コロナ禍でガクチカ(学生時代に一番力を入れたこと)が書けないという学生の声があがっています。首都圏の大学に通う2023年卒の学生を対象とした調査(*1)においても、「自信を持って語れるエピソードが少ない」「ガクチカがほとんどなく困った」「グループワークの経験が積みにくい」などコロナ禍の就職活動でエントリーシート、面接で不安を感じたという声が多く寄せられました。
一方で、「コロナ世代の就活を応援する会」(*2)賛同企業をはじめとして、「学業」を切り口とした学生との採用コミュニケーション実施することにより、コロナ禍の影響にかかわらず学生の魅力を引き出している企業の姿も見られます。今回は、2023年卒採用から「学業」を活用した面接を実施している鈴与株式会社に取り組みの内容や実践ポイントをうかがいました。
2023年卒採用から、「学業」を切り口にした面接を実施。
学生とのコミュニケーションがより円滑になった
鈴与株式会社
人財採用部長
佐藤 義寛さん
※記事は、2022年6月7日にオンライン取材した内容で掲載しております。
COMPANY PROFILE
1801年創業の総合物流企業。企業数約140社、年商約4,600億円、従業員数約1万5千名の鈴与グループのリーディングカンパニーでもあり、グループ全体で物流、商流、建設、食品、情報、航空、地域開発など7つの事業を展開している。新卒採用ではGeneral Staff(総合職)、Administration Staff(一般職)を募集。
#採用ステップ(2023年卒 総合職)
マイページ登録→説明会(動画のアーカイブ配信視聴)、書類選考・Web適性検査→1次面接(動画提出)→2次面接(約30分の管理職による個人面接をオンラインで実施。履修履歴を活用)→3次面接(約15分の役員面接を対面で実施)
学業にしっかり取り組む学生が増えている
−−−−御社では2023年卒採用から履修履歴をもとにした「学業についての話題」を活用した選考を実施されています。「学業」を面接の切り口として重視するようになった理由をお聞かせください
学生生活に占める授業やゼミ・研究といった「学業」の割合がかつてとは変化していることが根本的な理由です。「日本の大学は、授業に出席しなくても単位が取れる」という声を聞く時代もありましたが、文部科学省の大学設置基準改正の影響で2007年より単位認定が厳格化。基本的に授業回数の3分の2以上の出席が求められています。
その結果、学生がサークルやアルバイトといった課外活動に割ける時間が減るとともに、学業にしっかりと取り組む学生が増えていることをコロナ禍以前から感じていました。加えて、コロナ禍以降は、社会環境の変化で課外活動に取り組める機会が減り、学生生活における「学業」の比重がより大きくなっています。こうした背景から、学生さんが頑張ってきたことをしっかりと評価したいと考え、2023年卒から履修履歴を活用した面接を実施するとともに、「コロナ世代の就活を応援する会」への賛同などを通し、「“学業”を採用選考で活用することによって就職活動生を応援したい」という意思を対外的に発信しています。
−−−−御社の採用において、「学業」を活用するタイミングを教えてください
2次面接(人事部の管理職が担当)の30分のうち3分の1ほどの時間を使って、履修履歴をもとにした質問を必ずしています。3次面接(役員)でも参考資料として履修履歴を準備はしていますが、トピックとして重視はしていません。なお、当社は本社が静岡県にあることもあり、コロナ禍でも多くの学生に安心・安全に選考に参加していただけるよう2021年卒採用以降、説明会から2次面接までをオンラインで実施しています。
「学業」について聞くことにより、「壁を乗り越えて、物事をやり切る力」を判断しやすい
−−−−2次面接において、「学業」という切り口をどのように活用されているのでしょうか
具体的には、採用担当者が事前にエントリーシートや履修履歴に目を通し、2種類のアプローチでお話をうかがいます。ひとつ目は「とくに力を入れた授業は何か」「なぜこの科目を履修したのか」といった採用担当者が気になるポイントを質問していくアプローチ。もうひとつは、学生自身に振り返りをしてもらう方法で、学生独自の価値観や行動特性が現れやすいよう「履修履歴や3年間で学んだことを振り返って、どう思うか」といった漠然とした聞き方をあえてしています。
いずれのパターンにおいても、気をつけているのは、成績が良い科目、好きな科目のことだけでなく、「苦手」「面白くない」といったネガティブな受け止め方をした科目についても話していただくこと。その上で、そうした科目にどう取り組んだかを情報収集していきます。
−−−−面接で学業について聞くことにより、学生のどんな資質が分かりますか
「目標設定力」、「当事者意識・責任感」、「分析力」など想像していた以上に多くの資質が分かると感じています。例えば、交換留学の条件に大学の成績を数値化したGPA(Grade Point Average)を設定している学校に通う学生の「コロナ禍で留学は実現できなかったけれど、機会に備えて留学先の選択肢を増やせるよう上位の成績を目指した」というエピソードから、「目標設定力」の高さがうかがえたりします。
学生のさまざまな資質・能力のうち、当社がとりわけ注目しているのは、「壁を乗り越えて、物事をやり切れる力」の有無。「学業」という切り口は、それを判断する上で非常に有効なコミュニケーションツールだと感じています。課外活動とは異なり、学業の場合は自分が好きな科目、得意な科目ばかりを履修できるわけではないので、「自分の意思だけで選択できない環境に置かれたときに、その学生がどのように物事に向き合い、どう行動するか」を判断しやすいからです。
学生と企業が「物差し」を共有しやすく、両者ともより自然に対話できる
−−−−2次面接で学業について聞くことを、学生に事前に伝えていますか
学生には1次面接が終了した段階で履修履歴を提出していただいており、その際に、成績の良し悪しを判断材料にしていないことや、学生の考え方や行動をより深く理解するためのツールとして活用することを伝えています。
−−−−面接で学業について聞かれることに対する、学生の反応は?
