「ありのままの学生を見たい」という人事担当者が多くいますが、自社のありのままを見せる努力をしている担当者がどれくらいいるのでしょうか。採用・就職活動において、企業と学生が対等な立場でコミュニケーションしている例はまだ限られているのではないでしょうか。ソニーグループは創業以来、社員との対等な関係を重視しています。コロナ禍で学生との直接接点が持ちにくい中、2022年卒採用から新たな情報開示を始めています。なぜさらなる情報開示を進める必要があったのか、その背景や取り組み内容についてうかがいました。
情報開示を進め、企業と学生がフェアに対話する場を作る
採用部2課(新卒採用担当)採用統括課長
浅井孝和さん
※記事は、2021年12月20日にオンライン取材した内容で掲載しております。
【Company Profile】
1946年創業。2021年4月、社名を63年ぶりに「ソニー」から「ソニーグループ」へ変更し、グループ本社を発足。「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」をPurpose(存在意義)として掲げ、ゲーム、音楽、映画、エレクトロニクス、半導体、金融の6事業をグローバルに展開。
社員が知る「ソニー」と学生のイメージのギャップに危機感を抱いた
――――ソニーグループの新卒採用責任者として、新卒採用において最も重視されていることは何でしょうか
学生と企業双方のカルチャーフィットです。採用・就職活動においては、お互いが着飾りがちですが、根本的な価値観や大切にしているものが異なれば、仮に「お見合い」が成立したとしても、いずれは無理が生じます。サステイナブルな関係性を築くために、企業はできるだけ「生の情報」を学生に届けることが大事だと考えています。学生はさまざまな「企業のリアル」を知ったうえで、例えば、自分が自然体でいられる、自分が大事にしていることを体現できるなど、それぞれの価値観にあった会社を選べるような状態を作りたいと考えています。
職種コースごとに採用を行う「コース別採用(2023年卒採用は98コース)」や、全ての面接における「個人面接」の実施、自由な服装で面接を受けていただく「私服面接」といった以前からの取り組みにも、「自分が何をやりたいのか、そのためにソニーで何をやりたいのかを、しっかり考え、ありのままの想いを伝えていただきたい」という当社からのメッセージが込められています。
ただ、学生が企業を知る機会は限られており、社員から見た企業と、その企業に学生が描くイメージにはギャップが生じることもあります。私たちにも、「ありのままのソニーの姿が学生に伝わっていないのでは」という問題意識がありました。
人事担当として当社を志望する学生と接しているだけでは気づかなかったのですが、当社に関心がない学生と意識的に話をしてみると、企業名は知られていても、会社のあり方や社員の雰囲気といったカルチャーはまだまだ伝わっていないと痛感しました。何となく「電機メーカー」とひとくくりにしていたり、「典型的な日系大企業」といった堅いイメージを持っていたりする学生が少なくなかったのです。
当社は自由闊達(かったつ)なカルチャーで、そこに魅力を感じている社員も多いですから、学生のイメージとのギャップに驚くとともに、学生に飾らない、等身大のソニーを知ってもらわなければと危機感を抱きました。そこで、採用活動における情報開示のあり方を見直し、2021年卒の採用ページを従来のスタイルから大幅にリニューアル。製品をイメージするクールでシンプルなビジュアルから、ソニー社員やカルチャーを表すビジュアルに変えたり、2022年卒採用では職種コース別に動画を作り現場社員に多数登場してもらったりするなど、「ソニーらしさ」をどうすれば学生の皆さんに届けることができるかを徹底的に追求しました。
2022年卒の採用ページから動画コンテンツを強化
――――採用ページのリニューアルに対する学生の反応はいかがでしたか
新型コロナウイルスの感染が拡大し、オンラインでの情報発信の役割が増したこともあり、社風や仕事内容が分かりやすいと好評でした。とはいえ、コロナ禍で学生とのリアルでのコミュニケーションが大きく減った中、ソニーらしさを知っていただき、カルチャーフィットを感じてもらうには、文字情報だけでは不十分です。オンラインであっても、可能な限り生の当社を伝えたいと考え、2022年卒の採用ページからは動画コンテンツを強化。職種コースごとに業務内容や社員の雰囲気を伝える70本近くの動画を作成し、新卒採用マイページに登録した学生が見られるようにしました。
動画公開に対する学生の反応は大きく、とくにエントリーシートの締め切り前と、各面接の実施前のタイミングで閲覧数の増加が見られました。一人あたりの閲覧動画数は3〜4コース。面接でのやりとりから、動画によって学生の当社に対する理解が促進されたと感じました。
また、2023年卒についても動画での発信をより意識した取り組みを実施しています。ソニーグループが新卒採用で実施しているいくつかの施策(個人面接、私服面接、コース別採用)については、会社説明会などで語ってはいるものの、なぜ実施しているのか、何を大事にしているのかといった背景までは伝えきれていなかった反省がありました。この反省から、学生にしっかりと「伝える」ために、2021年12月から「YouTube」のソニーグループ採用チャンネルで動画を公開し、誰でも見られるようにしています。
