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2024.06.18

大学・行政・企業と3者間の連携で、多様な働き方を実現できる社会づくりを

識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.10

就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、山形大学キャリアサポートセンター センター長 松坂暢浩さんのお話をご紹介します。
 

国立大学法人山形大学 学士課程基盤教育院 教授
山形大学キャリアサポートセンター センター長
松坂 暢浩さん

 

【Profile】

博士(学術)。大京グループ、株式会社リクルートの民間企業2社を経て、キャリア・コンサルタントとして独立。2011年より山形大学小白川キャンパスキャリアサポートセンターの教員として着任。内閣府、経済産業省、山形県等で、地方圏における若者人材の定着・育成に関する有識者委員を歴任。2018年12月「大学等におけるインターンシップ表彰(文部科学大臣賞)」最優秀賞を受賞。

地方で活躍する人材の採用と育成に取り組む企業と大学が連携し、地域を変える

 
働く人のニーズに寄り添う企業を紹介し、学生と地方企業の意識を変えていく
 
労働人口が急激な減少を続ける中、地方においては、若者人口の減少、流出が顕著です。従来の採用や育成の方法では限界があると感じています。特に、人口流失が止まらない地方圏の企業は、今後10年で、若手人材の新規採用のみならず、中途採用も厳しくなると思います。
 
企業側にとっては、多様な個人の価値観に応じた働き方や働く場を選択できる環境をつくっていくことが急務であると考えます。
 
私は2011年に山形大学に着任していますが、当時から、地域に魅力ある企業があったとしても、学生に情報が届いていない状況が続いていました。そのため多くの学生が、地域で就職するという選択肢を持つことなく、首都圏の企業に就職していました。そこで、地域の企業が持つ魅力を整理・翻訳した上で、学生にわかりやすく伝える役割を率先して担ってきました。また、行政と連携し、企業向けのセミナー等で、学生に対する情報提供の重要性を訴えてきました。特に、地方企業の中には、採用ページや魅力を伝える動画がなく、仮にあったとしても更新がされていないなどの課題があります。地域で活躍できる若手人材を、地方から流出させないためには、大学と行政、企業とがスクラムを組んで地方で働く魅力を発信していく必要があります。
 
今も年間40~50社の企業訪問やコミュニケーションを重ね、連携を深めていますが、“良い兆候”のある企業は徐々に増えています。
 
例えば、県内にある真空装置部品の機械加工と組み立てを行うメーカーは、勤務時間を自由に選べる独自のフレックスタイム制度を取り入れています。これにより、社員自身のライフスタイルに合わせて勤務時間を調整できます。ある学生がインターンシップに行き、「勤務時間が偏って業務に支障が出るのでは」と質問したところ、「すべての業務や納期が可視化されており、また社内で共有されているので滞ることがない」と言われたそう。社内に浸透している、従業員のことを第一に業務の在り方や働き方を柔軟に見直していこうという姿勢に、その学生はとても感銘を受けていました。
 
ほかにも、県内にある老舗の建築資材(ガラス)の卸売・小売を行っている企業では、経営者の世代交代を機に、インターンシップの受け入れを通じて社内の活性化につなげ、離職率の低下や継続的な大卒採用に成功しています。また、学生から「家賃手当」の要望があると聞けば、すぐに制度を導入するなど、働く側の視点に立ち、柔軟かつスピーディーに変えていくことで、働きやすい環境づくりを実現しています。
 
こうした企業は、大手企業に比べて知名度が低い状況にあっても、働きやすさと働きがいを追求しています。そして、それらを様々な機会で発信する中で、着実に採用実績をつくっており、売り上げを伸ばしています。私としても、働く人のニーズに寄り添い、変革に取り組み続ける企業の情報を、“えこひいき”と言われるかもしれませんが、学生へ積極的に紹介したいと考えています。それにより、学生に知ってもらうことに加え、地域の企業に「地元にこんな取り組みをしている会社があるなら真似してみよう!」と思ってもらうことで、「自分たちも今からやらないと間に合わない」と危機感を持ち、変革に取り組んでくれることを期待しています。
 
