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就職みらい研究所とは
2023.10.10

日本全国の大学に広がる実践型リーダーシップ開発がもたらす”社会で生きる力“

これからの「働く」を考える Vol.22

立教大学や早稲田大学を皮切りに、全国さまざまな大学に広がっている「リーダーシップ開発」。今、実践型のリーダーシップ開発が求められている理由や特徴、プログラムを通じて得られる学びとは何か。国内外の企業の人財開発を手掛けながら、両大学でリーダーシップ開発を提供している内藤博之さんにお話をうかがいました。

 

株式会社パスウィーヴ
代表取締役社長
内藤博之さん

【Profile】

慶應義塾大学 総合政策学部卒業後、ユニリーバに入社。世界中のリーダーやチームと連携しマーケティングを手掛け、日本、インド、シンガポールにてビジネスマネジメントを学ぶ。2015年に同社を退職後、株式会社パスウィーヴを創業。一人ひとり異なるキャリアの原動力で、その人ならではの価値創造の力となる人財ブランド開発事業を立ち上げ、50業界以上の社員と企業の共成長に関わる。パスウィーヴ代表取締役社長のほか、立教大学 特任准教授、早稲田大学 非常勤講師、立教新座高校キャリア・リーダーシップ非常勤講師(2020年度)、桜美林大学ディスカバ企画ファシリテーターなどを担当。異業種や営利非営利を超えて、産総研デザインスクール、フィリピンの児童養護施設(CMSP)、久野塾アクシススクール、JSBN(未来塾)など、人の多様な力を引き出し、キャリアの原動力で本人が活躍し、その人を社会とつなぐ、さまざまな活動を行う。
 
【大学に広がるリーダーシップ開発プログラムとは】
誰もが人それぞれ異なるリーダーシップスタイルを見つけ、発揮できるように練習を通して学ぶ、全員発揮型リーダーシップ開発の授業のこと。例えば、立教大学で始まった、リーダーシップ開発プログラムは、2008年に文部科学省・日本学術振興会「教育GP(Good Practice)」に選定、2011年に「質の高い大学教育推進プログラム」全国トップ15として、最高ランクの認定を受けた。2011年日本アクションラーニング協会年間賞、2014年世界アクションラーニング機構World Institute for Action Learning (WIAL,本部ワシントンDC)Academic Sector Awardを受賞。全員発揮型リーダーシップ開発の授業は、今は約30大学に広がっている。

 

実践と振り返りを重ね、自分らしいリーダーシップに気づき、行動に変える

 

―「大学におけるリーダーシップ開発」とは、どのようなカリキュラムで何を学べるものなのでしょうか

 
大学によってプログラムは異なるのですが、リーダーシップを、「目標に対して、自分が他者に与える前向きな影響」と定義し、学生が自分らしいリーダーシップに気づき、発揮するための実践と振り返りの機会を提供しています。
 
その際、リーダーシップといっても人によって捉え方が異なるので、「リーダーシップ最小3要素*」を活用し、誰もが授業内外でリーダーシップ実践をできるよう支援しています。具体的には、チームで「目標を設定・共有」し、「率先垂範」し、メンバーと連携しやすい状況を作る「相互支援」を進めていきます。立教大学では、環境整備ということも要素に追加するなど、常に発展しています。

*リーダシップ最小3要素とは: リーダーシップ開発を日常で誰もが取り組めるように、立教大学のリーダーシップ教育立ち上げから10年、現在早稲田大学で8年教えられている日向野幹也教授が提唱したフレームワーク

 
大切にしているのは、学生が自分らしいリーダーシップに気づき、行動に変えられること。そのため授業の多くは4~5人の少人数グループでのアクティブラーニングで進められます。例えば、大学1~2年生が中心に受講する入門科目では、企業との連携で、企業から与えられたテーマに対する提案をグループで話し合い、最終プレゼンに向けて準備を進めます。
 
例えば、立教大学のグローバル・リーダーシップ・プログラム(GLP)で産学連携に協力いただいた企業は、ユニリーバ、スマイルズ、レゴジャパン、フォースバレー・コンシェルジュ、世界遺産アカデミーなど、業界も業種も多岐にわたります。どの企業も、世界と生活者の視野で多様なリーダーシップや価値創造を大切にされていると考え、相談させていただきました。学生に本気のフィードバックをくださったことが、学生にとって大きな刺激となり、忙しい中お時間を割いていただいた企業の皆様には感謝しかありません。
 
