識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.13
就職活動・新卒採用をめぐりさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、星野リゾート 人事グループ キャリアデザインユニット ユニットディレクターの鈴木麻里江さんのお話をご紹介します。
星野リゾート
人事グループ キャリアデザインユニット ユニットディレクター
鈴木麻里江さん
【Profile】
2012年入社。初年度に全国3カ所の施設での勤務を経て、「星のや京都」へ。2016年に社内の学習休職制度を用いてMBAを取得。復職後は、立候補制度により「星のや京都」のユニットディレクターに就任。2019年に再度、立候補により人事グループへ。2020年より現職。
個人と企業が対等の関係にあり、自立した個人が切磋琢磨・協働する組織が理想
働くことには、喜びや楽しさがあってほしい
これからの働く個人と企業の関係について考えるにあたり、まずは、「そもそも『働く』とは?」ということについて話したいと思います。近年は、過労死やハラスメントの問題などにより、働くことがややネガティブな意味合いを帯びているように感じます。しかし本来、働くことは個人が社会と繋がっていく重要なファクターであり、喜びや楽しさがあるものではないでしょうか。そうでなければ続きませんし、そうあってほしい、そうありたいと星野リゾートでは考えています。
この点で、今後は、社会の公器としての企業というものがますます求められていくだろうと思います。日本では長らく、家族で生業を行うことが多かった中、明治期にその枠組みを超えて血縁関係にない者が集まり、同じ志のもと社会に価値を提供していこうと「会社」という組織をつくり、事業を行うようになった。このプロセスはすごくワクワクするものですし、そこで過ごす時間はきっと、個人にとって価値があると信じられるものだったのではないでしょうか。今を生きる私たちも、この「会社」という仕組みができたときの志に立ち返れると良いと思います。
「人生は時間である。星野リゾートで過ごした時間が良い時間だったと社員に思ってもらえるような会社でありたい。一つひとつの経営判断をする際には、『働く社員がそう思えるか?』を判断軸の一つとする」というのが、星野リゾートの経営のスタンスです。
そして、このスタンスのもと、会社を経営する上で大事にしているのが、個人と企業の対等な関係性です。当社では、立場に関係なく、誰もが対等に議論を交わせるフラットな組織文化を戦略的に選択しています。個人と企業が対等な契約関係のもと、自立した個が集まり、志をもとに組織で大切な時間を過ごす中で、個人同士はもちろん、組織と個人においても互いに切磋琢磨・協働しながらより良い選択肢を見出して前に進んでいく。約30年前、現代表・星野佳路の代表就任とともに宿泊施設の運営に特化する戦略に切り替えたときから重視しているスタンスです。
世界で通用するホテル運営会社となるには優秀な人材に来てもらわなければならない、そのために、どのような場が働く場として魅力的か?と模索した結果の組織の在り方ですが、これからの社会においても、このような個人と企業の関係性が大事になってくるのではないかと思います。
学生自身のタイミングで応募・入社できる仕組みを
就職活動の在り方については、当社は長年、新卒採用のメッセージとして「就活、やめませんか」と発信し、広報活動開始時期以降の通年採用を実施しています。また、入社月も4月、6月、10月、2月から選べるようにしています。
それは、新卒一括採用の決まったスケジュールや条件に左右されず、学生の皆さんが自分の時間を目いっぱい使ってできることをやり切ってから、自身の都合の良いタイミングで入社してほしいという考えからです。
ここ数年、就職活動や入社の時期、新卒として扱う卒後年数などの幅を広く持たせるような取り組みがなされていることは、大きな変化だと感じています。
学生は、基礎的な学力と教養を身につけてほしい
他方で、学生の皆さんに望むことは、基礎的な学力と広い教養を身につけた上で社会に出てほしいということです。
学校教育法などでいわゆる学力の三要素とされている「基礎的な知識及び技能」「思考力、判断力、表現力」「主体的に学習に取り組む態度」は、まさに企業で働く社員に必要なものです。これらは、学校教育だけでなく、働くことによって身につける面も多分にありますから、大学で学びを終わらせず、社会に出たあとの実践を通じてさらに学びを深めるという、好循環を築いてほしいと思います。
そのためには、小・中・高校段階の学習内容、とくに、読み・書き、計算、そして歴史や地理など、私たちを取り巻く環境についての基礎知識をしっかりと学んでおいていただきたいですし、学び続ける姿勢と学び方もぜひ身につけてほしいと思っています。読み・書きは基本ですし、科学的アプローチなくして仕事は成り立ちませんから、数字に親しむことも必要です。また、歴史や地理を学ぶと、自分が今いる場所のことがもっとよくわかるようになります。
そして、大学では、基礎的な教養を広く学び、視野を広げてほしいと思います。特に当社のようなサービスを通して文化体験を提供する仕事は、無駄な知識はないと言えるほど多様な知識・教養が必要とされますし、お客さまのニーズや事業の現状を統計的・科学的に分析してこそ、良いサービスを企画・提供できることもあります。
学生時代だからこそ学べることを
仕事に必要な実践的なスキルは仕事でしか身につきませんし、入社後にリアルな実践の場で冷や汗をかくような経験をした方が早く習得できることもあります。むしろ学生であるうちは、学生時代だからこそ時間をかけて学べること、例えば、音楽や歴史、哲学など「これって何のためになるの?」と言われるようなものこそ学んでほしい。実態を捉えにくいものに対して頭を働かせる経験が、働く中で複雑な物事を捉えて判断しなければならないときの物差しになるのです。
同様に、政府や行政、各教育機関においては、学生がアートとサイエンスについてバランスよく知識を得られるよう、そして、3つの要素で構成される学力を確実につけられるよう、尽力いただきたいと思います。
価値ある仕事をつくる。それが企業の役割
また、より良い個人と企業の関係、そして、就職環境をつくっていく上で企業に必要なことは、当社も含めて、価値ある仕事をつくることだと考えます。価値ある仕事とは、各人にとってその仕事をする時間が価値のある時間だと思えることや、仕事の報酬が仕事だと思えることです。
例えば、当社においては、新しいサービスを生み出す仕事と、そのサービスを提供する仕事を分けるのではなく、構想と実行を一体化した仕事にこそ真の仕事の喜びがある、お客さまの期待を超えるサービスを提供するには、お客さまに接している社員が商品をつくることも含めて担当することが重要だという考えで、社員の仕事や働く仕組みをつくっています。
今後はさらに人口減少が進み、現在の人数を維持して事業運営を継続できる可能性は低くなる一方です。就職・採用における売り手市場の構造がもっと進めば、求職者の皆さんはより価値を感じられる仕事を選んでいくでしょう。そう考えたときに、今ある仕事を適正化し、より価値ある仕事をつくっていかなければならないと考えています。
最後に、マッチング支援者の皆さんには、仕事の本質を見極める目を持っていただけるとありがたいです。例えば、当社に対して従来のサービス業へのイメージやバイアスを前提にお話をいただくことが多いですが、それは、私たちの仕事の本質とは異なります。多様な産業、業種、企業がある中で、それぞれの組織が行っていることを見極め、そのコアの部分と、求職者のコアの部分を結びつけることを期待しています。ぜひそれぞれの仕事の本質を見極めてマッチングを支援していただければと思います。
取材・文/浅田夕香 撮影/刑部友康