これからの「働く」を考える Vol.2
企業選び、働く環境選びの観点はさまざまです。その一つとして注目を集める「働きがいのある会社」ランキングでは、独自の評価項目で組織を分析。2020年より認定制度もスタートし、より多くの企業が参加しています。「働きがい」とは何を指し、企業選びではどんなポイントに着目すべきなのか。GPTWジャパン代表の荒川陽子さんにお話をうかがいました。
GPTWジャパン
代表 荒川陽子さん
※記事は、2021年5月27日にオンライン取材した内容で掲載しております。
1991年に米国で創設されたGreat Place to Work® Institute(GPTW)は、「働きがい」に関する調査・分析を行う専門機関。GPTWは、独自の評価基準によって「働きがいのある会社」として認められる会社や組織を認定し、毎年米国『FORTUNE』誌を通じて「働きがいのある会社」ランキングを発表している。米国では、ランキングに名を連ねることが一流企業の証とされており、同社のランキングは現在、世界約60カ国まで広がっている。日本では、2007年に『日経ビジネス』誌で初めて「働きがいのある会社」ランキングが掲載された。09年にGreat Place to Work® Institute よりライセンスを受けたGreat Place to Work® Institute Japan(株式会社働きがいのある会社研究所)が創設され、日本でのランキング・認定制度を運営している。
働きやすく、やりがいもある「いきいき職場」を増やしたい
――――GPTWとはどんな組織なのか、成り立ちの経緯から教えてください
「働きがいのある職場をつくろう」と認知が広がったのは、GPTW創設者のロバート・レベリングによる研究成果からでした。1991年にアメリカで、働きがいのある職場の調査機関Great Place to Work® Instituteが作られ、規模別、業界別、エリア別で「働きがいのある会社」ランキングを発表する取り組みが始まりました。
日本では2005年から活動がスタートし、以来15年間、毎年1回ランキングを発表しています。『日経ビジネス』誌で初めてランキングが掲載された07年は、参加社数が67社でした。そこから、働きがいを高めることへの興味関心が年々高まり、21年版の日本における「働きがいのある会社」ランキングには、462社が参加しています。
さらに、2020年11月には、働きがいのある会社の“認定”制度がスタートしました。これは、働きがいに関するアンケート調査で一定水準に達した企業には、回答の約2カ月後に認定が付与されるというもの。これまでの年1回のランキング発表よりも、企業側はスピーディに認定結果を知ることができ、調査結果から見えた自社の課題に早く取り組めるメリットもあります。また、ランキング形式以外でも働きがいの高さを外部機関から認められることは、採用広報にもつなげやすくなります。
多くの企業が、エンゲージメント(社員の組織に対する思い入れ)の重要性を認識しており、GPTWの取り組みに賛同する企業は年々増えていると感じています。
――――GPTWが考える「働きがいがある会社」とは、どんな組織ですか
「働きがいのある会社」は、「働きやすさ」と「やりがい」の両方がかね備わった組織を指しています。働きやすさは、快適に働くための条件面を指し、整っていなければ不満につながる“衛生要因”と言われています。日本では働き方改革というと、この「働きやすさ」が中心に語られることが多いです。
一方のやりがいは、仕事自体に対するモチベーションなど目に見えにくいものです。あればあるほどやる気につながる“動機づけ要因”として、働く上で重要な指針になっています。
GPTWでは、この両方が大事であると発信を続けてきました(図1)。働きやすさのみを求めれば、居心地がいいだけの「ぬるま湯職場」になってしまいますし、やりがいはあっても働きやすさがないと、ばりばりと働き続けていずれ燃え尽きてしまいます。
【図1】“働きやすさ”דやりがい”4つの職場タイプ
2018年版日本における「働きがいのある会社」ランキング参加企業への回答結果よりGPTWジャパン作成
――――働きがいがあることは、経営面にどのような影響をもたらしていますか
働きがいがあることと業績との関係性は、調査結果からも見えています。
2018年に「働きがいのある会社」調査に参加した企業の業績を分析したところ、売り上げの対前年伸び率が、「いきいき職場」(図のA)では43.6%ともっとも高い結果に。次いでばりばり職場(B)は22.0%、ぬるま湯職場(C)は6.0%、しょんぼり職場(D)は6.5%となりました。(図2)
【図2】4つの職場タイプごとの売上の対前年伸び率
2018年版日本における「働きがいのある会社」ランキング参加企業への回答結果よりGPTWジャパン作成
上場企業の場合、働きがいのある会社の株価上昇率は、日経平均株価の上昇率よりも高い傾向も出ています。人という無形財産にきちんと投資している企業は、短期の成果はもちろん、長期的に見ても市場から好感を持たれていると言えるでしょう。
アメリカでは、働きがいの高い企業の離職率は、各業界の平均離職率より低いというデータが出ています。働きがいは、内部の優秀な人材を引き留め、外部からの優秀な人材獲得につながると考えられます。一人ひとりの働きがいが高まることで、社内のコミュニケーションが活発になりイノベーティブな発想やチャレンジが生まれ、サービス向上と顧客への提供価値につながります。こうして、いいサイクルが続いていくのだと思います。
