景気動向に関わらず、石川県で新卒採用を継続してきた東振グループ。高度な即戦力人材の活用ではなく、新卒社員を「育てる」ことにこだわり、社内文化を継承するため、毎年採用活動を継続。大卒入社者の3年離職率1%、リストラなしの同社の、地方から世界を目指すための人材採用に懸ける熱意と社内文化醸成の軌跡について伺いました。
【いま、新卒採用に注力する理由】
Vol.6 東振グループ(株式会社東振精機/株式会社東振テクニカル)
経営企画部 部長 秦 恵介さん
(写真中央上。TOSHIN人財チームの皆さんと一緒に)
【Company Profile】
1956年設立。ベアリング部品の一部であるローラー専門メーカーとして、大手ベアリングメーカーに信頼される製品を世に送り出してきた東振精機。高精度な製品づくりへのあくなき挑戦を経て、工作機械の開発・販売へと結実した東振テクニカル。部品メーカーと機械メーカーの顔を持ち、約60年かけ石川県で東振ブランドを作り上げてきた。経済産業省「グローバル・ニッチトップ企業100選」に選定される技術力を携え、石川県から世界に羽ばたく。グループ従業員数680名(2020年12月時点)。
ローラーづくりから工作機械へ、挑戦の軌跡
今から約60年前の1956年に、初代社長が石川県金沢市でベアリングの部品である組込用円筒ころ(以下、ローラー)の製造を始めるため「東振精機」を設立しました。インターネットがない時代、情報流通が遅く、物流コストも高く、冬は雪が積もるという北陸の立地条件の中で、市場に通用するものづくりをするために選んだのが、ベアリングのローラーでした。小さな製品であれば、輸送コストや気候の影響を小さくできると考えたからです。
ベアリングは、工作機械、建設機械、電子機器、車、家電などあらゆる機器に使われ、機械の中で回転する軸を支える重要な部品です。当社の創業時は、ベアリングメーカーが、ベアリング部品も全て自社製造。そこへ当社が、ベアリング部品のひとつであるローラーを専門的に製造し、提供し始めました。競合はベアリングメーカーの内製部門でしたが、ベアリングメーカー側は、東振精機に発注した方が品質もコストも良いと、当社のローラーを選んでくださるようになりました。現在では、国内のほとんどのベアリングメーカーとお取引があります。
創業から26年後の1982年、東振精機は新たな事業の柱を作るための挑戦を始めます。市場で誰にも負けないローラーの付加価値を付けるには何をすればいいのか――。至った結論は、当社のローラーの加工精度をもっと上げるには、他社の工作機械では限界がある。当社が求めるレベルの精密研削(けんさく)加工ができる工作機械を独自開発する、ということでした。こうして、精度の高い製品を生み出すための、精度の高い工作機械を作るメーカーとして、「東振テクニカル」が誕生しました。
しかし、東振グループ内で使う工作機械を内製していても、事業としては広がりません。では、サブミクロン(1/10,000ミリ)の精度で研削できる工作機械が必要なところへ販売していけばいいのではないか。こうして東振テクニカルは、製造する製品の材質・品質が共通する、ベアリングの内輪・外輪などの部品を研削するための工作機械を製造・販売することになり、新たな東振グループの事業の柱となりました。
東振グループとして挑戦と努力を重ね、日本国内でベアリング部品メーカーとしての地位を築いてきましたが、国内のベアリング市場は成熟してきています。私たちは現在、海外のベアリング市場に目を向けています。海外市場は、約1/3をヨーロッパが、約1/3をアメリカ、約1/3をアジア地域が占めています。特に、アジアの中でも市場規模が大きい中国では、地元企業と外資系企業、またはその合弁会社が混在して市場を拡大しています。東振グループも、日本最大手のベアリングメーカーと合弁で中国工場を稼働させており、日本のベアリングメーカーの海外展開にも重要な役割を果たしていると感じています。
現在の東振精機の売上の約90%は国内で、海外への輸出は約10%です。一部のローラーでは、国内シェア8割まで伸びています。
今後は、ヨーロッパやアメリカのベアリングメーカーに東振精機の部品を知ってもらい、海外への輸出割合を増やしていく計画です。ヨーロッパ、アメリカの大手ベアリングメーカーは、中国に工場を複数展開しています。まずはそれら企業の中国拠点への部品供給を増やしていきたい。当社にとって、中国市場は工場進出先でもあり海外販路拡大先でもあるわけです。
東振テクニカルの工作機械は、海外で使用されているものが約4割ありますが、基本的には国内メーカーが海外に工場を作る際に使ってくださるもの。工作機械も、今後は海外メーカーへの輸出割合を増やそうと力を入れています。
景気に左右されず、人「財」を採用し育て続ける
