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2022.07.04

Vol.19 日本管財株式会社【新型コロナウイルス感染症に関する企業の取り組み】

コロナ禍で「ガクチカ(学生時代に一番力を入れたこと)」が書けないという学生の声があがっています。首都圏の大学に通う2023年卒の学生を対象とした調査(*1)においても、「自信を持って語れるエピソードが少ない」「ガクチカがほとんどなく困った」「グループワークの経験が積みにくい」などコロナ禍の就職活動でエントリーシート、面接で不安を感じたという声が多く寄せられました。

一方で、「コロナ世代の就活を応援する会」(*2)賛同企業をはじめとして、「学業」を切り口とした学生との採用コミュニケーションを実施することにより、コロナ禍の影響にかかわらず学生の魅力を引き出している企業の姿も見られます。今回は、2016年卒採用から「学業」を活用した面接を実施している日本管財株式会社に取り組みの内容や実践ポイントをうかがいました。

エビデンスをもとに「学業」について質問することにより
「ガクチカ 」よりも短時間で学生を理解できる

日本管財株式会社
人事部 部長代理
本柳 弦子さん


※記事は、2022年6月8日にオンライン取材した内容で掲載しております。

COMPANY PROFILE

1965年創業・従業員数約5000名の独立系建物管理会社。管理物件数は約3000件。東京・関西の2本社を核に全国に拠点を持ち、建物の維持管理から収益不動産の運用やファンド組成まで幅広い事業を手がけている。

 

#採用ステップ(2023年卒 総合職)

プレエントリー→説明会(動画のアーカイブ配信視聴)、書類(説明会の感想)提出→1次面接(グループディスカッション.他者とどのように協働するのかも見ている)→2次面接(約40分の人事管理職による個人面接をオンラインで実施。履修履歴を活用)→3次面接(約15分の役員面接を対面で実施)

 

「学業」は学生の本分であり、どの学生も平等に取り組む活動

 

−−−−御社では履修履歴をもとにした「学業についての話題」を活用した選考を、2016年卒採用から継続的に実施されています。「学業」を面接の切り口として重視するようになった理由は?
 
「日本の大学生は勉強しない」とよく言われますが、大学の単位認定の厳格化の影響もあって、学業にしっかり取り組む学生が増えていることを採用の現場で感じていました。そもそも「学業」は学生の本分。どの学生も平等に取り組む活動ですし、頑張っている学生も多いわけですから、「学業」についてきちんと聞くことで、学生との相互理解が深まるのではないかと考えたのがきっかけです。
 
また、根本的な理由は、企業の社会的責任の観点から「日本の学生が学業をおろそかにしがちなのは企業が新卒採用、とくに文系の学生の採用において“学業”を評価してこなかった影響もあるのでは」と考えたことにあります。
 
−−−−御社の採用において、「学業」を活用するタイミングを教えてください
 
2次面接(人事部の管理職1、2名が担当)で学業について質問をしています。履修履歴の提出は2次面接を受ける学生に依頼しており、その際に「成績の良し悪しを評価するのではなく、学業での行動を確認することが目的」とお伝えています。2次面接は実質30分ほどで、学業について聞く時間は5分〜10分。必ず面接の最初に質問し、サークル活動やアルバイトなど課外活動についてうかがうのは「学業」の後という順番です。

 

「学業」について対話をすると、学生の素の姿を見やすい

 

−−−−「学業」について「課外活動」よりも先に質問する理由は何でしょうか
 
学業について対話をする方が、課外活動よりも学生の素の姿を見やすいからです。以前は当社でも「ガクチカ (学生時代に一番力を入れたこと)」や「自己PR」を聞いていましたが、こうした想定できる質問に対しては、多くの学生が事前にエピソードを準備し、話し方まで練習して面接に臨むので、どの学生の話も似たような内容になりがち。準備された話は、印象に残りません。
 