※ソニーグループ採用ムービーはこちら
エントリーシートの「ガクチカ」の評価ポイントと、その意図を開示
――――2023年卒の採用ページでは、エントリーシート(ES)を評価する際の「ガクチカ」6つのポイントと、その意図を開示されています。取り組みの背景をお聞かせください
当社では、ESの設問のひとつとして「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」を聞いていますが、私たちが知りたいのは「体育会の部長を務めました」「海外留学をしました」といった華やかなエピソードの有無ではありません。なぜそれをやろうと思ったのか、妥協せずに頑張ったことは何か、経験によって何を学んだのか、学生が物事に取り組む時の姿勢や考え方を聞くことによって、その人らしさや、今後の可能性を見たいのです。
エピソードは何であれ、自分が本当に打ち込んだことを、企業が求めているポイントを押さえて表現すれば、学生の魅力は伝わります。実際、人事でコーポレートスタッフとして活躍している若手社員の「ガクチカ」は「リーダーの情熱に共感し、サポート役として全力を尽くした」というもの。本人が主体的に始めた活動ではなく、活動の内容も華やかなものではありません。しかし、コーポレートスタッフの仕事には「共感できる力」が不可欠です。「ガクチカ」に表現された、「自分の役割に対する考え方」と「実践してきたこと」から、この社員がコーポレートスタッフの仕事をきちんと理解していることや、適性があることが伝わってきました。また、自らの経験を背伸びすることなく伝える姿勢が、当社のカルチャーにフィットしていると感じました。
一方、学生の中には、せっかく学生時代に頑張ってきたことがあるのに、ESの書き方を知らないために、自分らしさを伝えられない人も少なからずいます。その状況にもったいなさを感じると同時に、学生が「ガクチカ」の書き方を知らないのは、企業がどんな情報を求めているかを学生に伝えていないからだと気づきました。そこで、「ガクチカ」で書いてほしいポイントや、なぜその情報を求めているのかをエントリー受付開始前に明示し、学生に本来の力を発揮してほしいと考えたんです。
「ガクチカ」6つのポイント
- きっかけ・背景
- 設定したゴール
- 体制・役割
- こだわったこと
- 結果・学んだこと
- 学んだことを今後どう活かすか
ESの評価ポイントの公開は従来のソニーグループの採用にはない取り組みですが、特別なことを始めたという意識はありません。学生との相互理解を深めるために必要な情報は、これまでも可能な限りオープンにしてきました。また、今年については、エントリー時に受けて頂く性格検査の結果をある一定の条件のもと、学生にフィードバックさせて頂く予定です。性格検査の結果は、ソニーグループの選考そのものには全く関係ありません。理解をより深めてもらうための解説書とともに、検査結果をお戻しし、今後のより良い就職活動に役立ててもらいたいという想いから、今年からの新たな取り組みとして始めさせて頂く予定です。
学生への情報開示の根本にあるのは、「組織と個人は対等」という考え
――――こうした情報開示の根本にある、御社の考えを教えてください
学生と企業は対等な立場である、という考えです。当社の新入社員に向けて、創業者の1人である盛田昭夫は常々「人生は一度しかない。もしソニーに入って後悔することがあれば、すぐに会社を辞めなさい。そして、ソニーで働くと決めた以上は、お互いに責任がある」と伝えていました。この言葉はソニーのカルチャーそのものです。
組織と個人は対等であるにもかかわらず、新卒採用においては、ともすれば企業が優位になりがちです。ポテンシャルを評価されることが多く、採用の合否の基準が漠然としていたり、分かりやすい情報が少なかったりなど、企業から提供される情報の質や量が十分でないために、不均衡がもたらされることも多いのが実情です。私たちは本来あるべき情報の開示を進めることによって、企業と学生がフェアに対話する場を作りたいと考えています。
――――最後に、これから就職活動を始める学生に向けてメッセージをお願いします
就職活動は企業が一方的に学生を選ぶのではなく、お互いが選び、選ばれる場。もし、志望企業から内定をもらえなかったとしても、つらい気持ちも分かりますが、「落ち込まないで」とお伝えしたいです。その企業のカルチャーがあなたに合わなかっただけであり、個人を否定されたわけではありません。
就職活動を始めた当初は、どんな企業が自分にカルチャーフィットするのか、よく分からない人も多いかもしれません。でも、さまざまな企業と接点を持ち、その企業に対して自分が何を感じ、その理由が何なのかを深掘りしていくことによって、自分の価値観が明確になり、自分に合った企業を選びやすくなります。企業との出会いを通して、自分自身を理解し、自分のやりたいことを知る。それこそが「就職活動」の本来の姿なのではないかなと思っています。
また、企業とのコミュニケーションでは、ぜひ自然体を心がけていただけたらと思います。自分をさらけ出すのは勇気が必要かもしれませんが、面接で話を「盛る」と、採用担当者にはすぐ分かります(笑)。さまざまな角度から質問を続けるうちにほころびが見えてきますし、何よりも、「盛った」話をする学生の目は輝かないからです。例えば「ガクチカ」も、自分が本当に熱中していることを語る学生の目はキラキラとして魅力的に見えます。個人的にも、そういう人と一緒に働きたいですね。
