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就職みらい研究所とは
2014.03.31

【測定技術研究所の研究員に聞く】
“人”と“組織”のより幸せなマッチングのための研究発表
「将来性の予測要因としてのフィット」

SPIをはじめとする各種適性テストの開発を手掛けている、株式会社リクルートキャリアの測定技術研究所。先ごろ、「将来性の予測要因としてのフィット~性格的適合と主観的適合感の観点から~」と題する研究結果を発表(※)。「企業側が求める人材要件」と、「働く個人の志向」の両方が満たされて初めて、個人に「前向きな気持ち」が生まれ、それが高いパフォーマンスにつながることが実証された。詳しい研究内容とともに、どのような社会的課題を背景にこの研究がスタートしたのか、そして今後どんな活用が期待されるのかを、研究員の渡辺かおりに聞いた。(聞き手:江田佳子)
(※) 経営行動科学学会 2012年

 


(右) 測定技術研究所 研究員:渡辺 かおり
(左) 聞き手:就職みらい研究所 主幹研究員 江田 佳子

測定技術研究所 渡辺 かおり(写真右)

千葉大学大学院で心理学を専攻。修了後、採用のコンサルティングの会社で、適性検査などのアセスメント開発・営業を担当。その後、「より心理学を世の中に役立てたい」と2008年に株式会社リクルートマネジメントソリューションズに転職。組織変更などにより現部署へ。SPI3など各種検査の開発に従事している。

 

採用において、応募者側の「フィット感」をおざなりにしていいのか?
という問題意識

江田
今回の研究テーマは、採用において「企業側が求める人材要件」だけではなく「個人が働く環境(組織や風土など)に求めるもの」の双方が満たされて初めて、個人の高いパフォーマンス(入社後の活躍や成長)が実現できる…という仮説の実証であると伺いました。なぜ、このような研究を行うに至ったのか、背景を教えていただけますか?

渡辺
たとえば新卒採用の際、企業が「どんな人を採用したいか」という要件を設定し、それに合った学生を採用するという考え方が基本です。そのために、エントリーシートや面接、SPIなどの適性検査を通じて、応募者がどんな人かを理解しようとしています。しかし以前から、「企業が定める人材要件だけでいいのだろうか?応募者本人が感じる『この会社・この仕事は合う、合わない』という感覚(以下:本記事内では「個人のフィット感」と表記)も重要では?」と思っていました。企業と応募者の双方の求めるものが満たされることで、より高いパフォーマンスにつながると実証されれば、広報や選考を通じて「個人のフィット感」を確かめることができるフローを組み入れることに意味があると言え、より精度の高いマッチングにつながると期待されます。
応募者が自社の人材要件に合致しているかどうかは、面接やSPIやエントリーシートなどで判断していくことが可能です。一方で、個人のフィット感は職場体験やインターンシップといった手段によって確認が可能になります。しかし、そういった取り組みは現在の採用フローに組み込まれていないケースが多いのが実情です。個人のフィット感が、入社後の活躍に大きく影響するとわかれば、採用選考のフローも変化するのではないかと考えました。
江田
企業側からも、そのような声は挙がっていたのですか?
渡辺
はい。たとえば新卒採用の際に、しっかりと人材要件を立て、人物を見極めて採用したにもかかわらず、入社1~3年という初期段階で活躍する人、しない人の差が出てきてしまうのはなぜだろうか?というご相談はあります。こういったご相談は、新卒採用、中途採用に限らずいただきます。
江田
新卒採用におけるマッチングの精度が高まるならば、そういった問題も解消できる可能性が出てくるわけですね。
渡辺
その通りです。そのため、今回の研究は、①「企業の人材要件と個人のフィット感の両方が大事である」こと、そして②「両方を重視して採用した結果、入社後のパフォーマンスに確実に結びついている」ことを実証する、の2つにゴールを置きました。

 

