当研究所の調査概要
就職みらい研究所とは
2022.01.25

「働く」を知ることで、「学び」が活性化される産学連携の地域人材育成プログラム「けんひろインターンシップ-大学編-」

これからの「働く」を考える Vol.6

 

県立広島大学
大学教育実践センター キャリアセンター
キャリアセンター長 原田 淳さん


※記事は、2021年12月21日にオンライン取材した内容で掲載しております。

県立広島大学経営情報学部経営情報学科(2020年4月以降入学の学生が参加する場合は、地域創生学部地域創生学科地域産業コース。以下同)と広島県内の企業による長期インターンシッププログラム「けんひろインターンシップ」。経営情報学科の学生を対象とし、低学年も参加できることが特徴のひとつ。広島県の地方創生をリードするための産学連携による人材育成を目指し、学生の実践的な経験学習を促す。第一弾は広島銀行デジタル戦略部と連携し、2021年8月下旬から9月上旬にかけて実施。2年生7名、3年生5名が参加し、スマートフォンアプリ「ひろぎんアプリ」に関してデジタル戦略部から提示された課題に取り組んだ。学生にとっては、学科での学びを社会で試すとともに、企業の取り組みやIT業務の具体事例について理解を深める場となった。

 

広島銀行との連携は、学生がITの仕事の幅広さを学ぶ最適な機会と考えた

 

――――「けんひろインターンシップ」を企画された背景をお聞かせください
 
大学までに経験したどのような要素が学生の成長につながり、職業的・社会的自立を促すのかを明らかにするために、就職活動を終えた学生を対象に調査を実施したことが始まりです。就職活動への納得度・満足度が高い学生にヒアリングを行ったところ、学生間にふたつの共通点が見られました。「アルバイトや留学、インターンシップなど学外の場で課題に直面し、乗り越えた経験があること」と、「多様な経験から得た学びや気づきを、就職活動に活かせていること」です。 そこで、学生がこうした経験を体系的に得られる場を、就職活動が本格化する前に提供する必要性を感じ、地元企業との産学連携インターンシップの実施を考えました。
 
提携先として広島銀行に感じた魅力は2点です。第一に、広島銀行にはIT人材の採用を強化する動きがあり、ITで新たなビジネスを企画する「デジタル戦略室」での学生の受け入れに積極的だったこと。ITに強い人材の育成を目指す本学経営情報学部経営情報学科との親和性が高く、大学での学びをダイレクトに「働く」に結びつける機会を学生に提供できます。領域を特化したプログラムを実施することによって、学生の目的意識がより高まり、インターンシップが充実したものとなるとともに、大学での学習意欲も上がるのではと期待しました。
 
第二に、IT企業ではないことも大きなポイントでした。ITを学ぶ学生の多くが就職先として真っ先にイメージするのはIT企業ですが、あらゆる事業領域でDX(デジタルトランスフォーメーション*)が進む現在、ITに強い人材は幅広い業界で求められています。また、学生にとっては、IT企業以外に入社した場合、自身の専門性や関心を配属先で確実に活かせるのかが気になるところですが、IT系職種においては、「ジョブ型雇用」の要素を取り入れる企業が増える傾向があり、広島銀行でも2022年卒採用からIT関連部門への配属を前提とした採用を実施しています。金融業界でのIT業務の実際や、社員の働き方に触れることにより、学生に視野を広げてもらいたいという思いがありました。
*データとデジタル技術を活用して、製品やサービス、ビジネスモデル、業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること

 

「実践」の面白さが、学生の「学び」や「キャリア」に対する自発性を高めた

 

――――「けんひろインターンシップ」実施後、参加した学生に変化は見られましたか
 
より積極的に学ぶようになった学生が多いです。システム開発論の授業でコストパフォーマンスを考慮した提案をするなど、ビジネスの現場で学んだ視点を活かして多角的に物事を考察する姿も見られるようになり、教員から「インターンシップの成果を感じる」という声を聞きます。
 
キャリアデザインの面では、インターンシップ最終日のアンケートでほとんどの学生が「金融機関でもITを活用した業務に力を入れていることが分かり、将来の選択肢が広がった」とコメントしています。「金融機関でデータやシステムを扱う仕事に魅力を感じましたか」という問いに対し、参加した学生の75%が「はい」と答え、「いいえ」と回答した学生はいませんでした。
 
また、キャリアセンターが用意した場に積極的に参加するだけでなく、「こんな会社を見学したい」「こんな情報を知りたい」と自ら機会を求める姿が見られます。学生の自発的な行動を引き出せたことに、「けんひろインターンシップ」の大きな意義を感じています。
 
――――「けんひろインターンシップ」のどのような要素が、学生の「学び」やキャリアデザインに対する積極的、自発的な行動を促したのでしょうか
 
企業やビジネスの現場を知ったり、これまでの「学び」で培った力をビジネスの現場で試すことを「楽しい」「面白い」と感じ、「もっと知りたい」「学びたい」というシンプルな思いが高まったりしたのではと見ています。これは低学年も対象にした、「経験学習による人材育成」に主眼を置いたプログラムならではの成果かもしれません。企業主催の通常のインターンシップでは、学生の目的がその企業への「就職」に置かれますから。
 