最近は学業を頑張っている学生が増えており、総じてポジティブに受け止めていただいているようです。学業にあまり力を入れていなかった場合は、「弱ったな」という顔をする学生もいます(笑)。でも、履修履歴をもとに詳しくお話をうかがうと、自分なりの基準を設けて履修する科目を選び、注力した科目では評価が高かったり、課外授業に一生懸命取り組んでいたりと学生自身があまり意識していなかった強みを発見できるケースも少なくありません。
また、履修履歴をもとに科目選択の理由や基準、選択した科目に対する考え方・感じ方、授業への取り組み姿勢といったことをうかがうことで、学生とのコミュニケーションが非常にスムーズになったと感じています。「ガクチカ 」や「自己PR」ではサークルやアルバイトなど課外活動の話をする学生がほとんどですが、課外活動は状況や活動内容といった前提条件が多様ですし、個人の主観のもとに語られるので、活動のレベルや達成度を確認するために時間がかかります。
一方、大学での履修活動の場合は、単位取得に必要な授業数が決まっていますし、成績も履修履歴で確認できるので、学生と企業が「物差し」を共有しやすく、学生も企業もより自然体で話ができます。このことが面接で「学業」について聞くことの真価だと感じています。
企業が大学での「学び」を理解することにより、採用コミュニケーションが深化する
−−−−採用コミュニケーションにおいて「学業」をより効果的に活用するために気をつけていることや、今後の課題をお聞かせください
「学業」はとても有効なコミュニケーションツールですが、ひとつのツールに頼らず、多面的に学生を見るようにしています。当社の面接では、以前から「ガクチカ 」や「自己PR」を聞くだけでなく、必要に応じて学生の子どものころからの成長プロセスをヒアリングしながら、その人の強みや資質を一緒に見つけることを大切にしてきました。
「この学生は子どものころから他者への関心が高く、社会心理学を学んでいるんだな」「目立った課外活動はしていないけれど、小学校から高校までピアノを続けており、大学の授業も自分なりの考えのもとに選んでいる」など「学業」以外の情報も合わせて総合的に学生を見ることで、「学業」についての情報の信頼度も高まりますし、人物の理解度も深まります。
また、当社で仕事をするには、価値観や考え方の異なる人たちと協働しながら物事を前に進めていく力が求められますが、この点については「学業」を切り口としたコミュニケーションだけでは判断が難しいと感じています。学業において他者との関係性がうかがえる場面としては、ゼミを思い浮かべやすいですが、ゼミの場合は関心や思考がある程度似ている人たちが集まりやすいからです。
「学業」を切り口に学生とのコミュニケーションを深化させるには、私たち企業側が大学の「学び」に対する知識や情報を積極的に得ることも大事だと考えています。例えば、文学部哲学科で古代ギリシア哲学家の「プラトン」について研究した学生と面接で会話をするとします。そのときに「プラトン」について知らなくても「なぜその哲学家に関心を持ったのか」「研究を進める上で大変だったことは何か」などをヒアリングすれば、コミュニケーションに支障はありません。ただし、「哲学科で学ベる思考力や洞察力が自社においてどう活きるか」という視点が企業側になければ、「難しそうなことを頑張って学んだんだな」という表面的な理解に留まります。
それに対して、企業側が大学でのさまざまな「学び」を知り、それをどう社会や自社で活用できるかを整理できていれば、学生からの情報収集の精度が高まるだけでなく、信頼関係の構築にもつながります。「自分が学んだことを、きちんと聞いてくれた」と学生に感じてもらえますし、「あなたが学んだことは、うちの会社ではこう活かせると思いますよ」と新たな視点を提供することにより、当社で働くことをリアルに想像してもらえるからです。
一朝一夕でできることではなく、当社も日々勉強中ですが、コロナ禍でのさまざまな社会環境の変化の影響もあり、大学での「学び」と「働く」をつなげる力量を企業が磨くことが、採用コミュニケーションにおいてより問われるようになったと感じています。
就職活動を行っている学生の皆さんへ
コロナ禍の影響で「就職活動でアピールできる経験がない」と不安に思う学生の皆さんの気持ちは、よく分かります。でも、こういう時代だからこそ、目の前で取り組んできたことをしっかりと企業に伝えることが大切です。「学業がアピール材料になるの?」と感じる学生さんもいるかもしれませんが、学業であれ、課外活動であれ、その物事への姿勢や考え方をきちんと伝えれば、頑張ったことを評価しない企業はありません。
よく皆さんにお話しするのですが、就職はゴールではなくスタート。就職活動を機に自分の過去や将来にじっくりと向き合って、飾らずに自分を伝え、自然体で力を発揮できる場を見つけていただけたらと思います。
*1履修データセンターが2022年3月に実施した調査。首都圏の大学文系学部の2023年卒学生968名が回答した。
*2 コロナ世代の就活を応援する会
コロナ禍に入学した学生の就職活動における不合理な苦労を少しでも解消したいと、履修データセンター代表取締役・辻太一朗氏と人材研究所代表・曽和利光氏の呼びかけで発足。2022年6月時点で、賛同企業は約80社。学生が自身の取り組みを伝えやすいよう、採用選考のトピックとして「学業」を従来よりも重視することを主軸に、各企業がそれぞれの応援施策を実施することでコロナ世代の就職活動を応援している。
取材・文/泉 彩子