コロナ禍で「ガクチカ(学生時代に一番力を入れたこと)」が書けないという学生の声があがっています。首都圏の大学に通う2023年卒の学生を対象とした調査(*1)においても、「自信を持って語れるエピソードが少ない」「ガクチカがほとんどなく困った」「グループワークの経験が積みにくい」などコロナ禍の就職活動でエントリーシート、面接で不安を感じたという声が多く寄せられました。
一方で、「コロナ世代の就活を応援する会」(*2)賛同企業をはじめとして、「学業」を切り口とした学生との採用コミュニケーションを実施することにより、コロナ禍の影響にかかわらず学生の魅力を引き出している企業の姿も見られます。今回は、「学業」を評価項目のひとつとして活用することを「採用計画」に明示し、2023年卒の採用から事務系、技術系(推薦応募含む)ともに履修履歴を活用した面接を実施している株式会社日立製作所に取り組みの背景や工夫、手ごたえなどをうかがいました。
「学業」を評価項目とすることを「採用計画」にも明示。
「学ぶ」と「働く」をつなげ、マッチングの精度を高める
人事勤労本部 タレントアクイジション部丸橋佐知子さん
※記事は、2022年7月15日にオンライン取材した内容で掲載しております。
COMPANY PROFILE
1910年創業、グループ全体で従業員約37万人、連結売上収益10兆円の総合電機メーカー。デジタルシステム&サービス、グリーンエナジー&モビリティ、コネクティブインダストリーズ、オートモティブシステムにおける製品の開発、生産、販売、サービスなど幅広い事業を行っている。
採用における「学業」の活用の根底にあるのは、「ジョブ型」への転換
−御社では、新卒社員の採用活動において「学業」を活用することを「採用計画」などで公表されています。その背景は?
事業のグローバル化に伴う、ジョブ型人財マネジメントへの転換が根底にあります。新卒の採用活動においても新たな取り組みが進んでおり、職種別採用もそのひとつです。技術系では、2001年度から学生が希望の事業部門を選んで応募し、入社後の配属先を確約する「ジョブマッチング採用」を実施。2020年度採用からは「デジタル人財採用コース」を新たに設け、同コースでは初任給も個別処遇を可能としています。また、事務系でも2021年卒から一部(営業、資材調達、経理財務、人事総務など)で職種別採用を導入しました。
ジョブ型の人財マネジメントは「人に仕事を割り当てる」のではなく「仕事に人を割り当てる」のが基本ですから、企業には業務範囲や必要なスキルを社員に明示することが求められます。新卒採用においても、学生の皆さんに当社が求める知識や素養を明確化すべきと考え、2022年卒採用から「3つのアビリティ」を新たに定めて採用活動を行っています。その3つとは「専門性」「リベラルアーツ(幅広い関心や素養)」「ダイバーシティ(多様性)を受け容れるマインド」です。
新卒の採用活動において「学業」を従来よりも重視するようになったのは、この3つのアビリティのうち「専門性」と「リベラルアーツ」を確認するには、「学業」についてしっかりと話を聞くことが有効だと考えたからです。
「学業」について聞くことにより、「頑張ってきたこと」をきちんと評価したい
−「専門性」を確認するというのは、成績から専門性のレベルを判断するということでしょうか
成績が良ければ当然評価しますが、新卒採用では高いレベルの専門知識やスキルだけを評価しているわけではありません。専門性を確認することで当社が見極めたいのは、「学業」によって学生が培った資質や職業志向性と職務のマッチングです。
社会や技術の変化に伴い、企業規模が大きくなるほど業務が細分化される傾向にあります。日立も例外ではありません。当社ではジョブ型人財マネジメントを定着するために、「ジョブ」ごとに職務内容や責任範囲、必要なスキル・知識、経験などを明示したジョブディスクリプションを作成していますが、その数は約450種類にのぼります。例えば、同じシステムエンジニア職でもどのようなサービスを実現するのか、お客様や設計開発職との関わり方などによっても仕事内容や求められる資質が異なります。
一方、大学での「学び」を何らかの形で仕事に活かしたいと考える学生は近年増えており、学生、企業双方にとって納得のいく採用が成立するには、企業による情報開示とともに、丁寧な対話が欠かせません。「学業」を評価項目のひとつとして活用することにより、学生の専門性やそれを「働くこと」にどう活かしたいかをしっかりと理解し、マッチングの精度を高めたいと考えています。
−「専門性」だけでなく「リベラルアーツ」を重視する理由は?
