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2019.11.01

INTERVIEW こんな人と働きたい!  Vol.19 坪田信貴さん/坪田塾 塾長

各界の著名人に、これまでに出会った、プロとしてすごいと思った人、影響を受けた人など「こんな人と一緒に働きたい!」と思う人物像をインタビュー。

一緒に働きたいと感じるのは、その人の「すごさ」が理由ではない


つぼた・のぶたか●累計120万部突破の書籍『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(通称ビリギャル)や累計10万部突破の書籍『人間は9タイプ』の著者。これまでに1300人以上の子どもたちを“子別指導”し、心理学を駆使した学習法により、多くの生徒の偏差値を短期間で急激に上げることで定評がある。大企業の人材育成コンサルタントなども務め、起業家・経営者としての顔も持つ。テレビ・ラジオ等でも活躍中。新著に『才能の正体』がある。

 

自分をさらけ出し、「力を貸してください」と素直に言えることのすごさ

 

――坪田さんは塾を立ち上げる前にも会社設立の経験があり、現在は企業の人材コンサルタントも務めていらっしゃいます。さまざまな場面でお仕事をされるなかで、坪田さんが「一緒に仕事をしたい」と感じるのはどんな人でしょうか。

すぐに頭に浮かぶのは、吉本興業ホールディングス代表取締役会長の大﨑洋さんです。1年半ほど前に初めてお食事をご一緒したのですが、ものの1時間もしないうちに「この人のためなら、何でもしよう」という心境になりました。

 

――大﨑さんの何がそこまで坪田さんの心を動かしたのでしょうか。

何でしょうね(笑)。あれだけの企業の改革を進め、芸能界で大きな実績を築いてきた一方で、何気ない行動に思いやりがあって、偉ぶらない。大﨑さんのすごいところを挙げるといくつもあるのですが、「この人のためなら」とか、「一緒に仕事をしたい」と感じるのはなぜなのかなと考えると、その「すごさ」が理由ではないんですよね。たぶん、優れているところがある一方で、何か欠けているものがあるからなんだと思います。

 

――欠けているもの、ですか。

そうです。なんか、「助けなきゃ」という気持ちになるというか。実は、僕が2018年に吉本興業の社外取締役になったときに掲げた目標は、「大﨑さんを漢(おとこ)にしたい」でした。自分よりもふた回りも年上の、すでに地位を築いた方に対しておこがましい話かもしれませんが、すごい方だからこそ、もっとすごい仕事をするために、自分が何かの役に立てたらと思ったんです。

英語で“want”というのは動詞で「〜したい」「ほしい」という意味ですが、名詞では「欠乏」という意味があります。「名は体を表す」と言いますから、“want”という言葉から人の本質を考えてみると、人というのは、欠けているから、欲するんですよね。だから、「一緒に働きたい」と感じさせる人というのは、何か欠けたものがある人、欠けたものがあるゆえに「助けなきゃ」と思わせる人なんだと思います。

ただ、欠けたものがあって、「助けなきゃ」と周りに思わせるというのは、意外とできないんですよ。人間って、自分に欠けているものから目をそらしたり、隠そうとしてしまうものですから。ましてや、地位のある人なら、なおさらです。ところが、大﨑さんは「俺、アホやから、わからんねん。坪田くん、教えてくれる?」と僕のような者にもおっしゃる。だから、「助けたい」という人が集まってくるんです。自分をさらけ出し、「力を貸してください」と素直に言えるというのはすごいことですし、そういう人は魅力的ですよね。

 

坪田塾創業期のメンバーは、一般的な企業の採用基準からは外れた人材ばかりだった


「よく言われる『やれば、できる』という言葉はウソ。やってもできないことはたくさんあります。僕が好きな言葉は『やれば、伸びる』。これは事実で、例え失敗したとしても、その経験は必ず成長の糧になります。『やれば、できる』と成功を求めるのではなく、『やれば、伸びる』と成長を目指す“思考の癖”を身につけた方が、幸せな人生を歩めるように思います」

 

――ご著書によると、坪田塾の前身となる塾を2009年に立ち上げたとき、「年に1回は、旅に出るために1カ月の休暇を取りたいという元ニート」や「面接で目を合わせてくれない女性」といった一般的な企業では不採用になるかもしれない人材をあえて採用されたそうですね。理由を教えていただけますか?

誤解のないよう申し上げておくと、大学を出ていて学力があり、生徒さんを指導できるスキルを持っていることと、「法に触れるようなことはしなそう」というのは前提でした。そのうえで社会人として「優等生」とは言えない人たちを採用したのは、ある「実験」をやってみたかったからです。

僕は大学時代にアメリカで心理学を学び、帰国後、塾講師の仕事を始めてからは認知行動療法(思考や行動の癖を把握し、自分の認知・行動パターンを整えていくことで生活や仕事上のストレスを減らしていく方法)のノウハウも取り入れて指導をしてきました。

認知行動療法を取り入れるというのは、例えば、こういうことです。僕が働いていた塾にはよく、学校の勉強についていけず、落ちこぼれた子どもたちが保護者に連れられてやってきました。そういう子たちは周りから常に「この子はできない」と言われ続けていることが多いので、自分でもそう思っていて、塾に来ても初めはたいてい聞く耳を持ちません。それでも何とか少し打ち解けて、会話を交わせるようになっても、学力診断のためにテストを受けてもらおうとプリントと鉛筆を渡したとたんフリーズして、癇癪(かんしゃく)を起こしてペンを投げてしまったりする。こういうとき、あなたならどう反応しますか?

