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2025.02.26

理系学部学生の大学院進学の男女差にはどのような背景があるのだろうか

【コラム「研究員の視点」】Vol.2 新規学卒者の卒業後進路の長期推移 第2回(全4回)
 

学校基本調査「卒業後の進路」データから見る、新規学卒者の進路の長期推移

文部科学省の学校基本調査「卒業後の進路」データは、卒業者の進路を実数把握できる貴重な情報源(概要は前回コラム参照)だ。大学学部、大学院修士課程、大学院博士課程を卒業・修了した学生の就職者および進学者数について、2003年度から2023年度までの20年間、5年おきに参照し、長期的な変化を概観した。

第2回の本コラムでは、第1回同様、大学学部卒業者の大学院修士課程への進学状況に注目する。前回は文系学部生の修士課程への進学者率の低さについて触れたが、今回は理系学部生の修士課程への進学者率における男女差について触れたい。
(集計条件詳細やコラムでは取り上げない集計結果はデータ集で公表しているので、適宜参照いただきたい)

 

理系学部生の修士進学への進学者率に見られる男女差

本コラムでは、大学学部から修士課程への現役進学率、とくに「理系」学部卒業者の修士課程への進学者率の男女差について問題提起し、背景議論の必要性を述べたい。本コラムでは前回同様、学部卒業者の修士課程への進学に関心を寄せている。国が掲げる「2040年の博士号(博士の学位)取得者数を2020年度比で約3倍に引き上げる(※1)」という目標に向けては、修士号取得者数を増やすことが先決だと考えるからだ(前回コラム 参照)。

前回、学部卒業者に占める修士課程への進学者率について、関係学科ごとの推移を示した(前回コラム の図1参照)。今回はそのうち理系(「理学」「工学」「農学」)の男女別推移に注目する(図1)。

 

図1 学部卒業者に占める修士課程への進学者率(関係学科「理学」「工学」「農学」別)

 

図1では進学者率の男女差が、この20年間大きく変化していないことが見て取れる。「理学」「工学」「農学」いずれも、2003年度では女性の進学者率は男性に比して約5~9pt.低い。2023年度も約5~6pt.低い。20年間、男女差がほとんど縮っていない。この男女差の背景には何があるのか。

 

「日本の大学では理系に女性が少ない」ことと修士課程進学の男女差に関係性はあるか?

日本の大学理系学部における女性の少なさ(女性比率の低さ)に関心が寄せられること(※2)がある。その背景は、日本人の学問分野に対するジェンダーイメージに関する研究(※3)などで説明されている(研究論文の著者の一人の講義要約が公開されている(※4)ので、こちらも参照されたい)。研究では、日本人は数学・理学等のSTEM領域の学問を、(女性よりも)「男性に向いている」と認識している傾向が示されている。このようなジェンダーイメージが社会風土のように作用し、女性の理系選択を阻んでいるという。

しかし、本コラムで問題点に挙げたのは、理系学部女性の修士課程への進学者率の低さである。すでに理系選択(理系学部に入学)した学生の修士課程進学の男女差までは説明し得ないと思われる。

 

学部入学時・学部低学年次の進学希望に男女差はあるか?

ここで前回コラム同様、弊所「就職みらい研究所」が2024年に実施した、全国の大学2年生を対象とした調査(※5)をもとに、大学2年生の入学時と回答時点の進路希望を分析する(図2)。今回は文理それぞれの比率の男女差を比較する。

図2 大学学部2年次学生の希望進路(複数回答)「大学院へ進学したい」の回答比率(文理・男女別)

 

理系学部生では、大学入学時に考えていた進路(複数選択)として「大学院等へ進学したい」を選択したのは、男性36.1%、女性17.9%であり、男女に有意な差が確認された。現在(回答時点)考えている進路(同)として「大学院等へ進学したい」を選択したのは、男性37.9%、女性17.9%であり、男女に有意な差が確認された。なお、文系学部生においては、大学入学時・現在(回答時点)いずれも、有意な男女差は確認されなかった。理系選択後の進路希望(修士課程への進学希望)に、顕著な男女差がある。

 