日立はものを作って売るだけでなく、多岐にわたる事業領域とIT×OT(運用技術:Operational Technology)×プロダクトを融合させて新たな価値を生み出す「社会イノベーション事業」によって、社会課題の解決を目指している企業です。新たな価値を生み出すには専門性だけでなく、物事の本質を理解したり、複数の領域を融合させて課題をとらえ直したりする力が必要であり、その土台としてリベラルアーツが欠かせません。
リベラルアーツは課外活動やアルバイトなど「学業」以外でも培われ、いわゆる「ガクチカ 」も評価項目のひとつです。しかし、学生の本分である「学業」で身につけた力は軽視できません。また、最近は大学の単位認定の厳格化や新型コロナウイルス感染症の影響もあって「学業」に力を入れている学生が増えていることを実感しています。採用活動において「学業」について聞くことにより、学生が頑張ってきたことをきちんと評価したいと考えています。
採用担当者研修を毎年実施し、2023年卒採用からは履修履歴データを活用
−「学業」を評価項目のひとつとして活用するにあたり、工夫されていることは?
当社の採用活動は部門ごとに実施し、現場の社員が中心となって面接を担当しています。そこで、人事のプロではない社員であっても、学生の話をしっかりと聞き、適切に評価ができるよう採用に関わる社員全員を対象とした研修を毎年春先に実施しています。技術系採用の研修を例に挙げますと、2時間ほどのeラーニングが基本で、年間の研修受講者は600人以上。キャリアコンサルタントを講師に招いて、学生との対話のあり方や情報を引き出すコツを学ぶほか、各受講者が模擬面談の動画で学生を評価して、その評価結果についてのフィードバックを受ける、グループワークで判断した根拠について話し合う、といったことを行っています。2023年卒採用からはこの研修に「学業」を切り口とした対話方法を盛り込んでいます。
また、従来ご提出いただいていた成績証明書に代わり、今年度からは民間のサービスを利用して履修履歴データを提出してもらっています。研修ではこのデータの見方や、履修する科目の選び方、選択した科目への取り組み方、研究活動の進め方といった日常的な履修行動からも学生の強みや資質を確認できるようデータの活用の仕方も学んでもらっています。
−履修履歴データを利用するメリットは何でしょうか
「学業」を面接での対話の切り口にしやすくなった、という声を採用担当者から聞きます。これまでも学生が自分から「学業」について話題にしたり、最先端の技術を研究しているなど学生の「学び」に大きな特徴がある場合はしっかりとお話をうかがったりしていました。ただ、こうしたケースを除けば、「学業」について深掘りしにくいところがありました。成績証明書は大学ごとに評価の基準や書式が異なるため、学生の「学び」の特徴をつかむのが難しかったからです。
それに対し、履修履歴データにはGPA(Grade Point Averageの略。特定の方式によって算出された学生の成績評価値のひとつ)の学部平均や最高評価を取るのが難しい科目などの客観的な情報が示されています。明確な「ものさし」があるので、成績のレベルが把握できるだけでなく、「本人は成績に自信がないと言っているけれど、平均よりもGPAが高い。課外活動に力点を置いていた割に学業も頑張っているな」「全体のGPAは平均的だけど、評価の厳しい科目で最高評価が多い」「本来の専門領域とは異なる科目にも興味を持って履修して評価を得ている」などと学生個人の特徴が見えやすいです。この特徴をもとに話を広げることにより、学生の興味・関心や行動特性を理解しやすくなることが最大のメリットです。
「学業」に関する客観的なデータをもとに、丁寧な対話をすることにより、ほかの評価項目からは得にくい情報を得られたケースも少なくありません。ある学生さんはGPAが平均より高く、評価の厳しい科目のほとんどで高評価でした。そこで背景を聞いてみると、自身の学業を支えてくれている家族への感謝の気持ちや、就きたい仕事への熱意が原動力となり、「絶対に負けない」という姿勢で勉強を頑張ったと話してくれ、強い意志で物事をやり通す姿勢を評価しました。客観的なデータで事実の裏づけができたからこそ、その学生の価値観や姿勢が伝わってきましたし、一般的な課外活動やアルバイトの話題からは聞けなかった内容だと思います。
「学ぶ」と「働く」をつなげるために「ジョブ型インターンシップ」も実施
−「学業」を評価項目にすることに対する学生の反応は?