それに対して、「学業」の場合は科目数だけでも50以上の項目がある履修履歴をもとに質問をしますから、何を聞かれるか分かりませんし、成績という「結果」を変えることもできないので、学生が自然体で応えてくれ、それぞれの特徴を引き出しやすいです。また、課外活動についてはあまりエビデンスがないので、お話いただいた内容の前提条件や信頼性を確認するために5〜6段階の質問が必要になります。例えば、居酒屋でのアルバイト経験についてなら、規模の大きさや立地などによって業務に求められる前提が異なります。履修履歴をもとに学業についてうかがえば、客観的事実をベースに学生の行動や考え方を確認できるので、1〜2回のやり取りで本題に入ることができます。
 
−−−−「学業」についてどのような質問をされているのでしょうか
 
まず、学業と学業以外の活動の力の入れ方の比率をうかがうようにしています。学業への力の入れ方が7割の学生と3割の学生では、履修行動や成績が異なるのも当然ですから、前提条件や背景を確認することが目的です。その上で基本的には「興味を持った科目とその理由」を聞き、その回答をもとに「なぜその科目を履修したのですか」「授業はどんな内容でしたか」といった質問をして会話を掘り下げ、その学生の物事への取り組み方や考え方を理解していきます。
 
「興味を持った科目」について聞くのは、誰しも興味を持ったこと、好きなことであれば、対象について自分の考えを持っており、対話が深まりやすいからです。また、「興味を持った科目」ではなく「興味を持てなかった授業とその理由」を聞くなど質問のバリエーションはいくつかありますが、最初に聞くのは「科目」について。「学部を選んだ理由」といった「科目」よりも回答の範囲が広い質問は、最初にはしません。学生の答えが抽象的な内容になりがちで、コミュニケーションの効率が落ちることが理由です。

 

「何を学んだか」だけではなく「どう学んだか」を評価する

 

−−−−面接で学業について対話することで見えてくる学生の姿を、どのような観点から評価されていますか
 
最も重視しているのは、「主体的に行動できる人材かどうか」です。履修履歴からは成績という「結果」だけでなく、就職活動までの時系列での履修行動といった「過程」が読み取れるので、課外活動について聞くよりもその学生の姿勢がよりリアルに理解できます。
 
最近の例をご紹介しますと、1年次に「簿記1」という科目を履修し、単位を取得できなかった商学部の学生がいました。その学生は2年次にもう一度同じ科目を履修して単位を取得しており、その時点の成績は平均的なものでしたが、3年次には「簿記1」よりも高度な内容を学ぶ「簿記2」で優秀な成績を修めていました。詳しく話を聞いてみると、「単位を落としたのが悔しくて翌年も履修し、頑張って勉強をしてかろうじて単位を取得した」「せっかくだから『極めたい』と考えて『簿記2』を履修し、最初は苦手だったけれど好きになった」とのこと。「逃げずに物事に取り組み、自分の意思で高い目標を設定して、やり切れる人材」だと評価しました。
 
また、仕事では事業やサービスをお客さまや取引先に分かりやすく伝えることが求められる場面も多いので、「物事を簡潔に説明する力がどのくらいあるか」も評価しています。この点においても会話の流れで学生に授業内容を説明してもらうと、力のレベルが簡単に分かります。
 
−−−−文系、例えば文学部の学生は大学で学んだ内容が仕事に直接結びつきにくく、「“学業”が企業へのアピール材料にならない」という声をよく聞きます。「学び」の領域の違いは、評価に影響を与えないのでしょうか
 
技術職など大学での学びと関連性の高い職種はもちろん影響しますが。そうでない場合は、「文系であること」が理由で「学業」がアピール材料にならないということはないと思います。「学業」について質問することによって当社が評価しているのは、「結果」だけではなく学生の物事への取り組み方や考え方といった「過程」。「何を学んだか」だけではなく、その「学び」を自分がどのように捉え、学ぶためのアプローチをしたかといった「どう学んだのか」を伝えれば、学部・学科を問わず、「学業」は十分なアピール材料になるはずです。
 
