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2025.12.26

気仙沼エリアの“人材領域のナレッジセンター”を目指せ 企業横断で採用・育成課題に向き合う、「合同会社気仙沼の人事部」の取り組み

【個人と組織の新たなつながり方】Vol.20 合同会社気仙沼の人事部

 
人口減少や産業の衰退といった、多くの地方に共通する社会課題。人や仕事に関するさまざまな問題に地域全体で向き合うべく生まれたのが、宮城県気仙沼市の「合同会社気仙沼の人事部」です。市内の企業が抱える人材採用や組織づくりの課題に、社外人事担当としてソリューションを提供しています。
その設立の経緯や活動内容、今後目指す地域の在り方について、代表の小林 峻さんに話を聞きました。

 

合同会社気仙沼の人事部
代表社員 小林 峻 さん

 

※記事は、2025年11月に取材した内容で掲載しております。
 

【Company Profile】

2023年3月に、宮城県気仙沼市にある株式会社菅原工業、アサヤ株式会社、合同会社colere(コレル)の3社が合同で立ち上げた。人事支援、人材コーディネート、地域プロジェクトの3つの事業を柱に、地域の“社外人事担当”という立ち位置で、人材に関するあらゆる課題にワンストップで解決できるサービスを提供している。

 

人事領域のノウハウを1社に集約し、地域へのインパクトを最大にしていく

 
―「気仙沼の人事部」とはどんな会社なのか、活動内容について教えてください

合同会社気仙沼の人事部は、気仙沼市内の人材支援に特化した会社として、2023年3月に設立されました。出資者は3社。気仙沼で60年続く土木建設業の株式会社菅原工業、漁具販売や機械整備等を行う1850年創業の専門商社・アサヤ株式会社、そして、私が代表を務め人材育成事業などを広く手掛ける合同会社colere(コレル)です。

気仙沼の人事部が提供する事業・サービス領域は大きく3つで、「人事支援」「人材コーディネート」「地域プロジェクト」となっています。

人事支援では、市内の中小企業の採用や人材育成、組織戦略の構築などをサポート。各社の個別課題に寄り添い、課題解決に向けた専門的な伴走支援を行っています。人材コーディネートは市内外の人と人をつなぐ取り組みで、副業兼業のコーディネートや、1カ月間の実践型インターンシップ「フラッグシップインターン」を開催。地域プロジェクトでは、複数企業にある人事課題を横断で解決する取り組みを行っています。会社を超えて、人事領域の学びを一緒に深めていこうと「気仙沼人事研究会」を開催し、経営者や人事担当者に参加いただいているほか、学生と社会人との接点を増やすキャリアイベント「S→KIP」(スキップ)の開催や、地域内に“社会人同期”を増やそうと「新卒合同研修」も行っています。

 
―そもそも3社合同でやろうと動き出したきっかけや背景には何があったのでしょうか。小林様のご経歴を含めて、経緯をお聞かせください

私が気仙沼に関わり始めたきっかけは、東日本大震災のボランティア活動でした。もともと東京出身ですが、都内の大学に通いながら、地域活動に積極的なNPO法人でインターンをしていたんです。大学3年時に発生した震災を機に、NPO活動の一環として気仙沼を訪れる機会があり、沿岸部を回るなかで街の魅力にどんどん引かれていきました。とくに心つかまれたのが、中小企業の経営者の皆さんの、「大きな被害に遭ったけれど、前向きに新しいチャレンジを続けていくんだ」という活気や熱意。私のほうが背中を押され、この地域に関わりたい、この経営者の方たちと一緒に何かがしたい…と考えるようになりました。

大学卒業後に気仙沼への移住を決め、まずは地元企業の情報発信のお手伝いやプロジェクト支援などからスタートしました。カフェの立ち上げを経て、2015年頃から「フラッグシップインターン」につながるインターンシッププログラムの企画・コーディネートや、市内に住む10~30代の若者向けに、やりたいことのチャレンジを後押しする「ぬま大学」の主宰など、さまざまなプロジェクトを立ち上げてきました。

そして、人材育成や新規事業開発支援、組織開発コンサルティングなどを行うなかで出会ったのが、菅原工業代表取締役の菅原 渉さん、アサヤ代表取締役の廣野一誠さんでした。

