識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.14
就職活動・新卒採用をめぐりさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、東日本旅客鉄道株式会社 執行役員 人財戦略部長の井口亮資さんのお話をご紹介します。
東日本旅客鉄道株式会社
執行役員 人財戦略部長
JR東日本総合研修センター所長
井口亮資さん
【Profile】
1995年東日本旅客鉄道株式会社入社。千葉支社、東北本部の総務部長など経て、2020年に総務・法務戦略部次長、2021年に人財戦略部ユニットリーダーを歴任。2024年より執行役員人財戦略部長に就任。
企業には、魅力的な場と複数の入口が求められていく
企業は働く個人が集う「場」になっていく
働く個人と企業との関係について、私個人の考えになりますが、これからは、企業が「場」になってくるのではないかと考えています。企業という「場」に多様な個人が入ってきて、社会課題を解決したり、新しい価値を提供したりしていく。このような形に変化していくのではないでしょうか。
その際に企業に求められることは、2つあると考えます。まずは、魅力的な「場」であること、そして、入ってくるルートや入口が複数あることです。
これを実現し、成果を挙げた事例として学ぶべきものがあると私が考えるのが、ラグビー日本代表チームです。かつて、ワールドカップで1勝もできなかったチームが2015年大会で強豪・南アフリカに勝利し、世界で戦えるチームになったのは、日本人選手だけでなく、外国にルーツのある選手も代表になれるルートをつくり、多様な能力や価値観のある選手が1つのチームとして交ざり合い、刺激し合いながら目標に向かってハードな練習を行ったからです。結果に結びつくダイバーシティを行った典型的な事例です。
企業においても、多様な能力や経験、経歴を持った個人がさまざまなルートから入ってきて、組織の中に役割と居場所をきちんと見つけ、ミッションを自分のこととし、エンゲージメントの高い状態で課題に取り組んでいける「場」をつくっていくことが求められるのではないかと思います。
同時に、このような「場」をつくるとなれば、賃金や雇用条件は企業内の理屈で完結するものではなく、労働市場の中で相対化していくことになります。この点への対応が、私たちのような企業に求められていくのではないかと考えています。
「新卒」にこだわらない多様な入口が必要
多様な個人がエンゲージメントの高い状態で働ける「場」に企業がなっていく上で、現在の就職環境について見直した方が良いのではないかと考えていることが2つあります。
1つは、特に私たちのような企業においては、入社機会の大半が新卒採用であること。そしてもう1つは、新卒採用の仕組み自体が、失敗が許されない、一発勝負同然のものとなっていることです。
新卒一括採用という仕組みは、社会的に見ると若年層の失業率を低く抑えるという効果があり、大学卒業・大学院修了のタイミングで働きたい人がその機会をちゃんと得られるという意義があるものと捉えています。日本の経済を担う分厚い中間層を構成していくにあたり、企業が一括して採用し、学生が安心して社会に出られることはそれほど悪いことではないのではないかとも思っています。また、企業側の論理にはなりますが、多くの人材をまとめて育成できる効率の良さもあります。こういった良い面があることはきちんと評価すべきです。
その上で、より良くしていくべき点としては、企業への入口、そして入社後の処遇やキャリアパスの多様化です。社会が硬直化してきていると言われる現代においては、入口が新卒採用だけだと、同質性の高いメンバーばかりの組織となり、組織の文化や風土も、外から入ってきた人から見ると違和感を覚えるものになりがちです。
多様な個人が活躍する「場」となるには、例えば、人の出入りがある前提でフレキシブルな給与体系を構築する、退職金をポータブルなものにする、新卒で入社した企業が合わずもう一度就職活動にトライする人などを対象にした既卒の入口をつくっておく、他社に転職したけれど帰ってきたいという人の入口をつくっておくなど、個々人のニーズを汲むための工夫を積み重ね、出入りするハードルを下げることをしていかなければならないと思っています。