理系学部生ではなぜ修士課程への進学希望に男女差があるのか?を探る議論が必要ではないか

同じように理系選択をした(理系学部に入学した)男女に、なぜ修士課程への進学希望の差異があるのだろうか。中初等教育にその理由の説明を委ねられるようには見えない(例えば理数系の基礎学力差等。OECDのPISA調査(OECD加盟国を中心とした各国の15歳の学習到達度を測定・比較する調査)(※6)によれば、日本の15歳の数学スコアはわずかに男性の方が高いが、この傾向は他の多くの主要国にも見られる。そしてわずかな差はあれど、日本の15歳の数学スコアは男女ともにトップクラスだ)。最終学歴に対するジェンダーイメージが関係しているだろうか。前述の日本人の学問分野に対するジェンダーイメージに関する研究(※3,4)によれば、STEM領域が「男性に向いている」と認識する傾向は、男女平等の意識が低い人ほどその傾向が強いことが示されている。同じような傾向が「最終学歴(大学学部卒か大学院修了か)」にあり得るのか。

他にはどのような理由があり得るだろうか。ロールモデル (修士課程に進学した身近な女性の先輩、OG等)の少なさや準拠集団(同じ大学・学部に通う学友や、大学外の友人)内で修士課程進学を選択する人の少なさが影響しているのだろうか。前回コラム でも触れた大学院学生の就職プレミアム(新規学卒労働市場での優位)に関する研究(※7)では、理系大学院生には就職活動時の内々定獲得に対する優位性があり、その優位性は男性・女性いずれにも見られることが示されている。であれば新卒就職活動時の不利から修士課程への進学をためらって いるとは想定しにくいのではないか。もっと先、就職後の長期的なキャリアに対する不安だろうか。もしくは他の経済的・社会的理由が影響しているのだろうか。

学部卒業者数の男女差が縮小してきたなかで、修士課程への進学者数・率の男女差が20年間ほとんど縮小しなかったことは、今後の日本の高等教育のあり方を議論するうえで注意を向けるべき問題であり、「理系学部生ではなぜ修士課程への進学希望に男女差があるのか?」 を丁寧に探ることが必要ではないか。

 本記事では理系学部卒業者における修士課程への進学者の男女差が、今後の日本の高等教育のあり方を議論するうえで注意を向けるべき問題であり、その背景として大学入学時及び学部低学年次における修士課程への進学希望に顕著な男女差があることを示した。理系選択をした男女間での進路希望の差異については、その理由を丁寧に探る必要があると思われる。
 次回の記事では、就職先産業・職業の変化から捉える学部生の専門職志向について考えてみたい。

文/清水山隆洋(就職みらい研究所 研究員)

※本記事は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。

 

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(※1)文部科学省(2023),「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」についてhttps://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/1278386_00002.htm
(※2)内閣府男女共同参画局(2022), 「男女共同参画白書 令和4年度版」, 第4分野「科学技術・学術における男女共同参画の推進」
https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/1278386_00002.htm

(※3)Ikkatai, Y., Minamizaki, A., Kano, K., Inoue, A., McKay, E. and Yokoyama, H. M.(2020), “Gender-biased public perception of STEM fields, focusing on the influence of egalitarian attitudes toward gender roles,” Journal of Science Communication, 19(1) (9 March 2020), A08.
(※4)東京大学「UTokyo Open Course Ware」(2024), 「なぜ理系に女性が少ないのか(カブリ数物連携宇宙研究機構 横山広美氏講義)」
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku23_2022a_frontier_yokoyama/

(※5)就職みらい研究所(2024), 「2023年入学 大学2年生の大学生活等に関する調査」
https://shushokumirai.recruit.co.jp/study_report_article/20240805001/

(※6)OECD(2023), “PISA 2022 Results (Volume I and II) – Country Notes: Japan”
https://www.oecd.org/en/publications/pisa-2022-results-volume-i-and-ii-country-notes_ed6fbcc5-en/japan_f7d7daad-en.html

(※7)平尾智隆・梅崎修・田澤実(2015),「大学院卒の就職プレミアム―初職獲得における大学院学歴の効果」『日本労務学会誌』16(1),pp.21-38.

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