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2025.03.07

博士人材の民間就職の現在地

【コラム「研究員の視点」】Vol.4 新規学卒者の卒業後進路の長期推移 第4回(全4回)
 

学校基本調査「卒業後の進路」データから見る、新規学卒者の進路の長期推移

前回記事から引き続き、学校基本調査「卒業後の進路」データから、新規学卒者の進路の長期的な推移を見ていく。本記事では大学院博士課程修了者の就職、特に民間企業の研究職としての就職に注目する。博士人材がさまざまな民間企業で研究者として活躍するための方向性として、個別企業の採用事例の積み上げ・周知と、非製造業における産業構造の転換が重要であることを述べたい。

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学校基本調査「卒業後の進路」データ概説(第1回コラム冒頭)
 

博士課程に進学する修士課程修了者が減少している

政府は2023年に「博士人材活躍プラン」を取りまとめ、「2040年の博士号(博士の学位)取得者数を2020年度比で約3倍に引き上げる」(※1)目標を掲げている。第1回のコラムでは、目標達成に向けた「入り口」の議論として、大学学部から大学院修士課程への進学者を増やすことの重要性と問題、問題の背景、問題解決の方向性を示した(第1回コラム参照)。
 
しかし入り口の議論だけでは不十分でもある。現状、日本の博士課程の入学者数は2003年度をピークに減少傾向(※2)で、とくに修士課程から博士課程への進学者数・率が大きく減少している。2003年度には9,670人(男性6,947人、女性2,723人)いた修士課程から博士課程への進学者数は、2023年度には7,210人(男性4,904人、女性2,306人)に減少(※3)。減少率は-25.4%だ。ただし、博士課程の入学者は修士課程のそれとは異なり、社会人入学者の比率が高い。博士課程における社会人入学者の比率は長期的には上昇傾向であり、2023年度には41.5%にまで上昇している。とはいえ社会人入学者の者数でみれば、2018年をピークに頭打ち(※2)でもある。
 
第1回・第2回のコラムでは、まず博士課程に進学できる者(修士号を持っている者)を増やす観点から、修士課程に進学する学部卒業者を増やすことの重要性に言及した。とはいえ、修士課程に進学する学部卒業者が増えた(結果、修士号取得者が増えた)としても、修士課程を修了した者が博士課程に現役進学、もしくはいちど社会に出た後に博士課程へ社会人入学するなどしなければ、当然、博士課程入学者は増えないし、博士号取得者も増えない。入り口の議論だけではなく「出口」の議論、博士課程進学後の就職に関する議論も必要だ。

 

博士課程修了者の就職者率に注目

日本では一般的に、博士課程修了者の就職が容易ではないイメージがあるように思う。学校基本調査「卒業後の進路」データから、博士課程修了者の就職者率(男女計)を算出すると、2003年度は54.4%であったが、2023年度は70.2%であった。20年の間に大幅に上昇してはいるが、学部卒業者(2023年度、男女計75.9%)や修士課程修了者(同、77.4%)のそれに比べれば低い(※4)。さらに学部卒業者や修士課程修了者には、10%前後の進学者もいる(※3)。就職と進学を合わせれば、学部卒業者や修士課程修了者では9割弱が、卒業後の進路が決まっていることになる。博士課程修了者の就職を学部卒業者や修士課程修了者と単純比較すべきではないとの指摘(※5)もあるが、筆者は博士課程修了者の就職についての議論が重要であると考える。
 
筆者の考えを補足するデータがある。博士課程修了者数の推移を見てみよう(図1)。
 

図1 博士課程修了者数の推移(専攻分野「保健」、及び、「保健除く全専攻」)

 

図1は博士課程修了者の推移を、専攻分野「保健(医学、歯学、薬学、看護学等)」と「保健除く全専攻」に分けたものだ。なお、修了者数は男女計である。前述のとおり、博士課程入学者は2003年度をピークに減少傾向だ。博士課程入学者が減少すれば当然、博士課程修了者も後追いで減少する。全学科計の博士課程修了者(※6)数は、2008年度は16,281人(男性11,785人、女性4,496人)、2023年度は15,831人(男性10,739人、女性5,092人)であった(※7)。-2.8%の微減である。しかし図1で分かる通り、専攻分野「保健」の博士課程修了者は大幅に増加している(2003年度4,561人、2023年度6,025人、増加率32.1%)。
 
博士課程修了者の就職者率についても、同様に見てみよう(図2)。
 

図2 博士課程修了者数に占める就職者数・就職者率の推移(専攻分野「保健」、及び、「保健除く全専攻」)

 

図2の通り、2023年度の専攻分野「保健」の博士課程修了者の就職者率は81.4%だ。一方、「保健除く全専攻」は63.4%だ。他の専攻分野に比して高い就職者率が、「保健」分野の博士課程修了者増の背景にあると思われる。したがって筆者は博士課程全体の就職事情の改善が、出口議論に不可欠な問題意識であると考える。
 

博士人材が民間企業で活躍していない、は本当か?