例えば、文学部文学科で「近代文学」の授業を履修し、泉鏡花の作品に関心を持ってレポートを書いた経験のある学生がいたとします。「近代文学」も「泉鏡花」も当社の業務に直接は結びつきませんが、「もともとは関心がなかったが、授業で『泉鏡花は同時代の作家の中で異端だった』と聞いていくつか作品を読んだところ、独特の世界観に魅力を感じた」「『どう異端なのか』と思い、夏目漱石など同時代の作家の代表作も読んだところ、泉鏡花の特徴がよく分かった」「テーマを定めて同時代の作家の作品を読み、違いや共通点を考えることで、作品や時代への理解が深まると学んだ」と聞けば、「主体性」や「探究心」といった業務に必要な資質との結びつきも見えてきます。
 
また、面接において「履修履歴をもとに対話すること」のメリットは、理系(技術職)以上に文系学生の採用において感じています。理系の場合はもともと「学業」について面接で話すことがよくありました。学生時代の「学び」と入社後の業務の関連性が高い場合は、「何を学んだか」をしっかりとうかがいますが、、「何を学んだか」については履修履歴がなくても対話ができるからです。
 
一方、文系の場合、「何を学んだか」という「結果」だけではアピール材料になりにくかったのですが、履修履歴を提出していただくことによって、それをもとに採用担当者が学生の履修行動、「過程」を読み取ることが可能に。「学業」について「何を学んだか」だけではなく「どう学んだか」という観点から学生を見られるようになりました。

 

履修履歴は、学生にとっての「職務内容経歴書」

 

−−−−面接で学業について聞かれることに対する、学生の反応は?
 
学生にネガティブな反応は見られません。「学業」について聞く意図をあらかじめ説明していますし、当社の面接では、学業であれ課外活動であれ、基本的に学生が興味を持ったこと、好きなことについて聞きますから、ほとんどの学生がスムーズに話をしてくれます。とくに近年は学業にしっかりと取り組む学生がかつてと比べて増えていますし、コロナ禍の影響で課外活動が制限されていたこともあって、自分が頑張ってきたことをアピールする機会として前向きに受け止めている学生が多いです。
 
また、最近の傾向として、大学の授業をきっかけに将来の仕事を考え、特定の業種や職種に興味を持つ学生が増えていることを実感しています。「学ぶ」と「働く」が結びついている学生の場合はとくに、学業について対話をすると、当社を志望する理由や土台となる価値観が自然と浮かび上がり、課外活動について聞くよりも効率的に情報収集ができ、相互理解も深まります。
 
こうしたことから、採用コミュニケーションにおいて、履修履歴をもとに「学業」について対話することの効果は非常に大きいと考えています。履修履歴は、学生にとっての「職務内容経歴書」。学生がこれまで取り組まれてきたことをしっかりと評価し、入社後の活躍につなげたいという思いから、面接において履修履歴を活用したり、配属先を決める際の判断材料のひとつにしたりもしています。

 

就職活動を行っている学生の皆さんへ

 

先ほどお話しした通り、当社が新卒採用の面接で「学業」という切り口を重視しているのは、従来の「ガクチカ 」で話題にされることの多い課外活動に比べて、学生さんの「ありのままの姿」に触れることができるからです。就職活動で相手に好印象を与えたいと考えるのは自然なことですし、その思いは私たち企業も同じです。ただ、お互いが背伸びをすれば、入社後に必ず無理が生じます。ですから、そのままのあなたを評価してくれる会社をぜひ見つけていただければと思います。
 

 
*1履修データセンターが2022年3月に実施した調査。首都圏の大学文系学部の2023年卒学生968名が回答した。
 
*2 コロナ世代の就活を応援する会
コロナ禍に入学した学生の就職活動における不合理な苦労を少しでも解消したいと、履修データセンター代表取締役・辻太一朗氏と人材研究所代表・曽和利光氏の呼びかけで発足。2022年6月時点で、賛同企業は約80社。学生が自身の取り組みを伝えやすいよう、採用選考のトピックとして「学業」を従来よりも重視することを主軸に、各企業がそれぞれの応援施策を実施することでコロナ世代の就職活動を応援している。

 

 

取材・文/泉 彩子

 

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