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2025.12.24

求職者の点を見る「お見合い」から、人生ストーリー(線)を見ていく新卒採用へシフト|トヨタ自動車 森谷 彩子さん

識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.17

就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、トヨタ自動車株式会社 人材開発部の森谷彩子さんのお話をご紹介します。
 

トヨタ自動車株式会社
人材開発部 組織開発・育成室 室長 
森谷彩子さん

【Profile】

大学卒業後、金融業界で営業・広報・人事部門でキャリアを積んだ後、2015年トヨタ自動車へ転職。入社後は人事部門で、採用、能力開発、組織開発全般を担当。2023年1月より現職。

 

自分らしいキャリアの実現のために、「自分がやりたい」と「周囲から期待されている」ことをすり合わせる

当社には、「モノづくりは人づくり」という考えがあります。誰かの為に、という思い、知恵と工夫、高い技術と技能、これらを身に付けた人材が現場で育っていること、これが現場力であり、トヨタのモノづくりの基盤です。
 
自動車業界は100年に一度の大変革期と言われており、私たちは自動車メーカーからモビリティカンパニーへの変革に向けてさまざまなチャレンジをしています。何が正解かわからない中、守り、育み続けるものは何なのか―。お客さまから選んでいただけるためには、私たち社員一人ひとりがトヨタらしい人づくりの“心“を理解し、自分以外の誰かのために行動することを大切にしなくてはならないと感じながら悩む日々です。
 
近年は、新卒、キャリアの従来の採用の考え方を見直し、多様な価値観や能力をもつ本当に沢山の方に仲間になっていただきました。ひと昔前の日本の就職活動は、平たく言うと“企業が学生を選ぶ“というイメージが主流だったのに対し、現在は、”学生は企業を選び“、”企業も学生を選ぶ“といった選び選ばれる対等な関係性に様変わりしたと思います。
 
弊社も、新卒採用においては、学生が希望するコースを選んで応募し、職場とマッチングすれば採用するというコース別採用を取り入れています。新入社員の配属先決定については、ひと昔前は人事が適性を見て判断していたこともあったようですが、今は新入社員全員に対して、希望する仕事をヒアリングしたり、新入社員の仕事イメージと現実のギャップ解消などを丁寧に行う配属面談を経て配属先を決定します。入社後は、上司との定期的にキャリアや異動先を相談する面談、全社共通の公募制度、若手社員限定の公募制度、キャリアを棚卸する研修など、自分らしいキャリアを自律的に形成する様々な仕組みを整備してきました。ただこれらは仕組みに過ぎず、最も大切なのは、やりたいこと(will)とできること(can)と(自分以外の周囲から)やってほしいと期待されていること(must)の3点が重なり合わさるところを上司と部下ですり合わせ、チャレンジテーマを決めることです。
 

仕組みを活用するのは人間。人間同士の対話こそ重要。

先述のような仕組みや機会を会社が用意すれば、人が育つわけではありません。仕組みを活用するのは“人“であり、組織の中に、メンバー間、上司部下の間で本音の対話をする基盤があってはじめて人が育つサイクルになっていくのだと思います。日頃から、お互いが何を考え、悩み、取り組んでいるのか、に関心をもち、上司部下の関係だけでなく、ナナメやヨコの関係含めた対話の促進こそが組織での成果発揮に大きな役割を果たしていると実感しています。
 
また、一般的に、上司世代とメンバー世代の価値観ギャップなどについて見聞きすることがよくありますが、このような場面においては、メンバーへの寄り添いばかりに着目しがちですが、上司がメンバーに寄り添うだけでなくてお互い様です。メンバー側にも価値観の異なる他者を受け入れる努力をすることの大切さや、相手の状況を想像し、コミュニケーションを変えていくアプローチも同時に行っています。
 
「大きな組織だからこそ、まずは目の前の人との対話をおざなりにせず、目の前の人や家族、近くにいる人との信頼関係をしっかりと築き、幸せになってもらうことが大切で、そうやって仲間の輪を増やしていくことなんだよ」、と上司に教えられたことがあり、今でも大切にしています。その上司からは、「想像力は優しさ。優しさは想像力」とも教えられました。わかったふりをしない、わからないこと、見えないことを想像する力を養っていけるように行動することは、今のような時代だからこそすべての世代で共通しているように思います。
 
トヨタは創業以来、労使の話し合い然り、“対話“というものを大切にしてきました。年間を通して、あちこちでさまざまなコミュニケーション施策が行われています。最近のトピックでは、主に上司向けにメンバーの思いや考えの引き出し方を学ぶコーチング要素が詰まった手挙げ制の対話力向上研修が、応募開始と同時に満席になる盛況ぶりです。これもまた、メンバーと真剣に向き合い、力を引き出し、選択肢を提示できるようになりたい、という危機感をマネジメント(上司)層が強くもっている表れではないかと感じているところです。
 

ガクチカだけでなく、その人が生きてきた人生の山谷のストーリーを教えてほしい

新卒採用活動の選考プロセスも双方向に対話をすることを大切にしています。オンライン面接が主流となり、生成AIやテクノロジーの進化により、採用活動スタイルも変化しています。私も年間を通して沢山の学生さんとお会いするのですが、その人が心から大切にしていることやその人ならではの情熱になかなかたどり着けない難しさを感じてきました。
 
そんな課題感から、まず、エントリーシート(以下ES)の枠組みを変えてみようということで、足元27卒の新卒採用のESからは、いわゆるガクチカ(学生時代に力をいれたこと)だけではなく、ライフラインチャートのようなものを提出していただき、大学時代、という一点におさまりがちな対話の質を高め、深ぼる一助になることを目指します。その人の人生の根っこにある価値観は、大学時代の一点ではなく、中学高校あるいは幼少期まで遡り、何を大事にこれまで生きてきたのか、という線で見ていける採用活動に変えていきたいと思っています。
 
就職は、学生から社会人というステージは変わりますが、これまでの人生の続きを紡ぎ続けるためのスタートラインに立つことにすぎません。日本においてこれからも新卒採用というのはなくならないと思いますが、就活生=大学3年生、という構造も将来変わってくるかもしれませんね。
 

採用活動は社員育成につながる大切な企業活動

トヨタの採用は、人事が前面に出るのではなく、一線の現場で活躍する社員を職場が人選し、動員する活動スタイルをとっています。私が他社からトヨタへ転職してきて、採用に携わるようになって驚いたのは、日中忙しい仕事をしている社員が、週末対応含めた採用活動に貢献したい、と(職場から推薦されようがされまいが関係なく)立候補する社員がとても多いことです。
 
立候補理由は、若い人にトヨタのクルマづくりを知ってもらいたい、トヨタのことをもっと知ってほしい、(トヨタを志望するしないに関わらず)学生のキャリア形成を応援したい、自分の就職活動時にお世話になった先輩社員への恩返しのつもりでやってみたい、トヨタや仕事内容を初めて話を聞く人に説明するのは自分の成長の機会になるから、と本当にさまざまですが、トヨタが大切にする人づくりに関わる意義が社員にしっかりと浸透していることを感じています。社員と話をしてもらったり、実際に職場を見てもらった学生の接続率は非常に高いという数字も出ており、トヨタらしい採用活動のカタチとして守っていきたいと思っています。
 
今後、国内の労働人口はますます減少していくといわれており、あらゆる世代での人材育成は、産業全体力を合わせて、一緒に取り組んでいきたいと思っております。
 

取材・文/田中瑠子 撮影/刑部友康

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