【自分のキャリアは自分で築く。ソニーのキャリア支援とは】
採用において「応募者と企業は対等である」という考えのもとにコミュニケーションを行なっているソニー。では、入社後も社員との「対等な関係性」を重視しているソニーグループのキャリア支援とはどのようなものだろうか。採用部 統括部長の田代嘉伸さんにうかがった。
ソニーピープルソリューションズ株式会社・採用部
統括部長 田代嘉伸さん
「社内募集制度」を1966年から実施
ソニーでは創業以来、組織を多様な「個」の集まりととらえており、「個」と組織がともに成長するために、「都度、お互いに選び合い、応え合う」関係性を大切にしてきました。こうした企業文化のもと、キャリア支援においても社員の自主性を重んじ、「自分のキャリアは自分で築く」という考え方を根底としています。
社員一人ひとりの自律的なキャリア構築を可能にするために、ソニーでは多様な選択肢を用意しています。代表的な人事施策が、1966年から実施している「社内募集(求人)」制度。各部署が社員を公募し、所属部署に2年以上在籍している社員であれば上司の許可なく応募でき、これまでにこの制度を利用して異動した社員の累計は7500名を超えています。
私自身も入社後人事や家庭用ゲーム機部門のHRBPを担当後、自ら手を挙げてテレビ事業のマーケティングヘッドとしてインドに赴任。インドでの実績を評価されてヨーロッパの人事を担当するなど幅広い経験ができました。自らの意思で「場」を選び、そこで得た学びや人とのつながりによって自分のキャリアを作ってきたという実感を持っています。
「個」と組織が緊張感を持って高め合うキャリア支援制度
現在ソニーでは、ゲーム、音楽、映画、エレクトロニクス、半導体、金融の主要6事業をグループで手がけ、グローバルに展開しています。幅広い事業を持つ当社の強みを活かし、社員により多様な機会を提供したいという意図から、2015年からは従来の「社内募集制度」に加え、新たな制度を導入しています。
おもな制度は3つ挙げられ、高評価の社員に異動する権利を与えて適材適所の配置を促す「社内FA制度」、社員が自分のレジュメを登録することで人事や多部署から声がかかりやすくする「Sony CAREER LINK」、現在の部署に籍を置いたまま業務時間の3割を基準として別の仕事を兼務できる「キャリアプラス」制度です。
当然ながら、社内公募に応募しても希望する部署とのマッチングが成立しないこともありますし、「FA権」を持っていても行使しない社員もいます。しかし、こうした制度は異動を促すために実施しているのではありません。制度があることによって、社員は自分でキャリアを選択する自由を感じるとともに組織の期待に応える重要性を認識し、会社や上司は一人ひとりの社員が力を発揮できているか、成長を支援できているかを常に自問自答します。そこに「お互いに選び合い、応え合う」、緊張感を持って高め合う関係性が生まれることに意義があると当社は考えています。
「個」が「ソニーらしさ」のもとにつながり、組織を強化する
当社では「個」の意思を起点にプロジェクトが立ち上がり、「社内募集」などの制度を利用してさまざまな部署からメンバーが集まって新たに誕生した事業が少なくありません。象徴的な例として、電気自動車「VISION-S(ヴィジョンエス)」があります。このプロジェクトは「自動車を新しい社会のインフラとして大きな役割を果たすモビリティとして捉えたとき、そこにソニーの技術をどう活かせるだろう」という何人かの社員の発想から広がりました。
「PlayStation®(プレイステーション)の初代から3代目までの開発を手がけたエンジニアをはじめ、チームには自律型エンタテインメントロボット「aibo(アイボ)」、プロフェッショナル向けドローン「Airpeak S1(エアピークS1)」などさまざまなプロジェクトの経験者が集まり、2022年春に事業会社「ソニーモビリティ株式会社」を設立するまでに発展しました。
ただし、多様で個性あふれる「個」が自らの意思でキャリアを実現し、それぞれの「場」で力を発揮するだけでは、必ずしも組織の成長にはつながりません。組織が大きくなり、事業が多様化するほどその傾向は強まります。そこで、「個」の力を結集し、「個」と「組織」がともに成長するためにソニーが大事にしているのは、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というPurpose(存在意義)です。
「VISION-S」にしても、「車を作ろう」ではなく「ソニーが車をつくるならば、どのようなものができるか」からスタートしています。車をつくることに携わりたい、と考えたならば、その社員は自動車会社に転職をしていたかもしれません。「個」が「ソニーらしさ」のもとにつながり、それぞれが自らのキャリアで培ってきた「学び」が有機的に融合して新たな事業を生み出し、組織としてより強くなる。こうした循環により、「個」と組織が持続的につながっていることが当社の大きな特徴で、このようなソニーのPurposeや人への眼差しは、新卒の採用活動でも大切にしています。
取材・文/泉 彩子