博士課程全体の就職事情の改善に向けて、博士課程修了者(あるいは博士号取得者)の受け皿となっていくのは、民間企業や公的機関の研究職、特に民間企業の研究者としての就職であろう。一部の専攻分野を除いて、既に、アカデミックポストやポストドクターよりも主要な進路でもある。
 
博士課程修了者の主要な就職先としてはまず、アカデミックポスト(大学・短期大学・高専等の教員)が想起されるかもしれない。しかし専攻分野「保健」を除けば、博士課程修了者のうちアカデミックポストに就く者の数は増加しておらず(わずかだが減少傾向)、増加しているのは民間企業や公的機関の研究職に就く者(日本標準職業分類における、(大分類)専門的・技術的職業従事者(中分類)研究者)だ(※8)。博士課程修了者のもう一つの主要な進路は、ポストドクター(博士号取得後に大学等で教員以外の任期付き研究員の職を得ている者)だ。
 
これら3職種について、博士課程修了者が就く比率を見てみよう(図3)。なお、学校基本調査においてポストドクター等に就く者の数が公表されたのは2012年度以降であるため、図3では2013・2018・2023年度の3時点の推移を見ている。
 

図3 博士課程修了者総数に占める3職種の就職者の比率(専攻分野「保健」、及び、「保健除く全専攻」)

 

図3の通り、「保健」以外の分野では、大学・短大・高専教員として就職しているのは、博士課程修了者の14%程度だ。ポストドクターも同水準だ。この2職種よりも、民間企業・公的機関の研究者として就職する者の比率が高い。ちなみにポストドクターの高年齢化が指摘されており(※9)、短期の任期付き研究職を経てアカデミックポストに就くという、ポストドクターの本来的な位置づけと実態が乖離しつつもある。特定分野を除けば、民間企業・公的機関の研究職は、既に博士課程修了者の主要な進路なのだ。
 
特に民間企業の研究者としての就職には、まだまだ伸び代があると見ていいだろう。経団連の調査によれば、回答企業の従業員に占める博士号取得者の割合は、全体の1%に満たない(※10)。民間企業への研究者としての就職は、アカデミックポストやポストドクターとは異なり、まだまだ拡大余地がありそうだ。

 

民間企業で研究者として活躍する博士課程修了者をさらに増やすには?

前述の調査を行った経団連のように、博士人材の民間活躍に対してはさまざまな提言がされているが、筆者なりにも、博士課程修了者がさらに民間企業の研究職として活躍するための方向性を考えてみたい。
 
(1)博士課程在籍者の民間企業への就職間口の周知
博士課程在籍者には、民間企業の就職の間口がまだまだ認知されていないようである。経済産業省は、大学において博士課程在籍者の民間企業就職の実情を知る支援者が不足していたり、学部や修士課程の在籍者ほどに支援に積極的ではなかったりする現状を指摘している(※11)。博士課程在籍者に対して、民間企業で活躍する可能性を示し、かつ、個々の企業の具体的な採用情報を知らしめることが重要だと思われる。

企業の個別事例は多様に創出されつつある。弊所「就職みらい研究所」が取材した企業の博士人材採用事例として、本田技術研究所と富士通の事例を紹介したい。本田技術研究所では数年前から博士人材採用に注力してきたなかで、「博士課程在籍者に、当社が博士人材を採用していることが認知されていない」という課題に直面したという。同社は学会や社員が過去在籍していた大学研究室を通して、博士課程在籍者一人ひとりとの接点を作っていった。いわば「草の根」周知活動といえよう。同社はまた、社会人経験の有無を問わずキャリア採用(中途採用)枠で採用することで、入社後の職務の見える化や研究活動に忙しい博士課程在籍者への採用選考時期や入社時期を配慮できるようになったという。

富士通では国内外の大学に自社のスモールリサーチラボを設置し、産学連携拠点として機能させつつ、博士課程に進学する学生を自社の社員として採用する制度を導入している。博士人材採用・育成に係る「出島」の機能を果たしているようにも見える。同社の取り組みは理系分野の実績であり、文系分野の学生との産学連携を図ることが今後の課題であるという。

2社の事例からは、博士人材を採用するうえでの、新卒一括採用の域を超えた工夫と、博士課程在籍者への配慮が見て取れる。個々の企業の多様な採用間口の事例を積み上げ、博士課程在籍者に届けることが重要ではないだろうか。
 
