【個人と組織の新たなつながり方 ―入社後編―】Vol.14 トラスコ中山株式会社
トラスコ中山株式会社では、会社主導のジョブローテーションを行いながら、2022年より、挑戦したい仕事や希望する部署があれば年半年に1回、上司を通じて人事に申告できる制度「トラキャリ申告」などを設け、社員の自律的なキャリア形成を支援する仕組みを拡張しています。その意図や効果について、人事部 HRサポート課 主任の新野 加奈さんにうかがいました。
トラスコ中山株式会社
人事部 HRサポート課 主任
新野 加奈さん
※記事は、2025年1月10日に取材した内容で掲載しております。
【Company Profile】
1959年創業。生産現場で必要とされる作業工具や測定工具、切削工具をはじめとした「プロツール」と呼ばれる工場用副資材の卸売業を行う専門商社。人事異動(ジョブローテーション)をキャリア形成の基本としながら「チャレンジ制度」などにより社員の挑戦を支援し、また、社員が安心して安定して長く働き続けることができるよう豊富な働き方支援制度を設けるなど、独自の人事制度を構築している。
社員がキャリアプランを会社に申告し、会社は人事の参考にする仕組みを構築
―御社は2022年より、異動先の希望等を人事に申告できる制度を設けられました。どのような背景・経緯があったのでしょうか。
当社では部門を超えた人事異動(ジョブローテーション)を導入しています。新入社員は、入社後1年2か月の間、全国にある物流センターに配属となり、当社のビジネスの根幹でもある物流を学びます。その後は、所属5年前後を目安に営業、物流、本社部署など部門を超えたジョブローテーションを実施しています。
さまざまな部署で経験を積めることはもちろんのこと、他部署での経験が現在の仕事の改革意識にもつながるなど、ジョブローテーションを実施することで、組織の活性化につながり、企業成長の底上を図る施策にもなっています。また、2020年以降からは、キャリア形成や人事異動についての社員の考え方が多様化してきたこともあり、ジョブローテーションに加え、「オープンポジションチャレンジ制度」や「兼任ジョブチャレンジ制度」、2022年には、社員の選択をサポートする部署として人事部にHRサポート課を設置し「トラキャリ申告」など自ら成長させようとする社員の成長を後押しする制度を導入しました。
チャレンジ制度を導入したことで、いままで「やりたいことや得意なことがあっても会社に希望を伝える術がない」あるいは、「所属部署で挑戦したいことを描いていたところに異動の辞令が出て成長実感を持てない」などといった、社員の希望に少しでも沿った形で人事異動、キャリア形成を行えるよう制度を見直しました。
―トラキャリ申告は具体的にどのような流れで実施されているのでしょうか。
まずは社員本人がタレントマネジメントシステムに希望する部署も含めた自身のキャリアプランを記入し、上司との面談を経てタレントマネジメントシステムに登録するというのが流れです。
2024年度は、正社員約1,600人中、キャリアプランを書いている社員が約350人、上司が部下の希望として申告しているのが約485件でした。上司からの申告のうち約半数は「引き続き今の部署で頑張りたい」という声です。
―本人が記入した上で上司が申告するという流れにされたねらいを教えてください。
「まず本人が記入する」というステップを入れたのは2024年度からです。それは、行きたい部署があれば申告するというだけではなく、その前段階として「自分はこういうことが得意だからこの部署に行きたい」「自分はまだこういう業務が未経験なので、今の部署で頑張りたい」などと、自身の現状を見直す機会になればという思いからでした。
―制度開始からまもなく2年が経過しますが、社員の皆さんからはどのような反響を得ていらっしゃいますか。
これまでキャリアの希望を伝える機会がまったくなかったため、まずは伝える機会ができたことをポジティブに受け止めている社員が多くいることを感じています。
また実際に、人事異動においてトラキャリ申告をした社員が希望部署に異動するケースが増えてきています。誰もが希望どおりに異動できるわけではありませんが、できる限り申告内容を生かしていけるよう運用しています。
コースの増設やキャリア支援部署の設置でも社員のキャリア形成を支援
―トラキャリ申告の導入と同時にHRサポート課を設置されたとのことですが、どのような形で社員の皆さんのキャリア形成を支援されているのでしょうか。
個々の社員が目の前の仕事に一生懸命取り組み、その中で、自身のキャリアについて上司とコミュニケーションをとりながら考え、決めていくことが基本ですが、その上で、「キャリアについて他部署の社員からも意見を聞きたい」「キャリアに関する制度の活用法がわからない」といったことが出てくれば、私たちHRサポート課が上司を含む社員とコミュニケーションをとってサポートしていきます。また、こうしたコミュニケーションをふまえて制度や研修を作っていくこともあります。
―キャリアに関する相談はどのくらいきていますか。
社員からのキャリア面談の希望はそれほど多くなく、年に数件です。部下との面談や人事制度に関する事業所長からの相談などは日常的に受けています。
―コースの新設も行われたとのことですが、どのようなコースがありますか。
2022年より前は、「キャリアコース(総合職)」と、情報システムや経理など特定業務の専門職としての「スペシャリストコース」、勤務地域を限定し転居を伴う異動のない「エリアコース」、物流業務を専門に担当する「ロジスコース」の4コースのいずれかに社員は属していました。
2022年からは、これら4コースに加えて新たなコースを設け、9コースに増やしました。具体的には、IT業務や物流業務において業務の範囲や目指せる役職に幅や厚みを持たせた「デジタルキャリアコース(デジタル総合職)」「ロジスキャリアコース(ロジス総合職)」「ロジスエリアコース」、また、勤務地域は限定しながらも、キャリアコースと同様の範囲の業務を担って事業所長までを目指すことができる「地域キャリアコース(エリア総合職)」、特定分野の専門性を極める「エキスパートコース」の5つを新設しています。
