各界の著名人に、これまでに出会った、プロとしてすごいと思った人、影響を受けた人など「こんな人と一緒に働きたい!」と思う人物像をインタビュー。
上機嫌な人たちと仕事をしていると、「気」の流れが良くなる
たけだ・そううん●1975年、熊本県生まれ。東京理科大学理工学部卒業。3歳より書家である母・武田双葉に師事し、書の道を歩む。大学卒業後、NTT入社。約3年間の勤務を経て書道家として独立。独自の創作活動で注目を集め、NHK大河ドラマ『天地人』、世界遺産「平泉」、 スーパーコンピュータ「京」など数多くの題字、ロゴを手がける。全国で個展や講演活動を行うほか、テレビ出演も多数。海外にも活動の場を広げ、 2013年には、文化庁より文化交流使の指名を受け、日本大使館主催の文化事業などに参加。19年は2月に米国・カリフォルニア州で個展を開催したほか、9月にはスイスで開かれる現代アートのフェア「アート・チューリッヒ」に出展。著書は30万部を超えるベストセラーになった『ポジティブの教科書』、『書の道を行こう 夢をかなえる双雲哲学』など50冊を超える。
コミュニケーションの「キャッチボール」を楽しくできる人
――今日は、武田さんが一緒に働きたいのはどんな人物なのかをうかがいに来ました。
うーん、難しいなあ。なぜ難しいかと言うと、僕、誰とでも気が合うんですよ(笑)。あえて挙げるとすれば、反応がいい人と仕事をするのは気持ちいいです。キャッチボールに例えると、「え? 投げ返さないの?」「ミットを開かないの?」という人よりは、いい音でキャッチしてくれて、ほどよいタイミングとスピードで投げ返してくれる人がいい。しかもそれを楽しくやってくれる人なら、一番ですよね。会社員であれ、アーティストであれ、どんな仕事も他者と連携プレーをしてこそ成り立つので、コミュニケーションのキャッチボールというのはすごく大事だと思うんです。
――「キャッチボール」がうまくなるにはどうすればいいのでしょう?
僕自身も以前はコミュニケーションが苦手だったからこそお話できるのですが、書道の上達法と同じです。書道では、筆に墨をつけ、紙に一本の線を書くまでにたくさんの要素があります。字の流れをイメージし、筆が紙に触れて、墨がにじむ。自分の手の動きが筆に伝わり、白い紙に線として描かれる。そうした一つひとつの要素を大切にして、ひと筆ひと筆を無心で書き、「もっとこうしたいな」と思ったら、ひと筆ずつ改善していく。そうすれば、どんなに書道が苦手な人でも必ずうまくなります。コミュニケーションも、例えば、相手の話に興味を持って聞くようにする、あいさつを気持ちよくするといった基本的なことを大切にして、「あいづちのタイミングを少し遅らせてみようかな」「今日はもう少し笑顔であいさつしてみよう」とちょっとずつ改善していけば、3年もすれば、相当上達するはずです。
もうひとつ、模倣するというのはすごく大事です。書道もお手本を見て練習をしますよね。それと同じで、「この人はコミュニケーションが上手だな」という先輩や友人がいたら、真似をしてみる。基本ができていないうちに独自性を出そうとしてもうまくいきません。真似をするって、ものすごい速習法なんですよ。
――同年代とのコミュニケーションはスムーズにできるけれど、上司や先輩とはどう接していいのかわからないという人も多いです。
楽しくコミュニケーションのキャッチボールをするには、対等であることが大事で、それは相手が上司や先輩であっても変わらないと思います。対等というのは、「NO」と言うべきときはそう言えるということです。「NO」が言いにくいからといって、「イエスマン」になっていると、どんどんつらい状況になりますよ。人間って相手が思い通りに動くと、どんどんコントロールしたくなる性質を持っていますから。
わかってはいるけれど、「NO」は言いづらい。そういう人がお手本にするといいのではと思うのが、欧米人の「ノー、サンキュー」です。「NO」と拒絶するのではなく、相手を尊重して感謝の心を添える。そして、これが大事なのですが、「YES」の時は相手に貢献しようと全力を尽くす。そうやってていねいに相手との関係性を築いていけば、必ずうまくいきます。一方、ベースに相手への尊敬の念がないと、「YES」と言っても心の内がバレて、慇懃無礼(※)な態度に映ってしまうものです。急に実践するのは難しいですが、「対等な関係」というのを意識しておくことは大事だと思いますね。
※いんぎんぶれい:言葉や態度が丁寧過ぎて、かえって嫌味で相手を見下げたようになるさま。
楽しく一緒に働ける関係性のキーワードは「尊敬」と「感謝」と「上機嫌」
明るく、誰とでも気さくに話す武田さんだが、以前はコミュニケーションに苦手意識を持っており、今もまだ消えてはいないと言う。「苦手意識は書に対してもありますよ。苦手意識があるからこそ、改善しようと練習するんです」。
――武田さんは個人事務所を設立して活動されていますね。
はい。社員が僕と妻を入れて4人で、スケジュール管理や契約の交渉といったマネジメント業務や経理など僕ができないことはすべてスタッフがやってくれています。以前は妻が担ってくれていたのですが、10年ほど前に仕事量が限界を超えて、スタッフを採用しようということになりました。
――採用の基準みたいなものはありましたか?