また、「けんひろインターンシップ」では、学生に自分の目で企業や仕事を見てほしいという思いから、企業でのワークに入る前に、自己分析によって参加動機を明確化したり、ビジネスフレームを活用して広島銀行の持ち味を理解したりする事前学習を2日間(合計8時間)かけて大学で行いました。事前学習を通し、自分に合った企業を選ぶための「ものさし」を得たことにより、企業研究が「自分ごと化」され、「さまざまな企業を知りたい」という思いが強まったのではと考えています。

 

サステイナブルな産学連携には、オープンな関係性と明確なゴールの共有が必要

 

 
――――地域企業との連携による、実践的な長期インターンシップの実施は過去にも前例があったのでしょうか
 
人間文化学部健康科学科と広島県に拠点を置く「カルビーフューチャーラボ(株式会社カルビーの新商品開発拠点)」が連携したプログラムを2017年度から毎年実施しています。管理栄養士国家資格取得を目指して学ぶ2年生、3年生を対象とし、参加者は研究生として1年間(実働約10日間)商品の企画・開発に関わり、必要に応じて教員もバックアップします。このプログラムを通して学生の成長を把握していたことも、「けんひろインターンシップ」実施を決める判断材料のひとつになりました。ただ、プログラムの内容は企業にお任せしており、企業と連携してイチから企画した長期インターンシップは今回が初めてです。
 
プログラムの協議や実施後の振り返りミーティングには、キャリアセンターだけでなく教員も参加しました。大学が銀行のIT人材育成の考えや採用ニーズを理解するとともに、銀行の皆さんに学科の学びについて知っていただくことができ、非常に意義がありました。
 
企業でのワーク開始後は、大学は基本的に「黒子」に徹しましたが、知識や経験の浅い学生が、企業から出された課題にモチベーションを維持して向き合い続けるのは簡単なことではありません。最終発表までの準備期間にプレゼンテーションの基本をアドバイスしたり、中間発表での企業からのフィードバックを一緒に振り返ったりするなど、キャリアセンターのスタッフが学生の状況に応じてサポートをしました。柔軟な対応ができたのは、「成果物の完成度よりも学生が自分自身で考え、発信することを重視する」「現場の仕事をリアルに体感してもらうため、学生のアウトプットに対するフィードバックをしっかり行う」といったプログラム実施のポイントを事前に企業側とすり合わせていたことが大きいです。企画段階のコミュニケーションを通し、「経験学習による人材育成」というゴールを企業と大学がしっかりと共有できていたことが、プログラムのスムーズな実施につながったと感じています。
 
――――貴校のように、教員が学生の「学ぶ」と「働く」の接続を支援することは難しく、課題を感じている大学が多いように思います。背景としてどのようなことがあるのでしょうか
 
本校は3大学の統合により2005年に誕生した比較的新しい大学なので、認知度を高めるための一要素として、教員が「就職」の重要性を認識する場面が多かったのかもしれません。ただ、根本的には、人材を育てることに対して喜びを見出している教員が多いことが影響していると思います。
 
教員にとって学生の「働く」を支援することは、負荷もありますが、「学生の成長のさまを見られる」という大きな喜びがあります。さらに、「働く」を知って成長した学生は、企業で得た知見や新たな視点など「お土産」を持って研究室に帰ってきてくれます。学生が「働く」を知ることによって、大学での「学び」が活性化され、教員の研究にもポジティブな影響をもたらす。こうした好循環を実感している教員ほど学生のキャリア支援や、産学連携プログラムに協力的だと感じています。
 
話が少し脇にそれますが、本校の学生が興味深い発見をしました。彼によると、研究実績を上げていて、学生からの人気も高い研究室の共通点は「ドアが開いていること」。言われてみれば、その通りでした。教員も含め大学全体が社会に開かれることによって、「学ぶ」と「働く」の好循環が生まれます。
 
インターンシップに限らず、産学連携の取り組みがサステイナブルであるためには、この循環を起こす必要があり、そのためには大学と企業のオープンな関係性と、明確なゴールの共有が非常に重要だと考えています。こうした観点からも「けんひろインターンシップ」には大きな手ごたえと、今後の可能性を感じており、来年度以降も継続する予定です。
 
――――最後に、学生に向けて企業選びのアドバイスをお願いします
 
企業選びで大事なのは、自分の「ものさし」を持つこと。ますは自己分析をしっかりとして、仕事選びの軸を見つけることを大事にしてほしいと思います。学生のキャリア支援に長く携わってきた立場からお話しすると、就職活動時に自分の夢ややりがいを軸に企業選びをしていた学生ほど就職活動満足度が高いと感じています。
 
また、個人的には、企業のカルチャーや社員の雰囲気との相性も、企業選びの重要なポイントのひとつだと考えています。私自身が大学院で研究室を選ぶときも、研究テーマはしっかり確認しましたが、その研究室の教授のもとで学ぶことを「楽しそう」と感じたことが決め手でした。結果的に、その選択は間違っていなかったと思っています。自己分析や企業研究はもちろん大事ですが、自分がそこで働いている姿をイメージできるかどうか、素直な感覚も大切にしていただけたらと思います。

 

取材・文/泉 彩子

 

関連記事