックスに入社した当時は、所属部署でリモートワークのあり方や、やり方をちょうど模索している段階でした。フルリモートワークについては会社も私も初めてだったので、提案したことは取り入れられ、うまくいかないことも振り返ってまた変えてとトライアンドエラーを自由にさせてもらえました。不満を不満で終わらせない文化のおかげで、働きづらさを感じなかったのだと思います。
部署内でリモートワークが定着するにつれ、自分も周りも重要性を意識するようになったのは、「ムダな時間」です。チームで仕事を進める上で、相手のちょっとした感情のゆらぎに気づけるかどうかが、仕事の進めやすさに影響することもありますが、リモートでは気づきにくく、コロナ禍前は定期的にオフラインでの会議や飲み会が開催されていました。コロナ禍以降はリアルでの定例会は見合わせていますが、その分積極的にオンライン上での雑談の時間を設けるようになりました。
入社以来地元で働き続けてきて興味深いのは、当社の業務領域のイメージが東京と広島の人たちでは異なることです。2020年から経営会議にも参加しているのですが、そうした広島で暮らしているからこそ得られる情報は積極的に共有するようにしています。広島で暮らし続けながら東京の会社で働くことによって、広島と東京が今までと違った形でつながって、新たな出会いやチャレンジのきっかけを生み出していけたらと思っています。
【2020年入社で研修も業務もオンラインで実施中】
スタートアップスタジオ 富士茜音さん
2020年4月、ガイアックス入社。2020年6月までは実家のある京都に滞在し、現在は東京のシェアハウスで暮らしている。現在は自身でワーケーション関連の新規事業立ち上げに取り組むほか、その他、YouTube「経営カレッジ」の運営などを担当。
フルリモートでも社内の情報を積極的に収集し関係構築できた
新入社員研修のオンライン化が伝えられてからオンライン入社式までは3日間ほどでしたが、業務用のパソコンの手配など会社の対応がとても早く、心強かったです。また、コロナ禍で社会全体に不安感が広がっている中、入社式の社長のリモートワークに関するお話がとても前向きだったのを覚えています。変化に対して柔軟な会社であることに魅力を感じました。
同期との関係性に新入社員研修のオンライン化はほとんど影響していないように思います。研修以外の時間に「Zoom」や「Slack」で話すこともありましたし、研修中のライフミッションをプレゼンテーションするプログラムもお互いの理解につながりました。その過程で「Zoom」のブレイクアウトルーム機能を使って1対1で話す時間も設けられていたので、相手の個性や、やりたいことがつかめました。
配属後はさまざまな事業にかかわっており、助け合うことでさらに新しい展開が生み出せないか一緒に考えたりすることもあります。研修だけでなく、それぞれがやりたいことを実現していく過程でのかかわりを通して、同期とも切磋琢磨しているように感じています。
入社してすぐフルリモートで働き、最初は不安を感じる余裕もありませんでしたが、私の業務は新規事業立ち上げで、企画時はひとりで業務を進める時間も多いため、ネットワークが広がりづらいと感じていた時期もあります。他の社員の活動は、それぞれが発信しているSNSを検索して大まかに把握してはいました。でも実際に聞くとなると、「聞いていいのかな」と迷ったことも。スタートアップスタジオでは、最初はひとつの案件を提案し、それを検証します。自分から動かないと進めない。そんなときに、上長からの紹介や、社内コーチング制度などを通して、誰に相談すればいいのかを教えてもらうことができたのは「あの人に聞けばいいんだ!」が分かりとても助かりました。
入社3日目からフルリモートで先輩の新規事業立ち上げに携わるという経験もしました。ビジネスを作ること、自分でオーナーシップを持って社会に新しいものを作り出したいとガイアックスに入社しましたが、今も新規事業の検証中で、リモートワークの度合いとは関係なく、それをやらせてもらえている実感があります。
取材・文/泉 彩子