――――働きがいはどのように測定しているのでしょうか
「信用」「尊重」「公正」「誇り」「連帯感」の5つの要素で測定しています。これは、創業者のロバート・レベリングが、アメリカ中の企業を調査した結果をもとに作られたものです。経営者や現場社員への相当数のインタビュー記録から、働きがいのある会社には、リーダーへの“信用”、従業員の“尊重”や“公正”な扱い、そして仕事への“誇り”と仲間との“連帯感”が、非常に重要であると編み出しました。フィールドワークによって、実体験に基づいた基準が抽出されています。
時代の変化に合わせて、2019年に「人の潜在能力を最大化する」という概念を加え、全員型「働きがいのある会社」として働きがいモデルをバージョンアップしています。属性や立場によって働きがいの感じ方が異なることなく、一般従業員もマネジメント層も経営陣も、全ての人の力を引き出し、誰もが「自分の能力を最大限発揮できている」と感じられる状況を目指しています。
ダイバーシティの考え方と同様に、価値観やリーダーシップの重要性、イノベーティブな行動を起こし続けられるカルチャー創造といった概念も加わっています(図3)。
【図3】全員型「働きがいのある会社」の概念
GPTWジャパン作成
このモデルに沿ったアンケートを、働く社員だけではなく会社に対しても実施します。会社が働きがいを高めるために何をしているか、理念やビジョン、バリューと一貫しているかを確認し、評価しています。
働きがいに関するスコアや数字など、より具体的な情報開示が求められる
――――働きがいがあることは、採用にもプラスの影響が出ていますか
認定やランキングに入ることで、採用市場において認知度が高まるとは言えるかもしれません。ただ、認定を受けたりランキングに入ったりすること自体が目的になっている企業様も一定数いらっしゃいます。「GPTWが認定した、いい会社」という抽象的な情報発信で止まってしまっているので、具体的にどんな点が優れているのかをアピールすることが大事だと思います。
認定やランキングに挑戦する際は、各社にレポートを書いていただきます。そのプロセスで自社の課題が見つかり、そのことから他社の取り組みを知ることもあります。GPTW参加のプロセスやアンケート調査結果から、自社の強みを言語化し、採用場面のコミュニケーションにも活用していただけたらうれしいですね。
企業は今後、ESG投資(※)やSDGsの観点から、非財務指標の可視化と発信がますます求められるでしょう。社員の働きがいに関連するスコアや数字など具体的な情報の開示は、学生が企業理解を深める上で非常に有意義な材料になると思います。
(※)従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資
――――これから働く会社選び、環境選びを進める学生に向けて、企業の見るべき観点、ポイントは何か、アドバイスをお願いします
どんな環境でどんな風に働くと、自分らしく心地よくいられるのか。組織を見る上で、GPTWの5つの要素を切り口に考えるのもいいと思います。上司を信用できる、上司から自分が尊重されていると感じる、公正に扱われる、仕事に誇りを持てる、仲間と連帯感を感じられる――。自分はどこにピンと来るかを考えてみてはいかがでしょう。
企業探しの段階で、働く環境を具体的にイメージするのは難しいので、大学のキャリアセンターなど周りの人と対話しながら自己分析を深めるのもいいでしょう。「チームで連帯感を持って動くことが好き」「自分の能力を磨いて誇りを持てることが大事」などサークルや大学のコミュニティで、自分が何を重視していたのか、ひも解く作業が必要です。
GPTWジャパンの認定ページでは、各企業において評価の高い項目が紹介されています。「私には、この観点が大事」など自分の軸と照らし合わせながら見ていくのもいいのではないでしょうか。先行きが不透明で変化が激しい時代において、持続可能で安心できる企業の選び方の参考となるはずです。情報として見えやすい福利厚生や条件面、人事制度などの「働きやすさ」だけを見るのではなく、信用や連帯感、誇りなど「やりがい」も高い「いきいき職場」を、ぜひ選んでいただきたいと思います。
学生の周りの大人が、さまざまな「企業を見る目」を持つことが重要
就職みらい研究所では、2022年3月までに卒業予定の学生に、「卒業後の進路を考える上で影響を受けたものを聞いています(調査期間:2021年4月28日~5月9日)。複数回答で聴取した結果を見ると、「親」(2022年卒:46.9%、対前年4.2ポイント増)、「大学・学校の先生」(同:21.7%、対前年2.1ポイント減)のように、学生の多くが「周りの大人」の影響受けていることが分かります。コロナ禍で人との接点に制約を受ける中、2021年卒学生よりも親の影響を受けている学生が増えていることも分かります。大学・学校の先生の影響を受ける学生も、大きくは減っていません。
学生が納得して就職先を決める上で欠かせない、「企業研究」や「自己分析」。学生一人ひとりが「自分だけの志望企業」と出合うために、学生の周りの大人の皆さんも、さまざまな「企業を見る目」を持つことが重要です。
【図4】卒業後の進路を考える上で影響を与えたもの
取材・文/田中 瑠子