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2022.01.27

地域の大学とつながり「学び」を「働く」につなげる環境を企業がつくる産学連携の地域人材育成プログラム「けんひろインターンシップ-企業編-」

これからの「働く」を考える Vol.7

 

株式会社広島銀行
人事総務部
花村 茜さん


※記事は、2021年12月17日にオンライン取材した内容で掲載しております。

県立広島大学経営情報学部経営情報学科(2020年4月以降入学の学生が参加する場合は、地域創生学部地域創生学科地域産業コース)と広島県内の企業による長期インターンシッププログラム「けんひろインターンシップ」。経営情報学科の学生を対象とし、低学年も参加できることが特徴のひとつ。広島県の地方創生をリードするための産学連携による人材育成を目指し、学生の実践的な経験学習を促す。第一弾は広島銀行デジタル戦略部(現:ひろぎんホールディングスデジタル戦略グループ、以下デジタル戦略部)と連携し、2021年8月下旬から9月上旬にかけて実施。2年生7名、3年生5名が参加し、スマートフォンアプリ「ひろぎんアプリ」に関してデジタル戦略部から提示された課題に取り組んだ。学生にとっては、学科での学びを社会で試すとともに、企業の取り組みやIT業務の具体事例について理解を深める場となった。

【Company Profile】
1878年創業、広島・岡山・山口・愛媛県を中心に約150支店を展開する地方銀行。2020年10月より「ひろぎんホールディングス」として持株会社体制に移行。「ひろぎん証券」「ひろぎんITソリューションズ」等のグループ企業と共に、従来の銀行業務の枠組みを超えた<地域総合サービスグループ〉を目指している。

 

地域の学生に、専門性を活かせる環境が自社にあることを知ってほしかった

 

――――「けんひろインターンシップ」を実施された理由をお聞かせください
 
IT領域で力を発揮する人材のニーズが組織内で高まっていることが背景としてあります。人口減少や低金利の長期化による資金需要の低迷、異業種参入による競争激化など地方銀行を取り巻く経営環境は急速に変化しています。こうした変化に柔軟に対応するため、近年、広島銀行では従来の銀行業務の枠組みを超えた取り組みを進めています。
 
その流れを加速させたのが、2020年の「ひろぎんホールディングス」設立によるホールディングス(持株会社)体制への移行です。22年1月現在、ホールディングス傘下には金融系企業のほか、IT関連、コンサルティング、人材サービス企業など非金融も含めた8社が並び、〈地域総合サービスグループ〉として地域のあらゆるニーズにお応えしています。
 
その実現のための重要課題のひとつが、お客さまとのリレーション強化や業務効率化といった既存事業のデジタル化に加え、ITを活用して新たなビジネスを創出する「DX(デジタルトランスフォーメーション)*」の強化です。以前から体制構築は進めており、16年に総合企画部内に「新事業開発推進室(2018年にデジタルイノベーション室へ改組)」を発足。19年4月に「デジタル戦略部」を新設し、提携企業との連携を強めるとともに、システム開発の内製化を進めてきました。
*データとデジタル技術を活用して、製品やサービス、ビジネスモデル、業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
 
こうした業務を支える人材は既存社員の配置転換や中途採用で確保していましたが、DX強化を視野に入れ、19年卒採用から理系、とくに情報科学を学んだ学生の採用を意識した採用活動を始めました。当時は応募者のほとんどが文系学生だったため、ターゲットを絞った採用が必要と判断し、21年卒採用からダイレクトリクルーティングを導入。22年卒採用からはIT関連部門の配属を前提とした「IT・デジタル人財採用コース」をスタートして採用人数の目標も設定し、IT人材の採用強化に本格的に取り組んでいます。
 
この過程で私たちが実感したのは、ITを学ぶ学生の多くが、銀行を就職先の選択肢に入れていないということです。実際、従来の銀行業務ではITの専門知識や技術が存分に活かせる業務は多くありませんでした。しかし、当行が金融業から〈地域総合サービスグループへ〉の変革を進める今、地域課題をITで解決できる力と情熱を持った人材は組織に欠かせない存在となっており、その活躍の場は今後も確実に増えていきます。
 