(2)特に非製造業における産業構造の転換
もう一つの方向性は、産業間の研究人材の偏在解消を図るものである。主要国における民間企業の研究者数の推移(※2)を、産業別に見てみよう(図4)。なお、図4で示されている研究者数は博士号取得者以外も含まれている。米国・中国の産業分類は日本はじめその他の主要国と若干異なることにも留意されたい。
 

図4 主要国における民間企業の研究者数推移(部門別)
【出典】科学技術・学術政策研究所(2024),「科学技術指標2024」

 

図4から、日本の民間企業における研究人材は製造業に偏っていることが見て取れる。日本の製造業における2020年の研究者数は約46万人。同時期の米中には及ばないが、ドイツ・フランス・韓国に比べればかなり多い。そして緩やかではあるが増加しつつある。日本の製造業の研究者における博士人材の比率は低い(対米比)(※2)など、博士人材の活躍に向けた課題も見受けられるが、研究人材のニーズ自体は高そうだ。一方、日本の非製造業における研究者数は多くなく、かつ、他国の増加傾向に反して減少傾向である。特に米国、韓国、フランスでは情報通信業における研究者数の増加が顕著であるが、日本では減少している。日本の非製造業の研究人材のニーズは低そうだ。踏み込んだ言い方をすれば、日本の非製造業は他の主要国に比して、研究開発型の産業に転換できていない。

第3回のコラムにおいて、大学学部卒業者において情報通信業への就職者数が著しく増加したことを示した。博士課程修了者にではこのような傾向は見られない(情報通信業への就職者数がやや増加しているものの、大学学部卒業者で見られたような大きな変化ではない)(※12)。AIモデルやIoT、サイバーセキュリティ、仮想現実等、情報通信分野で求められる高度な知識が、今後の国の競争力、社会環境整備に大きく影響するに違いない。さらに言えば人手不足が予想されるさまざまな非製造業の分野において、高度な問題解決能力が求められるに違いない。そのような状況に対応すべく、さまざまな産業が高度知識を活かす構造に転換する必要があるだろう。産業構造の転換に相まって、非製造業においても博士人材の活躍機会が拡大していくのではないだろうか。

 
本記事では、博士課程修了者の民間企業の研究職としてさらに活躍していくための方向性として、個別企業の博士人材採用事例の積み上げ・周知と、非製造業における産業構造の転換が重要であることを述べた。

学校基本調査「卒業後の進路」データの長期推移から見た問題意識とその改善に向けた方向性についてのコラムは、今回で終了である。
 

文/清水山隆洋(就職みらい研究所 研究員)

※本記事は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。

 

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(※1)文部科学省(2023),「博士人材活躍プラン~博士をとろう~について」
https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/1278386_00002.htm

(※2)科学技術・学術政策研究所(2024),「科学技術指標2024」
https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2024/RM341_00.html

(※3)データ集P7「1. 新規学卒者の卒業時進路決定状況の推移(大学学部、大学院修士課程・博士課程) 1.3. 進学者数・進学者率」参照
(※4)データ集P6「1. 新規学卒者の卒業時進路決定状況の推移(大学学部、大学院修士課程・博士課程) 1.2. 就職者数・就職者率」参照
(※5)通年で公募されるアカデミックポストを目指す者も多いため、学校基本調査の調査時点(毎年度5月)に進路確定していないアカデミックポスト志望者が相当数いると想定されるという指摘(出典:科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2011」
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/indicators-column-14-2011-3.pdf)

(※6)学校基本調査では「卒業者」として集計されている。学校基本調査の卒業者数の集計には博士課程の単位を取得後に満期退学した者も含まれるが、本コラムでは通例上の表記として「博士課程修了者」としている。
(※7)データ集P5「1.新規学卒者の卒業時進路決定状況の推移(大学学部、大学院修士課程・博士課程) 1.1. 卒業・修了者数」参照
(※8)データ集P24「4.博士課程修了者の修了時進路決定状況の推移 4.5. 職業別2023年度就職者数、2003年度及び2018年度比増(男女計、専攻分野「保健除く全専攻」)」参照
(※9)川村 真理(2024),「ポストドクターのキャリアと課題-全国調査から読み解く日本のポスドクの現状-」, STI Horizon Vol.10(3),pp.50-53
https://www.nistep.go.jp/activities/sti-horizon%E8%AA%8C/vol-10no-03/stih00385

(※10)日本経団連(2024),「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に関するアンケート結果」
https://www.keidanren.or.jp/policy/2024/015.html

(※11)経済産業省(2024),「博士人材の産業界への入職経路の多様化に関する勉強会 議論の取りまとめ」
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/doctoral_talent/20240229_report.html

(※12)データ集P22「4.博士課程修了者の修了時進路決定状況の推移 4.4.産業別2023年度就職者数、2003年度及び2018年度比増(男女計、専攻分野「保健除く全専攻」)」参照

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