―背景にはどのようなねらいや経緯があったのでしょうか。
個々の社員のライフプランやキャリアプランに応じた選択肢を増やしていくためです。
例えば、4コースのみだったときは、物流センターでの仕事を専属とするロジスコースの社員がキャリアアップするには限界があり、職位や給与を上げていくにはエリアコースに移り、営業やバックオフィスなど物流センター以外の仕事に就く必要がありました。他方で、当社の事業における物流センターの重要性は年々高まり、業務自体もシステムや機械などが入り高度化しています。これらの背景から、物流職の中で上を目指せるコースを新たに作ったという経緯があります。
また、社員の中に勤務地を限定して働きたいというニーズが見てとれたことも背景の一つです。
―コースの増設によって、社員の皆さんにはどのような影響が見られていますか。
結婚や家族の介護などを機に「キャリアコース(総合職)」から「キャリア(地域)コース(エリア総合職)」や「エリアコース」に転換する社員がいたり、自身のキャリアアップを目指し「ロジスコース」から「ロジスエリアコース」や「エリアコース」に転換する社員などが見られます。
ロジスコースの社員においては、「ロジスキャリアコース(ロジス総合職)」「ロジスエリアコース」ができ、現在の職種でのキャリアアップが可能となったことで若手社員を中心にモチベーションが上がり、責任者を目指す社員向けの研修に手を挙げる社員が出てきているという変化が生まれています。
―御社では、他にも「チャレンジ制度」を設けて希望する社員の皆さんに自律的なキャリア形成の機会を設けられています。チャレンジ制度の概要も教えていただけますか。
チャレンジ制度として平成18年(2006)より「ボスチャレンジ制度」、令和2年(2020)より「オープンポジションチャレンジ制度」、「兼任ジョブチャレンジ制度」、令和7年(2025)より「マネチャレ制度」を設けています。
当社の人材育成の根底には「自覚に勝る教育なし」という言葉があります。例えば、現在当社では、支店長や課長、センター長などの責任者を「ボス」と呼び、100名以上のボスが在籍しています。「会社をより良くしたい」と強く思う人に自覚をもってボスになってほしいという想いから、「ボスチャレンジ制度」や「マネチャレ制度」は立候補を基本としています。
「ボスチャレンジ制度」は、エリアの最高責任者であるボスを目指す制度です。最長で2年間、ボスの補佐的役割を担い、マネジメントを実践しながらボスになる準備をします。
「マネチャレ制度」は、ボスの仕事に興味があるが、既存のボスチャレンジ制度に対して高いハードルを感じている社員を対象にした制度です。近年、支店の規模や売上の拡大に伴い、ボスへのチャレンジに躊躇する社員もいる中、日常業務からマネジメントへのステップアップを段階的に行う「マネチャレ制度」を活用することで、マネジメントのやりがいに気づくきっかけにしたいと考えています。2024年に初めて募集し、23人の応募がありました。25年からオンライン研修と合わせて各地でマネジメントを経験してもらいながら運用していきます。
「オープンポジションチャレンジ制度」は、増員を希望する部署から募集があった際、希望する社員が自らの意思のみで応募できる制度です。直近ですと、現地法人「トラスコナカヤマ USA」や総務部にあるプロパティ課(土地・建物の管理などをする部署)の社員を公募しました。
申告制度を自らのキャリアを考える機会にしてほしい
―一連の制度や取り組みが、新卒採用に影響を与えている点はありますか。
新卒採用は、ほとんどが「キャリアコース(総合職)」での募集となります。近年特定の部署でキャリアを積んでいく、「ジョブ型」といった働き方が注目されていますが、当社のように、ジョブローテーションを通じて様々な仕事を経験ができ、仕事力や人間力を高めたいと感じている学生も少なくなく、そういった学生が多く入社してくれています。また、ジョブローテーションを通じてやりたいことを見つけたり、ライフイベントがあった際には、職種が選択できるというのは、学生にとっても安心して安定して長く働き続けられる制度で魅力に感じてくれているのではないかなと感じています。
―社員の皆さんには、今後、各種制度をどのように活用してほしいとお考えですか。
「トラキャリ申告」を書く社員がもっと増えるといいなと個人的には感じています。ただそれは、多くの社員に希望する部署を持ってほしいということではなく、ジョブローテーションで頑張るにしても、異動を希望するにしても、「トラキャリ申告」を今の仕事を前向きに捉えるきっかけにしてほしいという考えからです。その結果、今後のキャリアについて何かしら明確なものが見えてきて、それを人事部に伝えてくれる人が増えればいいなと思っています。
またその際に、自身が望むキャリアの背景にある理由や思いを本人自ら、あるいは事業所長と話すことで深掘りしてほしいと思います。その「背景」を大事にすることで、もし希望が叶わなかったときにも、今いる部署で「じゃあ次はどういうふうに頑張ろうか?」と考えられるのではないかと思っています。
事業所長にも、部下との対話において「そういうことが好きなら、こういう部署もあるよね」「その希望なら、今書いている部署ではなくこっちの部署の方が適しているんじゃない?」といった助言をしてもらえるよう、私たちHRサポート課がサポートしていきたいと思います。
当社は、「社員が安心して安定して働ける職場を提供する」のは会社の義務であるという考えのもと、頑張って定年まで働くのではなく、「気づけば定年まで働いていた」という状態を理想としています。働いていると、「仕事でこういうことに挑戦してみたい」と意欲が高まるときもあれば、生活上の都合で何かがままならなくなることも出てきます。そういった変化があったときでも1人ひとりを応援できる制度や仕組みが揃っていること、それが「定年まで働き続けられる」というところにつながればいいなと思っています。
取材・文/浅田夕香 撮影/刑部友康