地域の大学でITを学ぶ学生に「学び」を「働く」につなげる環境が当行にもあることをもっと知っていただきたいと感じていたタイミングで、情報系の学科のある県立広島大学が学生の実践力育成を目的とした長期インターンシップを検討していると知り、すぐに連携していくことを決めました。

 

低学年を対象としたインターンシップは、企業側にも大きな意義がある

 

――――「けんひろインターンシップ」は低学年も対象としています。その意義をどのようにお考えになっていましたか
 
当行のITの仕事について、学年を限定せず広く知っていただきたいとは思っていましたが、低学年を対象とすることによる企業側の意義はあまり意識していませんでした。そもそも、学生が来てくれるかどうかさえ分からなかったので、欲がなかったんです(笑)。銀行を就職先として認知していない学生にアプローチするわけですし、実施の決定が学期初めから数カ月経ったころで、すでにほかの企業のインターンシップへの参加が決まっている学生も多く、参加者は多くても数名ではと考えていました。蓋を開けてみると、2年生7名、3年生5名の応募があり、期待以上の反応に驚いたのが正直なところです。
 
実施後は、低学年を対象としたインターンシップは企業側にも大きなメリットがあると感じています。第一に、業界や企業を固定観念が形成される前に知ってもらえること。参加した学生に銀行業務で頭に浮かぶことを聞いてみると、2年生のほとんどは「支店窓口の事務」を挙げ、3年生は多くの学生がドラマ『半沢直樹』で描かれたような法人顧客への融資や資金回収を担当する仕事を挙げました。
 
注目したのは、2年生は自分自身が見たことのある仕事を挙げており、シンプルに銀行内部の仕事についてあまり知らないのに対し、3年生はある程度知識があり、イメージが固定化されつつあることです。「銀行=『半沢直樹』の仕事」と思えば、ITを学ぶ学生は関心を持ちません。そうなる前にアプローチする重要性を「けんひろインターンシップ」で認識しました。
 
第二に、学生が企業との関係に利害を感じにくく、企業が学生の率直な意見を聞きやすいことです。これは採用コミュニケーションを考える上で大変役立ちますし、商品やサービスのマーケティングにおいても、企業にとってメリットです。例えば、今回のインターンシップのワークでは、スマートフォンアプリ「ひろぎんアプリ」の利便性を高めるアイデアを学生に提案していただきました。その際にメニューボタンの位置など画面デザインや操作性について、日常的に開発に携わっている社員では気づきにくい視点からの意見が出され、「非常に意味のある内容だったので、すぐにアプリの改善に反映した」と社員から聞いています。

 

学生に求めていたのは課題を解決することを通して学び、成長すること

 

――――限られた期間で学生が銀行でのITの仕事を理解し、「働くこと」の手ごたえを得られるよう工夫されたことを教えてください
 
現場のビジネスをできる限りリアルに体感してもらえるよう、月ごとのアプリユーザー数の推移やユーザーの属性など現場の社員が使用しているデータの一部を、個人情報や機密情報に触れないよう配慮した上でワークの資料として提供しました。また、プレゼンテーションへのフィードバックは手加減せず行うことを大学側と事前に共有。現場の仕事で求められるレベルをきちんと知ってもらいたいとの思いからです。
 
ただし、参加者の中にはプレゼンテーションそのものが初めてという学生も少なくありませんでした。経験や知識が十分ではない学生に現場のビジネスの面白さを感じてもらうには、リアリティのある課題を提供するだけでなく、サポートも必要です。グループワークのフォローを学生と年齢の近い若手社員が担当したり、お昼の休憩に雑談タイムを設けるなど学生が相談をしやすく、伸び伸びと発言できる場を作ったりするよう心がけました。
 
私たちが「けんひろインターンシップ」で学生に求めていたのは課題を解決することを通して学び、成長していただくことでした。しかし、学生は課題を与えられると、社会人のように完璧に仕上げなければと身構えがちです。そこで、中間フィードバックの際にあえて管理職から「本番のプレゼンテーションでは、学生の皆さんだからこそできる発言を期待しています」と伝え、今の自分のベストを尽くすよう促しました。
 