菅原社長は人材採用に対して早くから危機感を持ち、建設業の傍ら、2020年から新卒に特化した採用サービス「S→KIP」(スキップ)を立ち上げていました。「自社の新卒採用だけではなく、他社にも広げれば、地域全体の採用力アップにつながるのではないか」という社長の思いに私も賛同し、サービス展開のお手伝いをさせていただいていた経緯があります。立ち上げからの3年間で、市内16社に対して218名の学生との出会いを創出するなど一定の成果を上げることができました。

アサヤの廣野社長を加え3人で意見を交わすなかで、「各社がそれぞれ取り組むよりも、サービスやノウハウを一つの組織に集約し、横串で提供できる体制のほうが、地域によりインパクトを与えられるのではないか」「人と組織づくりの専門家が地域の中にいることが、経営者にとって心強いのではないか」と意気投合し、2023年3月の創業につながりました。

 

事業に集中し成長できる組織体制へ。地域版人的資本経営を実装していきたい

 
―小林様が行ってきた実践型インターンシップや、菅原工業様の採用サービスがそのまま継承される形で、気仙沼の人事部の事業になっているのですね。立ち上げから2年たち、地域における御社の存在意義をどう捉えていますか

人事領域は中小企業の経営者からすれば“間接コスト”で、専任の人事担当者を置く余力がある企業はなかなかありません。仮に専任人材がいたとしても、毎年採用があるわけではないのでノウハウがたまりにくいという課題もあります。

そこで気仙沼の人事部が目指しているのは、地域の“人材領域のナレッジセンター”になることです。地域の企業とひと言でいっても、業態も社風もさまざま。採用に対する考えややり方の違いはもちろんあります。だからこそ、各社が必要なノウハウを、必要なところだけ引き出していってくれたらいい。地域から誰でもアクセス可能な、社外人事担当という役回りでいたいと考えています。

人事領域、採用、育成全てにおいて、学びの機会を広げる取り組みも進めています。例えば、4年目を迎えた2025年の「気仙沼人事研究会」には、水産業などの地場産業から電気インフラ系まで業界も規模もさまざまな6社が参加しています。参加者には総務人事を兼務している方が多く、「本業に加え、採用という難題に片手間で向き合わなくてはいけない」という中小企業の多さを改めて実感しています。中小企業を取り巻くそうした現状があるからこそ、我々のような専門組織があることに大きな価値があるのではないかと思っています。

 
―新卒合同研修や、1カ月間のインターンシッププログラム「フラッグシップインターン」など御社ならではの取り組み内容について、成果と合わせてお聞かせください

2025年の「新卒合同研修」では、市内の4社、計6名の新卒社員を対象に1年間のプログラムを提供しています。研修は年に1回、それ以外には個別にコミュニケーションを取りながらフォローしていくというスタイルです。

新卒の育成はそもそも難しいものですが、気仙沼市では移住してくる方が多いので、地域のコミュニティにどうなじめるかも重要な課題です。社内に同期がいなくて、地域に知り合いもいないとなれば、孤独感から離職につながってしまいます。同じエリアで、一緒に頑張る仲間とつながることは、育成の観点からも非常に大事な取り組みだと考えています。

また、「フラッグシップインターン」は、気仙沼の経営者たちと全国から来てくれた学生とが、企業の課題解決や新規事業開発に取り組むというもの。採用のための企業見学ではなく、期間限定のプロジェクトメンバーという立ち位置で、大学1年生から4年生まで、学年問わず参加が可能です。毎年、北海道から沖縄までいろいろな地域から10名前後の学生が集まり、こちらが用意した市内の宿泊場所に滞在して過ごします。これまで2015年からの累計で140名以上の学生が20社の企業と協業しており、インターンシップ期間を終えても中長期的な関係を築いている学生もいます。

 
―これから、御社が目指す地域での人事・採用支援の在り方について、考えをお聞かせください

当社が提供する新卒採用支援を通じて、実際に採用に至ったのは延べ10名。これからも気仙沼という地域に興味を持ってくれた一人ひとりへ、このエリアで働く面白さを伝えながら仲間づくりを進めていきます。

私たちが目指すのは、企業と人材が双方にアセットをためていける、「地域版人的資本経営」の実装していくことです。事業に集中し、成長できる体制づくりに向けて、外部CHRO (Chief Human Resource Officer=最高人事責任者)として各社に伴走していきたい。そして、蓄積されたナレッジや経験をまた地域にシェアし還元していくサイクルを作っていきたいと考えています。

取材・文/田中 瑠子

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