例えば、レゴジャパンによるプロジェクトテーマは、「レゴ®ブロックで遊んでいない子どもたちがその楽しさに気づき、保護者も喜んで購入したくなる、新提案を考えよ」でした。テーマとして、新たなビジネスプランの立案を求められることもありますが、プログラムの目的はあくまでも「リーダーシップ開発」です。
この授業は全学部の学生や留学生を対象にし、多様な学生とともに学ぶ環境をつくっています。実践をした上で、振り返りや他者からのフィードバックを受けて、学びを抽出します。そして、その学びを次の実践につなげる「経験学習サイクル」を回します。
 
プロジェクトを通じて自分がどんな行動を率先してとったか、チームに対してどんな働きかけをしたか、チームメンバーの行動からどんな影響を受けたかなど、毎クラスの振り返りで言語化していきます。学生にとっては、プロジェクトを進めるだけでなく、授業の振り返りを毎回課題として提出をする必要があるため、簡単ではありません。ですが、その振り返りを繰り返すことで、「自分らしいリーダーシップ」を自ら考える機会になります。何よりチームからフィードバックをもらう機会を重ねることで、一人ひとりが、自分の人間関係のつくり方や、チームへの貢献の方法、心地よいコミュニケーションの取り方、信頼の築き方などに気づいていきます。自分自身にも自信が持てるようになっていくようで、そこが学生自身にとっても喜びであることが伝わってきます。

 

立教大学のクラス「グローバル・リーダーシップ・プログラム(GLP)- GL101」でのクライアント企業へのプレゼンの様子。協力企業のCEOや各部門のリーダーより、直接多様なフィードバックをいただき、実社会でも通用するリーダーシップを体感していく。

 
―そもそも内藤さんが、“リーダーシップ”について考えるようになったきっかけを教えてください
 
私はもともとユニリーバで約10年間、ブランドマーケティングを担当していました。
大きなターニングポイントになったのは、シンガポール赴任中、グローバルマーケティングとして、約50カ国の海外拠点に向けて、ある商品のブランド展開をリードしたことでした。
 
私はネイティブのように英語を話すことはできません。また、数カ国のために働くことはあっても、世界中の人のために働く経験は初めてでした。当時は顔の見えない電話会議のみで「顔も見えないまま、世界中のメンバーとの信頼関係を築くことは、そもそも可能なのか」と疑問に思っていました。
でも3~4カ月経つと、ヨーロッパの国々や中国、トルコなど幅広いエリアのメンバーから「あなたと一緒に仕事がしたい」と連絡がきたのです。
私がとっていた行動は、自分の強みを活かし、とにかく相手の立場に立って一緒に考え、新たな方法を提案し、チームとして行動することでした。例えば、トルコのチームでテレビCMの展開がうまく進まないときは、その理由を聞き、「一緒に上司に説明をしにいこう」とメンバーサイドに立って、トルコのリーダーに直接、オンラインで話をする時間を作りました。
 
共通目標に対して、思いやりをもって人に接することで信頼が生まれ、解決につながっていく。その体験は、自分なりのリーダーシップのあり方を考えるきっかけになりました。自分の強みを知ることにもなり、世界中のどこにいても、どのように貢献できるかを考えられるようになったのです。これは、人がキャリアを創る力にもなるし、社会人だけでなく、社会に出る前の学生時代から学ぶ意味があると考えるようになりました。

 
―そこから、どのように大学生に向けたリーダーシップ開発に携わるようになったのでしょうか
 
ユニリーバを退職後にパスウィーヴを立ち上げ、ビジネスパーソン向けのマーケター育成やリーダーシップ開発ワークショップを独自で開発していたときに、名刺にグローバル・リーダーシップと書いていたんです。それを見た方から「同じ名前のプログラムだから、ぜひ大学でも提供してほしい」と声をかけていただき、一度、授業を持つ機会をいただいたことが始まりです。
 
参画を決めたのは、私が学生時代から大事にしてきた想いや、独立して創ったワークショップに込めた想いと、大学で展開されているGLPが大事にする想いが一致していたから。それは、「権限なきリーダーシップ(Shared Leadership)のもと、多様な人と手を取り、答えのない課題解決に取り組もう」という考えがベースにありました。
これまでは権力を持ったカリスマ的なリーダーに頼っていればよかったけれど、今はトップも含めて、答えが分からない複雑性の高い社会になっています。そのような時代に、新しいリーダーシップ開発が必要だと、立教大学や早稲田大学で一緒にプログラムをつくり、参画させていただくことになったのです。

 