東振グループには、現在約700人の社員がおり、景気動向に関わらず5~10人の大卒者の採用を毎年続けています。私が企画部に入った約20年前から、人「財」と表現しており、人は財産だというのが創業者の考えでした。地元石川県で働きたい人をしっかり育てて、立派な技術者にしていくという思想が根本にあり、社員のための環境づくりに尽力していることは、大卒社員の3年以内離職率が約1%という数字にも表れています。今年の売上はコロナ禍の影響で、前年比で若干低く推移しています。ですが2021年卒採用の採用人数は、2020年卒採用より2人増員しました。2022年卒採用も止めません。採用を1年でも止めてしまうと、会社の文化が継承されなくなっていくことを懸念し、採用は継続。そこには、経営が厳しいときでも人財を採用し育て続け、その人財が3~4年後に活躍する機会を提供できるように、中長期的な経営を考えていくという、創業者の信念が受け継がれています。
現社長が「大家族主義」と表現するように、せっかく東振グループに入ってくれたのだから、家族のように、石川県で一緒に働いていこう、という現経営陣の姿勢にも支えられています。コロナ禍でも非正規社員を含めて一切リストラしていないことからも、その姿勢は伝わるのではないでしょうか。
景気に左右されず一定数の社員採用ができるのは、「創る考える」を社是とする当社の、常に新しいものを「創る」ことに挑戦し続けてきた姿勢によるものだと思います。一代目で東振精機の主力製品となるローラーを作り、二代目で東振テクニカルという機械メーカーを作り、今の三代目で海外展開を推し進めたり、技術開発を続けながら新規事業を立ち上げたりしようとしている――。社是に導かれる「先ずやってみよう。そこから思考へのヒントが見えてくる」という行動指針に従い、若手から経営層まで、失敗を恐れず、挑戦をいとわない姿勢が根付いていることで、事業展開の実績につながり、経営への自信となって表れているととらえています。
理系のみ採用からの転換。石川から世界に羽ばたく人材を全学部から採用していく
さらに、2020年卒の新卒採用からは、文系学生の採用も始めました。大卒社員はほとんど理系出身者でしたが、今後の海外事業展開を見据え、さまざまな分野で学んできた力が必要だと、方針を大きく変えました。三代目社長へ変わり、中期経営計画を作成する中で、先輩方の個々の力に頼った経営から、原価購買、営業、生産管理、品質管理、人事、経理と多岐に渡る複雑な対応を、組織の力で取り組む経営への変革が必要と判断したことに起因します。
私見では、大学は勉強をするところというより、勉強の仕方を覚える場所だととらえています。文学部出身でも法学部出身でも、学び方がわかっていれば、東振グループで活躍する場はあると考えています。また、多くの技術者を育ててきたため、さまざまな業務を担当してもらううえで知っておいてほしい技術は、入社後にしっかり教えることができる自信があります。それよりも、東振グループで働きたいと真剣に思い、誠意を持って仕事ができる方を、広い分野から採用したいという方針です。
もはや終身雇用の時代ではありませんが、当社が採用した以上は、本人が納得するまで働き続けられる環境を整えていきたいと思っています。当社で働く人たちが抱える、仕事以外の不安や悩みについても支えられるように、産業保健師を正社員として雇用し、社員からの相談に応じられる体制を整えています。
工場に醸成されたカルチャーに共感できる人を大事に
東振グループでは、入社後1~2年間は工場勤務です。工場勤務の目的は、東振精機のローラーを東振テクニカルの機械で削り、両者の技術力を学ぶこと。2年間の工場勤務の中で、仲間が苦労していることや、必要としていることを肌で感じ、仲間のために技術開発する機会を経て、東振グループのカルチャーを学び、人間関係を構築していきます。
そのため、採用時の会社説明会では必ず工場見学を実施します。驚かれる言い方かもしれませんが、当社の一番古い工場をお見せしています。当社の売上・利益を生み出している現場のありのままの姿をしっかり見ていただいたうえで、入社してほしいと思うからです。工場へ学生を案内すると、社員同士の交流の様子を見ていただくことになります。役職や年齢を越えて、フラットにコミュニケーションを取っている様子を、実際に自分で見聞きすることで東振グループを理解し、「ここで頑張っていきたい」と思った人が入社しています。
価値観の合う会社を選んでほしい
会社説明会で、虚飾なく学生に伝えていることは、採用基準や社内教育への想いや入社者への期待です。年によって若干内容の変化がありますが、一貫して伝えているのは、「石川から世界を相手に挑戦してほしい」ということです。
東振グループは、創業約60年で、売上高約100億円です。ローラーのように小さいものを製造しているので、売上高自体は低く見えるかもしれません。しかし、大きいものを販売して売上高が高くても、利益率が低ければ、会社に残る利益=人や工場への投資に回すことができるお金は、そこまで多くないはずです。当社は幸いにして利益率の高い部品を製造しています。そして、事業で得た利益は優先的に、工場設備や研究開発、そして人「財」への投資に回しています。ですから、華美で見栄えのする社屋は持っていません。
東振グループの人事として、やはり大事なのは、会社がどれだけ従業員のことを思っているか、ではないかと考えています。こうした価値観が自分と合っている会社が、一人ひとりにとっていい会社ではないでしょうか。
取材・文/衣笠 可奈子