 

――えーと、焦ります。

ですよね。パニックになったり、腹を立てる人もいるかもしれません。ちなみに、僕が実際にそういう状況に出会ったときには、「今、最初はペンを持ったよね。ということは、ちょっとは前向きに考えてくれようとした証拠じゃない」と言い、続けてこう話しました。「だけど、テストを見たら、やっぱりめんどくさかったり、よくわからなくて心が折れて、もうやりたくないというのをペンを投げることで強く主張したってことじゃないの? だけどね。この教室に入ってきたときは僕を見もしなかったのに、話すうちに少し前向きになって、一瞬でもペンを持った。これって、少しなりとも成長したってことなんだよ」と。

その子は「先生、頭おかしくね? それ、怒るとこでしょ」と呆れていましたが、次の授業にも来て、指導を続けるうちに成績が伸びていきました。ペンを投げた時点で叱っていたら、相手は自分が前向きにトライしようとしたことは忘れ、「やっぱ、勉強なんてつまんね」という認知で終わっていたかもしれません。そこを「自分はこういう行動をして、ここは成長しているな」と捉え直せるようにサポートし続けると、子どもは自分を肯定できる。その結果、自信が芽生え、学習意欲が上がって、成績にもつながるようになるんです。

こうしたアプローチによって、僕が担当した子どもたちの成績は伸び、「落ちこぼれ」と言われていた子たちが次々と難関大学に進学していきました。その経験から確信したのは、少なくても高校までの「答えのある勉強」において、人の能力や才能は教育によって伸ばせるということです。では、すでに社会に出た人の才能や能力を伸ばすことはできるんだろうか。それを実験してみたくて、自分で塾を立ち上げ、社会人として「落ちこぼれ」と言われかねないような人材を採用したんです。

立ち上げ時に採用したのは10人。スタッフ全員を集め、「将来、リーダーになりたいですか」と聞いたときに、ひとりだけ手を挙げなかった男性がいました。さっきお話しした、「年に1回は、旅に出るために1カ月の休暇を取りたいという元ニート」です。僕は彼にあえてリーダーの仕事を任せ、塾講師として培った教育ノウハウを彼に徹底的に試しました。その彼は、今や坪田塾の代表です。彼以外のスタッフも成長し、みんなのおかげで僕が不在でも塾の運営はうまくいっています。才能や能力は誰にでもあって、社会に出てからも伸びる。彼らの成長がそれを証明していると思います。

 

成果を出すために大切なのは、自分にできることを、あきらめずにやること


学生へのメッセージをお願いすると、「社会に出たら、思い通りにならないことばかり。唯一、コントロールできるのは自分自身だけです。だから、物事をやる前に『うまくいかなかったら、どうしよう』と考えなくていいと思いますね。考えても、どうにもならない。自分ができることをやるしかないんです」と答えてくれた。

 

――「才能や能力は誰にでもある」とうかがうと勇気づけられます。その才能や能力を伸ばせるかどうかは、どこで差がつくのでしょうか。

ひとつは環境です。才能や能力を育ててもらえる環境があるかどうか。就職について言えば、すでにできあがった「優秀な人材」を採用しようとする企業よりも、人を育てるのが上手な企業を選んだ方がいいと思いますね。人を育てるのが上手かを見極めるには、面接である程度話をした後で、「僕のいいところ、伸ばした方がいいところはどこだと思いますか」と採用担当者に聞いてみてください。

短所を見つけるのは簡単ですが、社員の足りない能力を伸ばして、短所を普通レベルにしたところで、会社の武器にはならず、教育コストがかかるだけです。一方、長所を伸ばすのは、短所を伸ばすよりラクですし、抜きん出た能力は売り上げにつながりやすい。人材教育を会社の経営課題としてとらえ、真剣に考えている会社なら、社員の長所を伸ばす重要性を理解していているはず。自分の長所を聞いたときに「これまで気づいていなかったけれど、納得できるな」と感じるような答えをくれる会社は、人を育てる力に長けている可能性が高いと思いますよ。

もうひとつ、能力や才能を伸ばし、成果を出すために大切なのは、自分にできることを、あきらめずにやることだと思います。先ほどお話しした、現在、坪田塾の代表を務めている男性は、彼自身にリーダーとしての能力があるから、リーダーになったわけではありません。僕に指名され、やりたくなかったかもしれないけれどリーダーになった。そして、できないこともあったけれど、できることを積み重ねて成果を出し、成果を出したから、「リーダーシップがある」と言われるようになったんです。

一方、彼と同じ環境で働いていても、能力が伸びにくい人もいます。生身の生徒さんと向き合っていると、思い通りにはいかないことの方が多く、「耐える力」も求められるのですが、ギャップに苛立ち、ネガティブな状態に陥るスタッフもときどきいました。彼らと話をしたときによく聞いたのが、「塾長だから、できるんです。自分には塾長のような経験がないから、自信がないし、できないんです」という言葉です。

でも、「自信があるから、できる」「成果を出せたから、自信が持てる」というのは、鶏が先か、卵が先かという話と同じ。論じても、あまり意味がありません。成果をまだ出せていないというときに、やるべきことは、自分の可能性を信じて、挑戦してみることに尽きます。それができる人と一緒に仕事をして、成長していく姿を見るのは、やはり楽しいですね。

 

Information

坪田さんの著書『才能の正体』(幻冬舎)では、塾の先生として1300人の生徒に向き合ってきた経験に基づき、個人の才能を伸ばすための具体的な方法が語られている。社会で力を発揮していくためのヒントをくれる一冊。

 

取材・文/泉 彩子 撮影/鈴木慶子

 

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