しかし、企業側が、これまで述べてきたような変革に取り組み、成果につなげていくためには時間がかかります。私は、大学で就職支援に携わる者として、学生が働きたいと思える企業を地域に増やしていきたいと考えています。実現するには、行政も巻き込みながら、企業に「一緒に変わっていきましょう」と、繰り返し働きかけることが大事です。特に、地方大学は地元での就職を希望する学生が多いため、転勤や異動など、企業都合が優先される制度などは変えていってほしいと思っていますが、正直難しいのが現実です。まずは、「多様な働き方の提供」を実現した地域の企業事例を紹介するなど、少しずつでも企業側の意識を変えていくことを目指していきたいです。
 
年末年始の休暇を有効に使える、12月情報解禁ルールに戻しては
 
新卒採用の在り方については、就活ルールの見直しは必要だと思っています。すでに形骸化し、有名無実な状態ですが、学生と企業、大学にとって一定の目安はあったほうがいいでしょう。
 
個人的な意見としては、2015年卒の「12月広報解禁、4月選考開始」のスケジュールはなかなか良かったのではないかと思っています。年末年始を実家で過ごすなかで、自己分析や企業研究に取り組んだり、保護者に将来のことを相談したりする時間をつくることにより、「年明けから頑張ろう!」という気持ちで、新たな年を迎えられるでしょう。
 
現状は、3月に採用情報解禁と言われながら、実際は選考が行われており、内々定まで出している企業も多くあります。ルールをどう定めても早期に動く企業は出てくると思いますが、今の実態に合わせて、スケジュールを早めた12月広報解禁にルールを戻してもいいのでは、と思っています。
 
低学年のオープン・カンパニー参加は歓迎すべき変化
 
学生が社会や働くことについて考え、自身のキャリア観に向き合う時間は、低学年のころから持つべきだと思っています。その点で、学年不問で参加できる「オープン・カンパニー」は大歓迎。学生が仕事に対して大事だと思う基準を模索するためにも、社会を知る機会を早々につくっていってほしいです。そして、広く情報に触れた上で、就業体験を伴うインターンシップに参加することで、自分にとって“働く”とは何か、考えを深めることができるでしょう。
 
学生の中には、「インターンシップに参加するので授業を休みます」と言ってくる人もいます。大学側としては、企業側に学業の弊害になる時間帯での実施は再考してほしいと思います。しかし、企業側もまたオープン・カンパニーやインターンシップに力を入れて、学生に自社理解を深めてほしい…と考えているでしょう。そうであれば、大学の授業として一緒にプログラムをつくっていけばいいのではないかと前向きにとらえています。キャリア教育のなかで連携して取り込んでいけば、学業に支障が出たり、就職活動の早期化が課題になったりすることも減っていくでしょう。
 
地方ならではの課題としては、学生がオープン・カンパニーやインターンシップに参加したいと思っても、地理的、物理的、金銭的な負担が大きいという課題があります。企業側が「就業体験に来てください」「現場を見に来てください」と言っても、車を持っていなければ行けない場所に職場や工場がある場合が少なくありません。オンラインの活用は進んでいますが、リアルに知る機会もまた大事です。企業がせっかく積極的に取り組んでいるのに…と、もどかしさを感じることも多く、このような点について対策を考えるべきだと感じています。
 

多様な学生に対する門戸を開き、誰もが活躍できる社会へ
 
就職活動ルールをどう設定しても、企業が発信を強めても、就職活動に出遅れてしまう学生や面接が通らずに活動が長期化してしまう学生が一定数います。また、学生の中には、卒業を優先し、既卒者として活動を継続する者もいます。最近では、発達障がいの学生の就職相談も増えています。このような学生を“誰ひとり取り残さない”ための就職支援が大学の役割であり、彼らに寄り添える存在として、大学のキャリアセンターがあればいいなと思っています。
 
ぜひ企業側には、そういった多様な学生に対する採用を前向きに考えていただけたらとお願いしたいです。門戸を広げる企業が増えれば、貴重な若手人材が、もっと活躍できる社会になっていくと思います。
 
また、大学の職員は異動があるため、企業と大学、行政と大学の間に立ってコーディネートできる専門人材が不足しています。例えば、就職支援サービスを提供する民間企業等が、コーディネーターとして連携を深めてくれることが理想です。大学の理念や考え方に共感してくれる方とタッグを組むことで、これからの10年で変化を生み出していきたいと思っています。
 

文/田中瑠子 撮影/刑部友康

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