若者と組織のより良い関係とはどのような姿でしょうか? コラム「これからの『若者と組織』のあるべき姿とは?」では、就職活動をする若者、雇用する企業、若者を育てる大学について、識者の方にインタビュー。それぞれのあるべき姿について考えます。
年齢、雇用形態を問わず、人を大切にすることが会社を、組織をより良くする
げんだ・ゆうじ●東京大学社会科学研究所教授。経済学博士。専門は労働経済学。2000年代初頭に若年者の失業問題から雇用の課題やニートの問題を提起。近年は無業者・不安定雇用者の研究などに取り組んでいる。近著に『雇用は契約』(筑摩選書)、ほかにも『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論社)、『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社)など多数。
若手社員には「正義の係」としての役割が期待されている
人と組織との関係について考えるときに、学生にまず考えてほしいのが「企業が学生に期待していること」。講義などでよく学生に話すのは、しっかりとした企業ほど、就職したばかりの若手社員に対して「正義の係」を期待しているということです。
「正義の係」という言葉には、2つの意味が込められています。1つ目は、「正しいと思うことを言うべき」という意味。働いていると「これは仕方がない」「本当は違うんだけど、やらざるを得ない」などと妥協せざるを得なかったり、正しいということだけでは物事を進められないことがたくさんあります。でも、新入社員にはそんなことはわからない。「○○さん、なんでそんなことしないといけないんですか?」「それって違いますよね?」など、正論を投げかけ、働く先輩たちに今の仕事を見つめ直す機会をもたらすことが期待されています。
もう1つの意味は、「うぬぼれてはいけない」という意味。新入社員が正しいと思うことは、実は、先輩たちだって、ちゃんとわかっているんです。わかっているけれど、さまざまな事情のもと正論を貫くことができずにやっていることがある。その背景や事情、会社が何を大事にし、守ろうとしているのかといったことを理解した上で、自分が正しいと思うことを言えるようになるといいよね、という話です。
これは、自分の考えや個性を一方的に主張するだけでは、相手は受け入れてくれないということでもあります。個性というのは相対的なものですから、一方的にぶつけてうまくいくことはそうそうありません。会社や職場が大事にしていることをよく理解した上で、違和感を伝えるからこそ、皆も納得することができ、組織もよくなるのだと思います。
会社単位ではなく、プロジェクト単位で大事にしている価値観に注目を
企業が大事にしていることを知るために、学生はよく「御社が大事していることは何ですか?」と社員に質問します。でも、企業の規模が大きくなればなるほど、「会社全体のことはわからない」という社員が多くなる。大事にしている考え・価値観は事業によって異なっていたり、会社の事業が多様なため、「これ」というものがわからなかったりします。
個人に質問するならば、「会社」という大きすぎる単位に目を向けるより、目の前にいる社員が携わっているプロジェクト(事業)など、より具体的な事業単位で大事にしていることを聞いてみた方がいい。その方が将来、一緒に働くことになるかもしれない人たち、しかもプロジェクトをまとめるリーダーやマネージャーが大事にしているプリンシプル(信条)といえるものが見えてくると思います。それをいくつか知ることができれば、その共通する部分から、結局企業が大事にしていることの理解にもつながるはずです。
「雇用は契約である」という意識を持つ
もう1つ、就職活動をする学生に伝えたいことは、「雇用は契約である」という意識を持ってほしいということです。若者雇用促進法ができたことで、学生は企業に対して職場情報の開示を求めることができるにもかかわらず、採用選考に影響があるのではないかと考えてできないと思っていると聞きます。契約や職場情報について知ることはダメなことでもなんでもありません。法律では、当事者がちゃんと声を挙げて申し出なければ権利は発生しませんから、嫌なものは嫌、やりたいことはやりたいと声を上げなければ、労働条件を改善にはつながりません。
労働経済学では、自分の労働条件を改善する方法は2つあるといわれています。1つ目は、exit(辞める)。辞めることによって、より良い労働条件を獲得するということです。そしてもう1つが、voice(発言)、つまり声を挙げることなんです。「自分の意見をちゃんと聞いてほしい」とか、「生産性を上げる努力をするので、その成果に見合った分の給料は払うべきだ」とか、声を挙げない限り労働条件は変わりません。
企業は、社員を大切にしてほしい
実は、学生に職業情報の開示請求を躊躇(ちゅうちょ)させている責任の一端は、企業にもあります。学生は「法律で認められた正当な情報を求めたら煙たがられるんじゃないか」と思っています。企業は、学生にそう思わせておきながら「若者が採用できない」と嘆いている。そんな企業は採用できなくて当然、という話です。学生だけでなく、企業も契約意識をもっと高めてほしいです。
企業に期待したいことがもう1つあります。それは、すべての社員を大切にしてほしいということ。例えば、30代後半から40代の就職氷河期世代。彼らは、就職活動時の不遇だけでなく、入社後も、さまざまなしわ寄せを受けている。そんな彼らが、自分たちとまったく境遇の違う若手社員の様子を見てどう思うでしょうか。
売り手市場の現在、企業は若手社員を辞めさせないように、初任給を上げたり、簡単な仕事を与えたり、時には極端に丁寧に扱ったりしていると聞きます。
「この子たちはなんでこんなに恵まれているんだ?」「自分たちの給料は伸びないのに、なんで初任給ばかり上がっているんだ?」といった不満の思いを抱えているかもしれない。そのことに想像力を働かせてほしいですね。
若い人を採用することにかまけて、今いる人たちを大切にしないのは、本末転倒です。氷河期世代がこれから50代、60代と歳を重ねて職業人生を終えようとするときに、続く世代が「こんなふうに職業人生をまっとうできるといいな」と思えるような働かせ方をしておかないと、後進の世代は育っていかないと思います。
大学は、わからないことに耐えられる人を育てる役割を担っている
大学の一番の役割は、わからないことに対して耐える力を持つ人、さらには、「わからないって面白い」と思える人を育てていくことだと考えています。わからないことから簡単に逃げ出さない力を持っていないと、社会の不条理や、魑魅魍魎(ちみもうりょう)とした働く世界に耐えられないですから。会社の理屈を理解した上で正義の係になったとしても、なかなか変えられないことはたくさんあります。その不条理に耐えながら前に進んでいける人を育てなければならない。それが、職業専門学校ではない、大学の役割だと思います。
だから、学生にはこう言っています。「『この人の話はよくわからないけど気になるな』と思う講義があれば、わからなくても一番前の席で聞くといい。ある日突然、『あれ、これかな?』と思える気づきがある。その気づきこそが、社会に出て役立つことなんだ」と。私の教員生活の中でずっと言ってきていることですし、これからも言い続けるような気がします。
取材・文/浅田夕香 撮影/鈴木慶子