中間フィードバックでは、各グループへの課題に関するフィードバックとは別に、一人ひとりの強みについて社員が気づいたことをフィードバックしました。学生からとても好評だったので、当行で実施する別のインターンシップにも取り入れることを検討しています。

 

最大の成果は、学生と企業の「ギャップ」を把握できたこと

 

――――「けんひろインターンシップ」の運営には人事部やデジタル戦略部の管理職以外にアプリ開発チームの社員数名も運営に参加されたと聞いています。企業主催の就職活動期のインターンシップと比較し、低学年も対象とし、「育成」を目的としたインターンシップは採用とのつながりが希薄ですが、企業側の負荷についてどのようにお考えになっていますか
 
経験や知識の浅い学生にビジネスの現場に即した課題に取り組んでもらうにはそれなりの準備が必要ですし、通常業務が別にある社員がインターンシップに協力するにはパワーもかかります。それでも、これまでの取り組みでは実現できなかったいくつものリターンを得られました。採用活動だけでは難易度も高く、到底たどり着けなかった発見があり、投資対効果には十分満足できるものでした。
 
最も価値を感じているのは、銀行業務の認知度や当行へのイメージといった、一般の学生と私たちの間にある「ギャップ」をきちんと知ることができた点です。グループ全体で変革を進める中、IT領域に限らず、多様な人材を求めている私たちにとって、これは非常に価値のある情報であり、すでに当行や業界への関心を持っている学生が集まる通常のインターンシップでは得られないものです。
 
大学のキャリアセンターや先生方との協議や、学生との関わりを通して、学部の研究について理解を深めることができた点にも大きな価値を感じています。当行の新卒採用でIT系のコース別採用を導入したのは2022年卒からですが、ITを学んだ学生をIT関連部門に入社後すぐ配属した実績が19年卒から毎年数名あります。当行の新入社員はまずは支店に配属されるのが一般的で、これはIT人材の定着を意図した特例的な配置でした。入社から数年経過した現在、彼ら、彼女らは非常に生き生きと活躍しており、専門的な知識を学んだ学生が「学び」を「働く」につなげられる環境の重要性を実感しています。こうした、環境を企業が整える上でも、地域の大学の取り組みをきちんと知ることには大きな意味があります。
 
――――金融の仕事や、御社のIT業務に対する学生の理解については、「けんひろインターンシップ」実施による手ごたえをどのように感じていますか
 
最終日に実施した学生へのアンケートでは、「インターンシップを通じて、広島銀行のイメージが変わりましたか」という問いに対し、9割を超える参加者が「はい」と回答しており、その理由のほとんどが、当行がIT関連の事業に注力していることを好意的に捉えたものでした。
 
加えて、「金融機関でデータやシステムをあつかう仕事に魅力を感じましたか?」という問いに対して5割が「はい」と回答し、「いいえ」と回答した学生はいませんでした。回答した学生たちがもともとは金融業界や当行のDXの取り組みをほとんど知らず、当行への就職先としての関心も低かったことを考えれば、大きな前進と捉えています。「けんひろインターンシップ」に参加した学生が当行の別のインターンシップにも参加するなど目に見える成果も表れています。
 
また、印象的だったのは、「銀行に対して持っていた堅いイメージが変わった」という声です。当行はさまざまな個性を持つ社員が活躍できる場を目指していますが、中でもデジタル戦略部はフラットで、若手を中心に構成されており、入社数年目の社員も主体的に仕事を担っています。IT系部門のこうした魅力は言葉だけでは伝え切れず、学生の皆さんへの伝え方を思案していたところでしたので、インターンシップで部門の雰囲気を肌で感じていただけて良かったです。
 
「けんひろインターンシップ」は、次年度以降も継続していく予定です。県立広島大学では新年度の初めにインターンシップ説明会を実施しており、この説明会での認知効果が高いとうかがっています。次回も大学側としっかり連携し、充実したインターンシップを実施できればと考えています。

 

取材・文/泉 彩子

 

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