リーダーシップ開発を経ても、社会との接点となる就職活動で悩む学生は多い。そんな現状を見て、内藤さんが立ち上げたクラスが「キャリア・リーダーシップ GL302」(立教大学)。自分を動かす原動力や好奇心に気づき、お互いに発表し合う中でそれを言語化し、実践に移しながら、自分の原動力で社会に新たな価値を生むことを学んでいく。

 

チームとしてのビジョンをゼロから創り上げ、SA(Student Assistant)・学生・教員全員でリーダーシップの実現を実践する様子 (早稲田大学)。理論とスキル、問題解決プロジェクトをはじめ、自分のリーダーシップのみならず、他者のリーダーシップを鍛えることを目的に、授業設計・ファシリテーションを実習で学ぶ発展科目もある。

 

仲間のフィードバックから、自分の強みや特性に気づいていく

 
―大学生へのリーダーシップ開発を通じ、学生たちはどう変化、成長していきますか
 
自分自身への理解が深まり、他者との手の取り合い方が広がることが、リーダーシップ開発がもたらす本質的な価値の一つだと考えています。
 
例えば、立教大学GLPの応用科目には「質問力を活かしたリーダーシップ」のクラスがあり、「質問会議」というアクションラーニングを活用しています。
「質問会議」は、大手企業の研修でも使われているリーダーシップ開発手法の一つで、質問によってのみ問題解決を図っていくものです。4~6人ほどのグループで、問題提起者と質問者、ファシリテーターの役割に分かれ、問題提起者が示す課題や悩みに対して、周りのメンバーは意見を言うことなく質問のみを投げかけます。質問に答える中で問題の本質に気づいたり、本当は違うことに悩んでいたことを発見したりできるのが、質問会議の特徴的なところ。誰も答えを持っていないし、正解も分からない。その中で、本人が答えを見出せるような環境をグループのみんなで作っていくことで、学生も多くの気づきを得ていきます。
 
質問会議を終えたあとは、「誰のどんな質問や働きかけが、自分の気づきにつながったか」「解決策を引き出すために、グループ内にどのようなリーダーシップが見られたか」といった振り返りを行い、学生同士、お互いへフィードバックを伝えます。
すると、「〇〇さんが話しやすい雰囲気を作ってくれた」「ほかの人の質問をすごくよく聞いている」などさまざまな声が寄せられました。他者との関係性の中で、本人がどのような影響を与えたのかを捉えながら、本人だけでは気づきにくい自分の特性や強みを知る機会につながります。

 

英語科目で「質問する力」を学ぶLeadership through Inquiryの授業。外国人留学生が多く受講しており、学生のバックグラウンドはより多様になる。英語力にもばらつきがあるため、相手の立場に立った言葉の選び方、伝え方をより実践的に学ぶ機会となる。

 
GLPの質問会議では、学生が知り得ないさまざまな分野で働く社会人を「問題提起者」として招待し、学生たちに質問者になってもらいます。すると、ほぼ全ての社会人の皆さんが、「もやもやとした悩みを言語化していく力が長けている」「他者へのフィードバックの内容が濃い」と驚きます。
実践と振り返りで自己認識を深め、リーダーシップ行動を変えることや、質問力によって他者と関わり合うスキルを磨いていく。その経験は、社会人になってうまくいかないことにぶつかったときに、「自分は今何ができていて、何ができていないのか」「では、こうアプローチを変えてみよう」などと、他者と関わることの影響を捉え、不満を前向きに変えることにつながっていきます。それは、自身にとっての問題やストレスをマネジメントしていく力にもなると感じます。

 
―関わられている全員発揮型のリーダーシップ開発の特徴の一つに、学生が授業を運営するSA(Student Assistant)制度があります。学生がファシリテーションをする意義をどうお考えですか
 
SAのあり方は大学によって異なります。早稲田大学では授業運営を学ぶことそのものが一つのカリキュラムになっています。立教大学では、学生が授業運営を実践していきながら、担当教員と学びを深めていきます。
 
受講生にとっては、自分と同じ大学生が授業をファシリテーションしていく姿が刺激となりモチベーションが高まったり、より高いレベルを目指すようになったりと、「ピア・エフェクト(切磋琢磨しお互いを高め合う効果)」が期待でき、学生同士で学び合う、いわば、学習するチームになっていきます。
SAにとっては、多様なリーダーシップの実践の場として、自分の学びにもなり、学ぶ場を作り、誰かの成長に関わることもできます。
プログラムでは、一人ひとり、自分らしいリーダーシップを大事にしているため、授業では「誰一人置いていかない」ことが前提となります。でも実際には、多様性への寛容度は人によって違いますし、「あの子苦手だな」とか「嫌われているのかもしれない」などと感じることは人それぞれでしょう。それでも、あきらめずに相手を思いやり、向き合うという、社会人がマネージャーになって経験するようなことを学生のうちに経験することができます。リーダーシップ開発は、日常でも実践を重ねられるので、本人は小さな行動を繰り返し、加速度的に成長する力を手にしていると感じます。
 