「アピールできる内容が増えた」と好意的に受け止めていただいているように思います。先ほどお話ししましたように「学業」に真面目に取り組む学生は以前よりも増えていますし、今はコロナ禍で課外活動やアルバイトの機会が制限され、相対的に「学業」の比重が高くなっている学生も多いですから。
ただ、コロナ禍の影響については企業も理解しており、学生の皆さんを応援しています。当社の採用活動における「学業」に関する取り組みもその一助となればと考えており、「コロナ世代の就活を応援する会」への賛同などを通し、その意思を表明しています。
−学生の「学び」と「働く」をつなげていくために、ほかに取り組んでいることは?
2021年から「ジョブ型インターンシップ」を実施しています。テーマごとに学生を募集し、各事業部で行う1か月程度の実務型インターンシップで、最大の特徴は、ジョブ型人財マネジメントの仕組みを取り入れていること。テーマごとに「職務内容」「必須となるスキル・経験など」「あれば望ましいスキル・経験」といった項目から成るジョブディスクリプションを公開し、学生に自分に合ったテーマを選んで応募してもらっています。
「ジョブ型インターンシップ」の目的は、学生の皆さんが「学業」や「専門性」を軸にキャリアを考えるための支援をすること。実務を経験してもらうとともに、現場で求められるスキルや経験を知っていただくことにより、それぞれが今後どのようなスキルや経験を身につけるべきかを見直すきっかけにしていただけたらと考えています。
2022年の「ジョブ型インターンシップ」のテーマは141コース、学生を受け入れる事業部は6部門。オンラインと対面のハイブリッドで実施し、参加者は技術系約260名、事務系約20名を予定しています。2023年以降は規模を拡大して実施することを検討しています。一方で、インターンシップは受け入れ人数に上限があり、興味を持っていただいた全ての学生に日立製作所の仕事を理解いただくことができません。そのような学生にもより理解を深めていただける機会として、セミナーや社員との交流会なども設けています。
就職活動を行っている学生の皆さんへ
日立の採用活動では、一人一人の学生と向き合い、皆さんの強みをさまざまな観点から発見していきたいと考えています。当社が「学業」を評価項目のひとつとして活用しているのもその表れです。コロナ禍の影響で課外活動などが制限され、「アピールできる経験がない」と不安を感じている学生さんも多いと思いますが、あなたの強みは「ガクチカ 」でなくても伝わります。安心して就職活動に臨んでいただけたらと思います。
*1履修データセンターが2022年3月に実施した調査。首都圏の大学文系学部の2023年卒学生968名が回答した。
*2 コロナ世代の就活を応援する会
コロナ禍に入学した学生の就職活動における不合理な苦労を少しでも解消したいと、履修データセンター代表取締役・辻太一朗氏と人材研究所代表・曽和利光氏の呼びかけで発足。2022年6月時点で、賛同企業は約80社。学生が自身の取り組みを伝えやすいよう、採用選考のトピックとして「学業」を従来よりも重視することを主軸に、各企業がそれぞれの応援施策を実施することでコロナ世代の就職活動を応援している。
取材・文/泉 彩子