企業の人材要件と個人のフィット感の双方が満たされれば、
「前向きな気持ち」が醸成される

江田
今回の研究内容について、詳しく教えていただけますか?
渡辺
まず、今回の研究により実証したかったモデル図がこれです(右図参照)。「DA fit」とは、職務要件・人材要件に対するフィットを指し、「NS fit」とは、仕事や会社、職場が自分に合っていると本人が主観的に感じていることを指します。
江田
この図によると、「DA fit」と「NS fit」を、「前向きな態度」というものでつないでいますね。具体的には何を指しているのですか?
渡辺
「前向きな態度」とは、日々の仕事に積極的に取り組んだり、自分から周囲に働き掛けたり、自分が経験したことを振り返って次の仕事に活かすなど、仕事に向かう態度を指します。「DA fit」と「NS fit」、それぞれ単体ではさまざまな研究が進んでいますが、この2つの関連性を調べる研究はあまりなされていませんでした。 今回は、この2つをつなぐ変数を「前向きな態度」と置き、研究を進めました。ちなみに当初は、変数を「満足度」においてみたのですが、「満足度」とパフォーマンスは関係があるもののつながりは少し弱く、個人の「前向きな態度」に変更して研究し直したという経緯があります。

江田
どのような研究方法を取ったのですか?
渡辺
23社554名の営業職を分析対象として抽出し、本人には「NS fit」「前向きな態度」についてアンケートを取り、その上司によるパフォーマンス評価を加えてその相関性を調査しました。その結果、導き出されたのが、「職務要件に照らして性格的に適合していること(DA fit)と、仕事や職場、会社が自分に合っていると本人が主観的に感じていること(NS fit)が、本人の積極的な態度や行動を引き出し、上司から見たときに将来性があると評価される」ということが実証され、上記の図が成り立ったのです。 具体的には、「自分は営業に向いていて、仕事や職場、会社にも合っている」と感じている人は、仕事にも熱心で、周りにも積極的に働き掛けることができる。そのために周りから有益なフィードバックももらえるし、上司ともうまくコミュニケーションが取れるから、もし間違った方向に進みそうになっても軌道修正しやすく、いい働きが評価され、より高いパフォーマンスを上げやすい状態を維持できる…ということがわかりました。
江田
なるほど、営業職の例は非常にわかりやすいですね。私は、営業組織のマネジメントを長くやっていたもので、この研究結果で実証されたことは「それはそうだよね」という内容ではあるのですが(笑)、実証されてはいないですものね。
渡辺
その通りです。誰もが思っていることであっても、わかりやすい形でモデル化し、データで裏付けをして「実証する」のが我々の役割です。今回の場合は、個人のフィット感を双方が確認するフローを、採用選考の中に組み込む必要性を感じてもらうことがゴールですから、当たり前と思えることを実証し、シンプルなモデルを作り上げることが、この研究の価値だと考えています。

 

個人の納得感を引き出すことで、若者が前向きに仕事に取り組める社会へ

江田
私が営業を担当していた頃もそうでしたが、どの企業様も、採用や人材配置においてのマッチングに問題意識を持っておられると感じます。今回の結果は興味を持たれると思いますね。採用選考フローの根本を見直す、一つのきっかけにもなりそうです。…では最後に、今回の研究結果を、今後どのように活かしていきたいとお考えですか?
渡辺
応募者個人が就職活動の中でフィット感を確認し、納得感を持って就職先を決めることができ、若者が前向きに仕事に取り組める状態を作りたいですね。
採用する企業側には、採用においても、入社後の配置・配属においても、「本人がその仕事や職場、会社に合っていると納得できる状態が、結局は組織側のためにもなる」という考え方を浸透させていきたいと思っています。
例えば、2016年の新卒採用からは、就職活動期間が非常に短くなり、企業と学生とのコミュニケーションが薄くなってしまう可能性があります。職場体験やインターンシップ、職場や会社とのフィット感を確かめることのできるセミナーや先輩との接触などの形で、企業と学生がきちんとコミュニケーションを取り、学生も納得して選考に進み、内定を受諾できる。そんな関係性が作られることを願っています。

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