人と手を取り合う経験はアルバイトやサークル、部活など、日常生活でも積むことができますが、“実践練習”の場として、SAは、教員がいる安心感の中で、徹底的に失敗ができます。思いきって挑戦しやすい環境もまた、SAの体験価値につながると思います。

 

SAに求められる役割は、①メンター的な立ち位置で受講生を見守る、②教員と共に授業運営を行う、③学生ならでは視点を授業に反映させること。授業のファシリテーションはほぼすべてSAが担う。この体験が、SA本人のさらなるリーダーシップ開発につながる。

 
―リーダーシップ開発のプログラムは、これからどんな展開を見せていくのでしょうか
 
さらに領域を超えた展開になると思います。例えば、立教大学では新たに、大学間国際コンソーシアム「The Asian Consortium for Excellence in Liberal Arts and Interdisciplinary Education (The ACE)」というプログラムで、国を超えたリーダーシップ開発を始めています。
2023年夏には、立教大学、ソウル大学校自由専攻学部、北京大学元培学院、シンガポール国立大学 NUSカレッジの4カ国の学生が立教大学に集まり、リーダーシップとコラボレーションを、実践を通して学ぶ5日間のプログラムが行われました。2023年秋からは、オンラインを通して、国を超えて学び合う授業もスタートしています。世界に広がる取り組みを通じ、国際社会に新たな価値を紡ぐリーダーシップとは何かを学び合う機会を創っています。

 

ACEプログラムの様子。学問分野や地理的境界を越境し、アジア文化圏に学ぶ学生や地域の人々との多様な協働を通じて、社会の諸問題の解決について思考し、行動できる人材を育成している。文部科学省の選定する「大学の世界展開力強化事業~アジア高等教育共同体生成促進」の2021年度新規採択事業。

 

“自分とは全く異なる人間である”を起点に対話を始めよう

 
―企業と学生との接点において、就職活動のインターンシップや選考のプロセスでも学生とのコミュニケーションを深める、お互いの理解につながるフィードバックが大事になります。フィードバックの仕方について、アドバイスはありますか
 
就職活動を終えたある学生から、「大人はみんな怖い」と言われたことがありました。その理由を聞くと、「評価する大人にしか出会ったことがないから」と言います。〇〇会社の採用担当の△△さん、といった肩書きありきになってしまうと、学生はなかなか本音を出しにくいようです。
 
大学生と接していると、相手に配慮して、先回りしてリスクを回避するようなコミュニケーションが広がっていて、みんな遠慮ばかりしているなと感じます。でも実はみんな、1対1の関係で、“なんでも話せる存在”を必要としている。私を含め、社会人の皆さんには、キャリアを含めた人生全般の相談相手になるつもりで、相手の言葉だけではなく、その奥にある本音まで聴く姿勢が大事だと日々感じます。

 
―最後に、これから社会に出る学生の皆さんへのメッセージをお願いします
 
自分とは異なる背景の、違う考えを持った人と助け合うことが、社会で生きることだと思っています。一方で、現実世界では、知らない世界や、異なる考えに出逢うことばかりで、思うようにいかないと、すぐ壁にぶつかってしまいます。
だからこそ、向き合う相手は、“自分とは全然違う人間である”という前提がとても大事。極端に言えば、相手が”宇宙人“だとしても、目の前の他人に興味と思いやりをもって接することができるかどうか。そのコミュニケーションの中で、どうしたら自分が力になれるのか、相手のいいところを引き出せるのか。それは、決まったやり方ではなく、十人十色の自分らしい、心地よいやり方があります。
そうやって自分のことを理解し、動いていけば必ず、相手からも感謝が生まれて、助け合おうという循環が生まれます。他者と手をとって思いやり、信頼を築いていくことを、学生のうちからいっぱい体験していってほしいと願っています。失敗を恐れず、新しい世界や異分野の人と関わり、活動をしてみてほしいと思います。また、学生の皆さんに託すだけでなく、企業、大学、社会と領域を超えて助け合うことも重要だと考えています。

 

■立教大学 GLP グローバル・リーダーシップ・プログラム

 

■立教大学 ACEプログラム

 

■早稲田大学 リーダーシップ開発プログラム

 

■桜美林大学 ディスカバ! U17 UNIVERSITY

 

取材・文/田中瑠子

 

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