当社の場合、経験者採用における入社時の待遇に柔軟性を持たせること、また、当社を退職後、別の経験を積んで再入社を希望する人を対象とした「ウェルカムバック採用」などを行っています。経験者採用は、今後より充実させていく予定です。また従来、ゼネラリストとして運用してきた総合職において、特定の分野で勝負できる人材としてキャリアを積む、「ジョブ型」運用を新卒・経験者採用ともに始めています。会社の現状をふまえながら新たな取り組みを進めています。
情報をよりオープンにし、学生と相互理解を
新卒採用に焦点を当てると、私たち企業も、学生も、もっと情報をオープンにしていかなければ、互いにミスマッチが起こり得るのではないかと思っています。そうならないために重要なのが、今さらと言われるかもしれませんが、「インターンシップ」だと考えます。
当社でも、事業や働く社員の魅力を知ってもらいたいという考えから、夏に5日間のプログラムを分野・テーマ別に行っています。1日や2日ではなく、月曜日から金曜日までの5日間、若手社員にアドバイザーとして1対1で学生についてもらいながら、開発中の「まちづくり」の現地視察や、鉄道事業の最前線である夜間工事を体験してもらうなど、事業の「現場」を見てもらっています。
この経験を経て採用選考に来てくれた学生からは、「お堅い会社で変化に対してあまり前向きではないイメージを持っていたけれど、人々の生活や地域の足を守ることに社員の皆さんが強い思いを持って働いていることに共感したし、イメージも大きく変わった」といった声を聞きます。このように、華々しいスポットライトは浴びないけれど、人々の生活や地域の足を守るという志を持って働くのは素敵なことだと思える人たちに来てほしいので、当社をオープンに知ってもらいたいですし、私たちもインターンシップを通して学生の皆様一人ひとりを知っていきたいと思っています。
学生の挑戦を後押しするセーフティネットの整備を
今後、学生が安心して就職活動を進められる環境をつくっていくために企業、大学、行政などが立場を超えて取り組んでいく必要があるのは、セーフティネットの整備だと考えます。
新卒一括採用には、先述したとおり良い面もありますが、他方で、ある種排他的な仕組みで、その対象になれない人たちにとっては自分が思い描くキャリアの実現困難度が極端に高くなったり、もしくは選択肢が極端に少なくなってしまうものになっています。加えて、社会のセーフティネットが脆弱になってきているため、わざわざ新卒一括採用の枠の外に出ていくということは、相当リスクの高い、勇気がいる行為となってしまっています。それは、日本の学生のファーストキャリアにおけるキャリアパスの多様化を阻害しているのではないでしょうか。
挑戦せずに留まっている学生はたくさんいる
「リスクを取るのが怖いから」「セーフティネットが脆弱なために転がり落ちてしまうことが怖いから」と挑戦せずに留まっている学生はたくさんいると思います。私たちが立場を超えてセーフティネットを整備し、挑戦してうまくいかなくても軌道修正できる安心感のある社会をつくることができれば、学生はもっと自由に力を発揮することができるはずです。狭いキャリア観ではなく、夢とも言えるような大きなキャリア観で何かに挑戦する学生も増えるでしょう。その結果、日本のプレゼンスも上がっていくのではないでしょうか。
安心して挑戦できて、うまくいかなくても軌道修正できる。このような社会を大人はいかにして用意するのか、考え、行動していくことが大切だと思います。
東日本旅客鉄道株式会社の取り組み
仕事の裏側を体験できる「むきだしのJR東日本」を知る夏季インターンシップ
夏に5日間、月曜日から金曜日まで、業務体験を通じて当社への理解を深めていただくインターンシップを実施しています。鉄道を支える技術分野(研究開発、輸送、車両、機械設備、線路・土木など)、本社の経営・事業戦略策定部署、これからの注力分野(開発・不動産、Suicaサービス、データマーケティング)など、分野・テーマ別にコースを分け、普段は見られない業務の裏側に触れていただきます。
参加学生には、5日間、若手社員が1対1でつき、アドバイスや情報提供を行います。また、特に鉄道を支える技術分野のプログラムに参加した学生には、現場を知っていただけるよう、コースによっては夜間作業も見ていただきます。いずれも、東日本エリアの交通インフラを支える仕事の魅力、仕事に向き合う社員の熱量を感じていただける良い機会になっています。
取材・文/浅田夕香 撮影/刑部友康