募集をしたことはないんです。スタッフの採用を考える前のことなのですが、ひとみさんという生徒さんが家で展覧会のパーティーを開いてくれたんですね。そのときに僕がくしゃみをしたら、ひとみさんが違う部屋からやってきて、さりげなくティッシュを置いて出ていったんです。そういうことが何度かあって、スタッフの採用にあたり、「ひとみさんってすごいよね」と妻に話したら、彼女もひとみさんのちょっとした動きに気づいていて、「ぜひ、ひとみさんにお願いしよう」となりました。後に来てもらうようになったもうひとりのスタッフも元生徒さんです。
実は、ひとみさんはそれまで専業主婦で、ほとんど働いたことがなかったんですよ。パソコンも触ったことがなくて、最初は人差し指でメールを打っていました。それが今では僕の秘書としてマネジメント業務を取り仕切ってくれていて、パソコンも使いこなしている。僕の想像を超える人材だったんです。
――すごいですね。
でしょう? 僕の秘書って結構難しくて、そもそも僕が秘書業とは何かを知らないから、自分で仕事をクリエイトしていかなければいけない。おまけに僕は書道家としての活動以外にも、本を書いたり、講演をしたり、いろいろなことをやっているので、マネジメントもなかなかややこしいんです(笑)。
ひとみさんがすごいのは、それらをすべて「上機嫌」でやっているところ。もうひとりのスタッフもそうなのですが、機嫌の悪い顔を見たことがありません。上機嫌の状態をキープしているから、心にゆとりがあって、仕事を覚えるのも早い。そういう上機嫌な人たちと仕事をしていると、職場の「気の流れ」も良くなるんですよ。落ち着いた気持ちで働けるから、仕事が滞りなく、トラブルなく進む。上機嫌でいるというのは素晴らしい資質ですよね。「感謝」と「尊敬」があって、「上機嫌」。この3つのキーワードが揃えば、楽しく一緒に働ける関係性が築けるように思います。
自分の凸凹を知り、認めることで、他者との関係も築きやすくなる
経験を重ねるにつれ自分の得意・不得意がわかるようになり、「今はほぼ好きなことばかりしています」と武田さん。「ただ、得意・不得意はやってみないとわかりません。僕も20代までにいっぱい失敗をして学びました」。
――武田さんは、発達障がいのひとつであるADHD(注意欠如・多動症)の特性を持っていると専門医から告げられたことを公表されています。同じ特性に悩む人がチームで仕事をしていくには、何が大切だとお考えになりますか?
まず、自分を知り、認めることが重要だと思います。ADHDに限らず、発達障がいというのは何かと言うと、得意なことと不得意なことの差、いわゆる凸凹が激しく、そのために支障が出るわけです。ただ、専門家にお話を聞くと、凹だけの人はいなくて、必ずどこか凸があるそうなんです。
それを聞いて、なるほどと思いました。お恥ずかしい話なのですが、僕は学生時代、年賀状の仕分けのアルバイトをわずか3時間でクビになってしまったことがあります。周りの先輩たちがものすごいスピードで仕事をこなす中、宛名の文字にいちいち感動してしまい、作業が進まなかったからです。教室の窓の外に舞い落ちる葉っぱが気になって授業を聞いていなかったり、中学の野球部時代は試合中に雲に見入ってしまったり。そんなことが子どものころからしょっちゅうで、学生時代は孤立して悩むこともありましたし、会社員時代もどちらかというと「少し変わった人」として見られていました。でも、ちょっとしたことにも感動してしまうこの特性は、ありがたいことに、書道家としてはプラスなんですよね。
つまり、「自分は圧倒的にこれができない」「これは意外にすんなりできる」という自己分析ができていて、凸を生かせる環境に身を置くように意識すると、周りに貢献しやすくなるし、迷惑をかけることも少なくなると思うんです。それから、「できなくて、自分自身も困っている」ということを周囲に伝えて、理解してもらう努力もできるといいですね。周りも手を差し伸べやすくなりますから。
――最後に、学生の皆さんにメッセージをいただけますか?
自分を大好きになってくれたらと思います。やっぱり人生は自分が主人公だから、自分を好きでないと、人生がつらい方向に向かいがちなんです。
――自分を好きになるのは、難しいと感じる人も多そうです。
それは、好き、嫌いに条件をつけているからです。人って粗探しをしてしまう生き物なので、自分を好きになる理由を探していたら、永遠に見つからない。もう「好きメガネ」をかけて、条件なしで自分を好きになるしかありません。凸凹も含めて丸ごと自分を大好きになり、受け入れる。そうすると、呼吸がラクになるので、他者との関係も築きやすくなると思いますよ。
Information
2019年10月10日(木)より名古屋市東区の「アートサロン 和錆(わさび)名古屋店」にて、武田さんの作品が展示・販売される武田双雲展『令和』を開催(入館無料)。10月20日(木)には武田さんの来館も予定している。武田双雲展『令和』Souun Takeda Special EXHIBITION 日程:2019/10/10(木)~20(日) 11:00~18:00 <10/15(火)休館> 会場:アートサロン和錆名古屋 https://www.wasabi-artsalon.jp/
取材・文/泉 彩子 撮影/鈴木慶子