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2024.12.24

企業に求められるのは「コミュニティ」機能。個人はその環境で何を身につけたいのか、徹底して自分に向き合ってほしい|慶応義塾大学 佐藤 和さん

識者に聞く「10年後の就職活動」 Vol.16

就職活動・新卒採用をめぐるさまざまな議論が行われています。そこで、若者が自分らしい意思決定の上、期待感を持って社会への一歩を踏み出すために、「10年後の就職活動・採用活動の在り方」というテーマで、各界を代表する識者の皆様にインタビュー。今回は、慶應義塾大学商学部教授・佐藤和さんのお話をご紹介します。

慶應義塾大学 商学部教授 博士(商学)
佐藤和さん

【Profile】

1993年 慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程経営学・会計学専攻 修士号取得。1996年 同大学院博士課程経営学・会計学専攻 単位取得 退学。2024年 博士(商学)。近著に『新・日本的経営論-社会の変化と企業の文化-』(文眞堂,2024年)がある。

 

企業は垂直的なピラミッド型組織から「水平的集団志向」へ

新たな日本的経営の在り方として、企業は「水平的集団志向」へと変化していくだろうと考えています。かつての終身雇用・年功序列制度は、入社した会社の言うことを優先的に聞くべきであるという、集団主義の考えによって支えられてきました。一つの企業・組織に所属することで安心感を得る価値観自体は今も健在で、終身雇用制が完全になくなることはないでしょう。一方で、年功序列制には変化が予想されます。昭和の時代は、垂直的なピラミッド型組織が多くありましたが、今ではピラミッドの高さはどんどん低くなっています。若い人材が企業に求めているのはヒエラルキーやピラミッドではなく、同じ価値観をみんなが共有するコミュニティ型組織です。水平的な経営スタイルが求められる中、フラットな人間関係のつながりを持てない組織には人が集まらなくなっているのです。
 
企業の持つコミュニティや共同体といった側面がより重視されるようになると、そのカルチャーが自分に合うかどうかを検討して入ることがより自然になってきます。得られるものがあればコミュニティに所属し、得られるものがなくなれば離れていくといった転職も当たり前になっていきます。
 
ピラミッド型組織では、昇給・昇格など組織内で“偉く”なることがインセンティブになっていましたが、コミュニティ型組織において昇進の価値は薄れています。では企業は個人に何を与えていけるのか。働きやすさや、働きがいのある仕事を与え続けていくことが、人材の定着に欠かせない要素になっています。そして、その企業が社会にどう役立っているのかを伝え続けることもまた、コミュニティに共感して人が入ってくるという流れの中で、とても重要になっています。30~40年勤める前提のコミュニティもあれば、中途採用で人材が流動的に出入りすることを良しとするコミュニティもあり、企業の在り方はますます多様になっていくでしょう。
 

いまだ根強い学生の大企業志向

では、組織の在り方が変化していく中で、個人は何を意識すべきなのか。まずは社会人として最初の数年間で自分は何を身につけたいか、ファーストキャリアとして選んだ組織で何を得たいのかをはっきりさせることが大事だと考えています。
 
大学生と日々接していると、「大企業に入れば安心」という考えから抜け切れていない学生の多さを実感します。大企業志向の保護者に影響され、「親が喜ぶ企業に入りたい」という原動力で意思決定をしている学生も少なくありません。入社後にすぐ辞めてしまう人を見ていると、仕事に必要な自分の能力やその後に続くキャリアが見えていないまま、就職活動をまるで受験のようにとらえ、選考が早く進んだところから進路を決めてしまっています。日本には約4,000社の上場企業がありますが、所謂「人気企業ランキング」の上位数十社しか見ていない学生もいます。企業研究を深めないまま、自分のキャリアについて向き合うこともない。それでも、学生に追い風が吹いている今の採用環境においては、内定をもらえてしまう状況があります。
 
自分の将来やキャリアについて思考を深めぬまま、入ってみたら違うと気づき、すぐ転職していくような事態は、日本社会にとって決して良いことではありません。どんな業界、どんな企業、どんな仕事に就くかで、社会人として過ごす時間はまったく違うものになります。人生の生きがいを見つけるような大事な意思決定なのに、一度も向き合わないまま社会に出てしまっているのは非常にもったいない。もっと自分自身を理解するために、自分が持つ能力や強み、大学の4年間で伸ばしたことは何かを徹底的に突き詰めて考えていってほしいと思っています。
 

AIの時代だからこそ、学問の価値が問われている

自分のキャリアを考えていく上で、大学の4年間をかけて幅広い教養と深い専門性を身につけることは欠かせません。現在の就職活動の在り方に意見するならば、「大学での4年間で学びをしっかり終えてから就職活動を始めてほしい」というのが、個人的な思いです。
 
生成AIの登場で、大学は不要だ、という言説もありましたが、AIと共存する時代だからこそ、何が事実で何がフェイクかを見極めるリテラシーを持ち、情報の洪水にのまれない人材を育成していくことが、私たち教育機関の使命だと考えています。これからの自分の拠り所となる知識体系を身につけることこそが学問の意義であり、その真価が問われているのです。
 
とはいえ、4年間かけて学業に専念し、そのあとに就職活動を始めるためには、社会のさまざまなセーフティネットが必要です。例えば、企業に非正規で所属しながら、長期のインターンシップを通じて正規雇用への道を探る在り方や、大学側も卒業を延長して所属できる仕組みを作るなど、多方面で抜本的な改革が必要になるでしょう。
 
そこで、より現実的な、中間的な提案として、学期中の就職活動はやめて、春・夏の長期休暇を利用した活動へとスケジュールを組みなおすことを提唱したいです。例えば修士の学生は、1年勉強したらすぐに就職活動が始まってしまい、何のために大学院まで進んだのか分からなくなるほど忙しい。安心して2年間を学業に充て、その学びが就職活動で活きてくるという確信が持てなければ、大学院で学ぼうという意欲をそいでしまうことにもなりかねません。それは結果として、日本の国力を落としていることにつながります。夏休みの就職活動は暑くて過酷だという指摘もありますが、オンラインとのハイブリッド選考が主流になりつつある今、気候はそこまで問題にならないのではないでしょうか。
 
大学側も、授業の中で単位を取れるような形でキャリア教育に力を入れていきながら、大企業志向から脱していかなければいけません。大学の入学案内パンフレットで、どんな大手企業に就職したかをアピールしているようでは、学生や保護者の「大企業に入れば安心」という“神話”を助長しているだけです。社会に出てどう活躍しているかを3年後まで追って統計を取って示すことのほうがより重要であり、内定を早くもらうことを良しとする風潮を改めていかなければいけないと思っています。大切なのは、自分の将来やキャリアについて、どうありたいかを考え抜いた上で、自分に合った企業を選び、そこで活躍できることではないでしょうか。
 

取材・文/田中瑠子 撮影/鈴木慶子

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